伝説のカモ
「結局いなかったな。どこか高いところから町を見下ろすか?」
「そうじゃのォ。ここは城下町、高台にある城にでもいくか」
どこを探しても綱手はいなかった。時間的にもこの町を離れていないはず。手っ取り早く町を見下ろしたほうがいい。
が、暫く歩いてみるものの、一向に城など見えやしない。中忍試験で走り続けたことが思い出される。
「もしかして城なんてなかったり〜」
ハハハと冗談半分で言えば自来也は何かにはっとしたように塀に飛び乗る。それを不審に思い、並ぶようにして自分も塀に飛び乗った。そこに城はなかった。いや、正確にはあったのだが崩れ落ちていた。
「何かに襲撃されたのか?」
「どうかのォ…」
考え込むように城の跡を眺めていれば、向こうの方から何かから逃げるように走って来る男達が見えた。男達は皆悲鳴を上げている。
「そこの御仁!あいや暫く、一体何があった?」
「あ、アンタらも逃げた方がええ!上にはバケモンがおるで!」
「バケモン?」
自来也の問いに男は怯えて答える。バケモノというキーワード。ただ事ではないのがわかる。
「何かのォ?そのバケモンってのは」
「お、大きな蛇だ!一瞬で城を壊しやがった!」
男はそれだけ言うと逃げ去って行った。オレ達もバケモノの正体を確かめるために先に進む。
「急ぐぞ、ナルセ!」
「了解」
蛇、というキーワードには敏感に反応しなくてはならない。自来也の合図と共に塀の上を走り出す。今しがた男達が逃げ惑うということはまだ襲撃者は現場に残っている可能性がある。とにかく急がなくてはならない。
見えて来たのはただの塀。塀だけだ。ただし破壊されたものではあるが。忍じゃなきゃこんなことはできない。考えられる人物が一人。
「……一足遅かったかのォ」
自来也が静かに呟く。瓦礫の山を見下ろしオレも口を開く。
「蛇…面倒なことにならなきゃいいが…」
ここにいても仕方ないのでオレ達は足早にその場を去った。
*****
町へ降りて再び綱手を探し続けたが、やっぱり全く見つからない。
日は暮れ、そろそら夕食を取ったほうがいいということで夕飯を食べる店を探す。自来也が選んだ店は居酒屋。
「…オレ、まだ未成年だぜ?」
一応なと心の中でつけ足すが、自来也は細かいことは気にするなと暖簾を潜る。いや細かいことかは知らんのだが…
店に入れば自来也の目がある一点を見つめて歩みを止めた。目を細める。はっと何かに気付き、指を指して叫んだ。
「綱手ェ!」
「自来也ァ!?」
自来也の視線を辿ればそこには美人な女性がいた。金の髪に艶麗な唇、そしてその豊富な胸元。最後の三忍、綱手姫はグラマラスな女性だった。年齢詐欺、ダメ絶対
「何で…お前がここに?」
綱手は久しぶりの同胞に驚きを隠せない。それはお付きのお姉さんも同じなようだ。
同じ席で食事を取ることとなり、オレ達は向かい合わせで座る。綱手はすでにお酒を堪能していたようで頬がほんのりと赤く染まっている。
「それにしても…今日は懐かしい奴によく会う日だ」
ぼんやりと綱手は呟いた。自来也は酒を綱手の猪口に注ぐ。
「……大蛇丸だな。何があった?」
「別に何も……。挨拶程度だよ」
…重い!空気が重い!誰か何とかしてくれ!お付きのお姉さんはオレと同じことを考えているようでアイコンタクトでお互いの心境を察した。…苦労してそうだな。
綱手は懐からカードを取り出しひたすらに切った。自来也に渡し、彼もまたカードを切る。
「お前こそ…私に何の用?」
「率直に言う。綱手、里からお前に五代目火影就任の要請が出た」
動揺に向かいの二人はぴくり、と動いた。
こういうこわーい雰囲気の場合は大人に全て任せましょう。というわけでオレはひたすらに箸を進める。綱手は動揺を隠しつつカードを配った。
「三代目は?四代目もいるんじゃないの?」
「事情があっての。あの二人には無理だ、と上が判断した」
チラリ、と自来也がこちらを見たが無視無視。
暗い表情のお付きのお姉さん、シズネと厳しい顔つきの綱手。「その無理、とは存命ではないということか?」と綱手が尋ねた。自来也がそれに答えようとしたが、横から口を挟む者がいた。
「生きてるよ。もう現役ではいられないがな」
オレからの言葉に二人はほっと安堵するが、すぐにそれを崩し疑いの目を向ける。
