億万長者(3/5)


支給された私の部屋に向かい、同じく支給された黒のメイド服に着替えた。たかが使用人の服であるのに生地の素材はとてもよい。滑らかで肌触りのよい布地は着ていて心地よい。流石ヴァリアー。こんなところにも金がかかっている。

金のある職場は余裕があり、労働者に対しても気前がいい。いずれ手にする賃金を夢見てごくりと喉を鳴らした。

姿見の前でロングスカートタイプのメイド服に皺がないか、丹念にチェックを入れて部屋を出た。早速仕事だ。まずは雇い主への挨拶から。


先程私を見捨てた執事…上司殿から伝えられた談話室なるものへと足を向ける。幹部の皆様方は大抵そこにいらっしゃるらしい。
暗殺部隊と言うにも関わらず、同じ部屋で馴れ合うとは……。私としてはその方が楽でいいが、暗殺者が寄り合っている場を想像して吐き気を催しそうになった。

暗殺者、ヒットマンとは孤高の存在。周囲の人間は全て敵。油断は自らの命を落とす羽目になる。その点、私の先生はヒットマンの鑑であった。殺しの腕は最高、請け負った仕事は完璧にこなす。決して容易に背を見せない。何年も前に私に生きる術を教えてくださった先生の後ろ姿が少し恋しくなった。

いけない。今は仕事中だ。気を取り直せ。暗殺者だとしてもここは部隊。多少の馴れ合いは必要だ。今までとは全く環境が違うところなのだ、と。


昔を懐古しつつ歩き続ければ、やがて目的地に到着した。緊張を解すために小さく息を吐いた。よし、と意気込んで目の前の立派な扉をノックした。


「失礼いたします。本日付けでこちらでメイドとして働くことになりました、稲葉アルです。挨拶に伺いました」


扉を開けて、礼をしていた状態から顔を上げると、顔の横すれすれのところをナイフが通り過ぎた。背後からした音から察するに、ナイフは壁に突き刺さったのだろう。
私はポーカーフェイス。談話室にいる人数をざっと数えて、執事から伝えられた幹部の方全員が揃っていることを把握した。


「ししっ、ナイフが顔の横通ったのにビビんないなんて…オマエ何者?」
「先程申し上げた通り、一介のメイドにございます」


ピン、と背筋の伸ばして抑揚のない口調で答えた。ナイフの筋道、ナイフをくるくると回して遊んでいることから、私にナイフを投げたのはこの「ししし」と笑っている方だろう。

「そりゃ答えになってねぇっつーの」そう言ってまた一本、私の前に投げつけた。
なんとなく、何かしら起こるであろうことは面接の時から予想出来ていたので、私は特にこれらに驚くことはなかった。


「んもうっ、ベルちゃんったら!また新しいメイドを探して来なくちゃいけなくなるでしょ!ごめんねアルちゃん。怪我ない?大丈夫?」
「はい。何ともありません。ご心配ありがとうございます」


面接の時からルッスーリア様から何かとお世話になっているかのように思い込まされる。会うのはこれでまだ2回目だというのにだ。


「こいつァ期待以上だな。どうだ?やっていけそうかァ?」
「私の力量の届く範囲内で、全力を尽くさせてもらいます」
「……そうかぁ」


「頼む、止めないでくれ」その時のスクアーロ様の目はそう語っていたが、何があったのか聞く勇気は私にはなかった。


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