呪われた首飾り
宿に到着し、ベッドに座り込んで考え事をする。
いまいちあの綱手がとった行動が理解できない。オレが聞いた話や、自来也から聞いたものではない別の噂であれば、もっと聡明な人であったはずだ。…ま、賭け事好きではあるが。少なくともあの伝説の三忍と謳われているのだ。あんな嫌味な態度をとる人なのか?
わからんと一人うんうんと悩んでいると、ノック音が響いた。
こんな夜中に誰であろうかとドアを開ければ思い詰めた顔をしたシズネがいた。立ち話もなんだからと中に招き入れてベッドで向かい合わせに座る。
「なあ、シズネさん。オレが聞いた噂と実際の綱手様が似ていないんだが、一体どうなってるんだ?」
「昔は、あんな人じゃなかったんです。心の優しい、里を愛する人だった。でも……変わってしまった」
やっぱり噂は本当であったのか。でも、何かきっかけがあり、今のようになってしまった。
「あの日をきっかけに」
夢も愛も希望も、全てを失った日だ。
「…綱手様の恋人と弟が亡くなった日か」
そうだとシズネは頷く。
「残ったのはあの、思い出の詰まった首飾りだけ。あれは綱手様にとっては命ほど大切なもの…。とうてい賭け事に供していいような品ではないんです……」
「なんでんな大事な物をオレとの賭けに…」
「それはわかりません。でもあれはただの首飾りではありません…」
ただの、とはどういうことであろうか。気になり先を促す。
「綱手様以外認めようとしない。あの首飾りを他の人間がすればその者は必ず……死ぬ」
かつて綱手には弟がいた。火影になることを夢見ていた、はつらつな男の子だった。その弟に誕生日プレゼントとして首飾りを贈るものの、次の日死亡。戦場で亡くなったらしい。
弟の死の経験から、例の小隊に医療忍者を組み込むスタイルを会議で発案。その時に綱手の意見に同意した男がいた。男も昔、戦争で妹を亡くしたことがあるらしい。自分と同じであった。
やがて男は綱手の恋人になった。男も弟と同じく火影を夢見ていた。男にお守りとして首飾りを渡したものの、その次の日にその恋人も死亡。恋人を亡くした時、綱手が懸命に治療していたのだが助からず。人の血を見て血液恐怖症になったらしい。
「なるほどな。だから綱手様は里の命を預かるのが怖い、と」
シズネは小さく頷いた。綱手はあの日からずっと混乱の中で迷っている。
オレには分からない。未だ大切な人を目の前で失ったことがないから。オレは亡くしたのではなく自分が消えていってしまったからな。残された者のつらさなどわからない。
だけど、このままいじけていてはいけないと思う。
それは一度大切な人の目の前から去ったから言えること。亡くなった者は残してきた者に歩み続けて欲しいと願っているはず。そんな時、人は立ち止まってもいいのか。答えは否。進むしかないのだ。
こうしてはいられないなと立ち上がる。
「どうかしましたか?」
「修行に行って来るよ。賭けには勝ちたいからな。シズネさんはもう休んでて欲しい」
にっこりと笑ってオレは部屋を出た。部屋には呆然と突っ立っているシズネだけが残された。
*****
意気込んで部屋を飛び出して早六日。未だ螺旋丸を会得できずにいる。
いや、習得はできたんだ。この前イメージした通りにやってみたら形は維持できた。だが威力は足りない。大きさもいまいち。はーあ。やっぱ無理なのか。いやいやこんなところでめげちゃいけない。
とは言うものの、少し疲れた。ちょっとばかし休憩するか、と木に凭れる。
夜空では星がちらちらときらめき、月はその存在を訴えるかのように輝いていた。町にはほのかに提灯の灯りが浮いていた。
この光景も、この平和も、いつか消えてしまうかもしれない。失って初めて気付く、この貴重さ。人は愚かだからこうならないと理解できない。
「悲しいものだね、九喇嘛」
「フン。愚かであることが、そもそも間違いなのだ」
やっぱりどうしてもこいつは人間というものが嫌いなんだな。それはどうしようもできないのだから仕方ないというのに。嫌いなものを治すには本当に根気がいる。
そうだな、喉が渇いた。折角の休憩だから水でも飲みに行くか。手を地面について腰を上げ、近くの小川に向かう。
綱手はこっそりとナルセの修行を覗きに来ていた。だが肝心のナルセの姿が見当たらない。
「(なんだあいつは…あの術を舐めてるのか)」
修行をサボれるほどあの術は容易ではない。とにかくナルセの姿を探そうと綱手は辺りを探索し始めた。
周囲の木は螺旋状に抉れ、地は球状のものがぶつかったかのように跡が残っている。一体どれだけのことをすればこれほど散らかせるのか。
暫くしてようやくナルセを見つけた。小川の傍にしゃがみ込み、何かを呟いている。
「ごめん、ごめんね。独りにして…ごめん。許して……」
お調子者のやつとは大違いだった。祈りを捧げるような謝罪は届くことなく消えていった。
「あいたい…逢いたいよ……でもね…っ、君はこんなこと望まないよね…見てて、いつか、いつかきっと…君に逢うに相応しいくらいになって…必ず、逢いに行く…」
「(こいつも、誰かにあいたいのか。私だけではなく、こいつも…)」
これ以上は見ていられなかった。まるで鏡を見ているようで、正反対の何かを見ているようで。
ナルセが立ち上がったのと同時に、綱手もその場を去った。
月の過去
(もう一度だけあいたい、君に)
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