「そういえばお前は誰だ?」
「店主ー、卵焼き追加ー」
綱手の問いを無視し、ナルセは呑気に注文を足す。結局誰なんだと綱手は自来也に問う。ははは、と彼は笑った。
「うずまきナルセだよ」
この子供が九尾の人柱力か、と綱手は心中で感想を漏らした。
「先日父、波風ミナトが目を覚ました」
「(こいつ…知っていたのか!?)」
本来里の最重要機密に入る情報の一つ。それを容易く口にしたナルセ。普通ならあり得ないことである。
しかしナルセは場の緊張を無視して新たに運ばれてきた卵焼きに手をつける。そして自来也に任せっぱなしなのも、と自分も口を出し始める。
「だが、残念ながらまだ暫く復帰はできない状況だ。よって里は五代目火影を任命することになった」
「そういうわけじゃ。…で!答えは?引き受けてくれるか?」
――お前の愛した弟と男を生き返らせてあげるわ
脳裏を過る大蛇丸の台詞。それにより綱手は暗い目をする。
静かに待ち続けるナルセ、自来也、シズネ。…あと豚。少し間を置いて綱手はカードを全て捨て、口を開く。
「あり得ないな。断る!」
「思い出すなぁ、その台詞。昔お前に『付き合え』っつって同じ台詞で断られたのォ」
「そりゃ、告白の仕方が悪かったんだろ」
横から茶々を入れればガキは黙っとれと頭を叩かれた。
「しかしこちらにも事情というものがある。それに、あなたに看てほしい二人がいるんだ」
「五代目は綱手、お前しかありえない。凄まじき大戦時代に木ノ葉の勝利に大きく貢献…その戦闘・医療忍術には未だ肩を並べる者はいない」
「さらに初代火影の血を引く方。彼女以上の適任者はいない。…ま、お前は別だけど」
最後にいらんことがついとるが左様だ、と頷く自来也。綱手は思ったよりも目の前の子供が自分に通じていて驚いているようだ。
「命は金とは違うんだ…」
目を伏せて綱手はぽつりと呟く。そこには何かつらい過去が含まれているようだった。
「簡単に掛け捨てするのは馬鹿のすることだ。私のじいさんも二代目も戦乱の平定を何よりも望んだが、結局夢半ばに里の為に犬死にした…」
そう言った綱手は全てを諦めた目をしていた。まるでいつかの自分のようだなと思う。
自来也は変わったな、と言った。歳月は人を変えると綱手は反論する。拾ったカードを順に開いていき、そういいカードではなかったのか机の上に捨てた。はぁと天井を仰ぐ。
「火影なんてクソよ。馬鹿以外やりゃしないわ」
しゃ、と手を滑らせた。綱手が顔前で人差し指と中指で何かを受け止める。綱手の指の間にあったのはオレが握っていた箸だった。
「君!」
「父と…祖父を汚すような言葉はあなたであろうと許さない」
オレの仕業とわかったシズネが注意するが、そんなの知ったこっちゃない。殺気は収めず睨み続ける。
「気持ちはわかるが少し落ち着け」
自来也までも戒めてきた。ふん、とそっぽを向く。仕方がないので殺気は収めよう。けど売られた喧嘩は買ってやろうじゃないか。
「あんた、故人の意志を、人の夢を汚しているだけじゃないか。大蛇丸に何言われたか知らないが、馬鹿以外しないということには賛同だな。…でも、今のあんたの姿を見てあんたの恋人と弟はどう思うかね」
恋人と弟というキーワードに綱手はたじろぎナルセをきっと睨み付ける。
「あんた、今その二人に顔向けできないだろ?あんたが胸の奥で二人に誇れないと思っているからだよ。……あんた、今最高に醜いよ」
ナルセの侮辱に綱手は怒り静かに立ち上がる。そしてナルセを睨みつけたまま開口する。
「いい度胸だね、この私に向かって…。表へ出な、餓鬼!」
「綱手様!」
「上等」
正々堂々拳で語れということか。綱手の提案にオレも立ち上がり、一同は店の外に出た。
*****
二人は睨み合いながら相対して立つ。シズネは豚を抱えたままどうするものかとうろたえている。道には人影が他になかった。
「こう見えても三忍の一人に数えられたこともある。下忍相手に本気もないな」
余裕あり気に笑った綱手はすっと人差し指を立てた。
「KO予告か?」
「一分じゃない、一本だ。お前なんてこれ一本で十分」
「綱手、ナルセをあまく見ん方がいいぞ」
