朽ちぬもの
宿から飛び出て七日目。宿と修行場を行き来する時間が勿体ないと今までずっと野宿をしていた。
が、さすがに今日は帰らなければいけないなと部屋に入ると、一人ぽつんとベッドで寝ているシズネが目に入った。こんな真っ昼間からどうしたのだろうかと思い、一応起こそうと声をかける。
「もしもーし、シズネさん。お昼からどうしたんですか?」
肩をゆっさゆさと揺さぶれば、小さく声を漏らして瞼を持ち上げた。
「しっ、しまった!今日は何曜日ですか!?」
「え?げ、月曜日だけど…」
ひどく狼狽したシズネに違和感を感じるものの、どうすることもできないので放っておく。
「そういや綱手様は?約束の日だから帰って来たんだけど…」
シズネははっと我に返り、ここにいるようにと言い付けて自分は窓から出て行こうとする。しかしガッと目の前にクナイが突き刺さった。敵襲か?シズネさんの隣に駆け寄って窓を開ける。
「……待て、シズネ…!」
クナイが飛んできたほうを見ると顔を青くした自来也がいた。
「どうかしたか?顔色が悪いぞ」
「綱手のヤロー、ワシの酒に薬を盛りやがった…。上手くチャクラが練れねー上に、体が痺れてクナイもろくに投げられねー!」
オレがいない間にそんなことが…。自来也は顔を悔しそうに歪めて続ける。
「腐っても医療スペシャリスト……忍者を対象に無味無臭の薬を調合できんのはアイツぐらいだ。…しかし、いくらほろ酔い状態でもこのワシが隙を突かれるとは」
つまりそれだけ注意深く盛ったということ。しかしなぜこんなことを?綱手の意図が読めない。隣ではシズネさんが悔しそうに歯噛みしていた。
自来也が水を飲み、息を吐く。明け方よりは体調が戻ったと言うが、それでも三割ほど。まだまだ本調子ではない。
「(自来也様までここに…。それにしてもナルセくん…君までもがこんなところにいるとはね)」
ふ、と誰かの気配を感じた。誰かに見られていた…?自来也もそれに気づいたのか眉間に皺を寄せた。自来也をアイコンタクトをとる。
「おい!シズネ」
「…………」
「一体大蛇丸と何の話をしたか、そろそろ話してもらうぞ」
やはり大蛇丸絡み。オレと自来也は厳しい目付きでシズネを見る。シズネは顔を俯かせた。
「……綱手様を信じていたかった…だから今まで言い出せなかった。でも…」
立ち上がりオレ達の顔を見て、覚悟を決めたような表情で告げる。
「時間がありません。私について来てください!走りながら説明します!!」
「よし!」 「了解!」
*****
ナルセ達が綱手を追っていたその頃。綱手は大蛇丸との約束の場所にすでにいた。この町に来て初めて大蛇丸と落ち合った場所だ。
綱手が一人待っている中、やがて大蛇丸がやって来た。
「腕は治すわ。その代わり、里には手を出すな」
綱手の脳裏に蘇る、過去の記憶。弟と楽しく過ごした、恋人との暖かい日々。決して戻れはしない過去。それがあと少しで戻ってくる。二人の笑みを思い出して綱手は恍惚とした表情を見せる。だが、ふと悲しげな表情に戻った。
綱手は背を向けていた状態から振り返り、一歩ずつ大蛇丸に近付いて行く。
大蛇丸が綱手に腕を差し出した。完全に近付いた状態で綱手が大蛇丸の腕に掌仙術を施そうとする。
だが、あと少しというところで二人の間に何かが飛んできた。二人は反射的に身を引く。地面に突き刺さっていたのはクナイだった。綱手はクナイが飛んできた方向を睨みつける。
大蛇丸の背後にクナイを投げた張本人が着地する。音の里の額当てを付けた男、薬師カブトだった。
「どういうことなの?ここに来て私を裏切るなんて……綱手!」
大蛇丸は裏切ったのはクナイを投げたカブトではなく綱手と言う。
「どうしたらそういう答えになるのかしら、綱手姫。私を殺そうとするなんて!」
大蛇丸はカブトを褒め称える。自分に対する忠誠と綱手の攻撃を見抜いた眼力。対するカブトはチャクラに殺意がみなぎっていたと言う。大蛇丸は苦しそうに汗を流しながら息を吐いた。
「綱手、私は本当に二人を生き返らせるつもりでいたのよ。それに木ノ葉を潰さないという約束までしたのに」
綱手はそれを聞いて悲しそうに目を伏せた。風が空しく吹く。
「大蛇丸。お前が里に手を出さないということは嘘だってことぐらい、わかってる。わかってるのに…私は……」
その言葉に大蛇丸は口元を歪めた。綱手の声は震えていた。
「二人に…もう一度だけでいい……もう一度でいいから逢いたかった」
もう一度でいいから触れたかった。もう一度でいいから笑ったあの顔を見たかった。もう一度、もう一度という思いは溢れ、止まることはない。
「でも」綱手は強く言葉を区切った。
「本当に縄樹とダンにもうすぐ逢える。そう肌で感じた瞬間に気付いちまった。自分がどうしようもない馬鹿野郎だってな!」
二人を思い出すだけでこんなにも周りが見えなくなってしまう。二人の声が今でも傍で聞こえるような気がした。涙がぽたぽたと地に落ちた。
大好きだった。本当に愛していたから。
「だから!逢って抱き締めたかった!!」
ナルセの顔を思い出した。川辺で許しを請うあの子供を。だらりと己を支えるように抱き締めていた腕を解いた。
「でも…できなかった……」
――あいたい…逢いたいよ……でもね…っ、君はこんなこと望まないよね…見てて、いつか、いつかきっと…君に逢うに相応しいくらいになって…必ず、逢いに行く…
「あのガキのせいで…思い出しちまった。誰かに逢いたいのは…私だけじゃないってことに……二人の夢すらも…」
里の人間を守ろうとした二人の夢を。ナルセが託そうとしたものを。忘れようとしてたのに…
――この里はじいちゃんの宝物だ!オレはそれを守るんだ。オレは木ノ葉隠れを作った、初代火影の孫だからよ!
――俺は里も仲間達も大好きだ。だから守りたい。
二人の命を懸けた大切な夢。その夢が叶うことが自分の夢でもあった。
「形あるものはいずれ朽ちる。お前は言ったな」
ひとつ、ふたつと滴はまた落ちていく。
「でも…やっぱりこの思いだけは、朽ちてくれないんだよ…っ」
「交渉決裂ね。…仕方ない。こうなったら力尽くでお願いするしかないわね」
綱手は涙を拭い、大蛇丸を力強く睨みつけた。
勢いよく飛び出し、宙に跳ぶ。脚を思い切り蹴り上げ、地を割る。大蛇丸とカブトは塀へ飛び上がり蹴りを避けた。
「来い!大蛇丸!!」
この思いは
(ロクでもねェお前らは今ここで、殺す!!)
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