自来也が余計なことを告げ口する前にかかった方が得策であろう。瞬身で目前に移動。拳にチャクラを込める。はぁ、と拳に集中して地面を叩き割った。
「な、なにィ!?」
地面は粉砕された。小さな地割れができあがる。
「おい自来也!こいつ本当に下忍か!?」
どう見ても下忍なんてレベルじゃない、と綱手は口調を荒げる。
「こう見えても火影から厄介事を頼まれることがよくあるんでね」
仕返しのごとく同じような調子で返してやる。ほくそ笑いはおまけだよ。
「一つ聞いておく。…どうして私が火影になることにそこまで拘る?」
「簡単なことだ。あんたが命の重みを誰よりも知っているからさ。…あんたはオレの大事な人達の誇りを継ぐのに相応しい。オレはあんたに受け継いで欲しい」
ふんわりと笑ったナルセの顔が、かつて自分が愛した人達に重なる。大して似ているわけでもないのに。そして、顔を俯かせた綱手に一瞬の隙が生じた。
「(これはチャンスと受け取っていいのか?)」
それならば丁度いいと修行中である術を発動させる。乱回転、さらに形状維持を意識する。
オレに気付いた綱手が手を振り上げた。指先は地面を真っ直ぐに目指している。これヤバい!避けなきゃオレが粉砕しちまう!
螺旋丸を発動していないもう片方の腕で地面に手をつき、真横に避ける。肩が擦り切れた。オレが先程まで立っていた場所には一直線に亀裂が走っていた。
「やっぱまだ完成してないし持続時間が短いか…」
何がいけないんだろうなとポリポリと頭を掻く。
「自来也、お前か?あの【螺旋丸】を教えたのは!?」
「ワシはこいつの師匠なんでのっ。……一応」
「フン…あの術を使えるのは四代目とお前くらいだよ」
自来也に確認を取れた綱手はナルセに向き直り、はんと鼻で笑った。
「習得できもしない術を使おうとして…そんなので私を説得するつもりかい?」
綱手のその高慢な態度と馬鹿にした言い方にナルセはカチンとする。
「んだと!?父さんや変質者にできてオレにできねェって言いてぇのか!?こんな術、三日もあれば習得してやらァ!」
「自来也じゃ!!」
「ハッ、言ったねェ…餓鬼、二言はないよ!」
綱手からの挑発にナルセも負けずに鼻で笑う。シズネは二人の睨み合いにあたふたと慌てている。
「オレは有言実行主義者なんでねぇ!」
強く言い切ったナルセに綱手はうっすらと笑う。
「なら、賭けをしよう」
何の賭けかと眉を寄せ、綱手の言葉を待つ。
「一週間待ってやる。もしお前が術をマスターしたら、お前を認め火影になってやり…この首飾りをお前にやろう」
「つ、綱手様!それは大事な…ッ」
今まで黙って二人を見つめていたシズネが突然声を張り上げる。その慌てよう…かなり大事な物なんだろう
「…確かそれは初代火影のものだったな」
「お前の言う通りじゃ。ありゃこの世に二つとない鉱石で、売れば山三つは買える」
あんなちっぽけな石のどこにそんな価値があるのだろうと疑うが、自来也の言うこと。本当にそれだけの価値があるのだろう。
「ただし一週間で術をマスターできなければ、お前の負け。お前の有り金は全てもらうよ」
いつの間に掏られたのか、綱手の手にはナルセの富くじでパンパンになった財布が握られていた。ポケットを確かめるとそこは空。偽物じゃないのか。でも心配することはない。
「いいのか?あんた伝説のカモって言われてるんだろ。それに、オレ賭け事には強いぜェ?」
「粋がっているのも今のうちだよ」
二人が再び睨み合いを始めた隣では、シズネが心配そうに綱手を見つめていた。
今まで一度もあの大事な首飾りを懸けたりはしなかった。それだけ綱手にとって大切なものだからだ。
「どうしてです!?その首飾りは……!」
「フン、どうせできやしないよ…。行くよ、シズネ!」
シズネは不安だった。
――お答えは今すぐでなくとも結構です…。ただし一週間後にはもらいたい。
カブトが言っていた期間と綱手が提示した期間が一緒だったから。もしナルセが綱手との賭け事に勝てなければ綱手は大蛇丸と共に行ってしまう。
何か恐ろしいことでも起きてしまうのではないかとシズネは危惧した。
三忍綱手姫
(オレもカモにしてやるぜ!)
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