昼飯はラーメン
薄暗い部屋の中に机を取り囲む影が五つ。辺りに人気はない。暗部でさえもだ。
「それで?嫌われ者の僕まで呼んで、一体何の用なんでしょうか?」
「今更かしこまる必要などない」
「いえね、一応この中で僕は一番下っ端なものですから」
この部屋にいる一人、相談役のコハルがナルセに言葉をかけた。ナルセはそれを聞いて肩を竦め、鼻で笑った。それを見たダンゾウは憎々し気に目を細める。
ダンゾウはナルセのこのようなところが好きではなかった。飄々としていて、かつ自身の力が及ぶ範囲をこの歳にして弁えている。もっと幼い頃から根に引き入れていれば里に忠実な、使える忍が一人増えていたことだろう。こうしてナルセを見るたびにダンゾウは過去の過ちを悔いる。
早く議題に入ろう、とホムラが口を開いた。今回の議題は里のリーダーを誰にするか、というもの。混乱の最中にある木ノ葉の里にはいち早く里の人間を導ける指導者が必要だ。
「里の者はヒルゼンかミナトが再び火影に立つべきだと主張しておる」
波風ミナトは歴代火影の中でも最も人望に富んだ人物である。
対する三代目も人望が厚く、火影の座に就いていた時間も長い。里の人間はヒルゼンを信頼しきっているのだ。どちらも火影に相応しい人物と言えるだろう。
「じゃがな、印を組もうにもこの様じゃ」
そう言うとヒルゼンは腕をまくった。所々黒ずんだ痕のある腕は見ていて痛々しい。ヒルゼン曰く、印を結ぼうとすれば腕が痛むらしい。木ノ葉崩しの際大蛇丸に封印を施す対価としてヒルゼンはその腕を差し出したのだ。
それに木ノ葉崩しの責任を取るために辞職という体を取った。おそらく大名も断るだろう。自分もまだ当分思うように体を動かすことができないから無理であろう、とミナトが言った。
「さてどうしたものか…」
「ワシが火影になる」
ダンゾウがそう宣言した。皆の視線が彼に集まる。ダンゾウが昔から火影になりたがっているのはこの場にいる全員が既に知っていた。
「反対する者も多かろう」
「ナルセはどう思う?」
相談役の二人がナルセ、オレに意見を求めた。
「えー、オレあんたのこと嫌いだからやだ」
「ふざけとる暇はないぞ」
本当、なんでオレなんかに意見を求めるのやら。他に頭のキレるやつなんぞゴロゴロいるだろうに。
だがわざわざオレに期待をかけてくれているのだ。相応しい答えを返さなければいけないだろうな、と思案して口を開いた。
「そうだな…三代目のじーさんと争っていたあんただ。過去に失脚し、今回の事件がじーさんを陥れるためにあんたが画策した、なんて言い出すやつがいるんじゃないのか?あー、勘違いするなよ?いくらあんたとはいえ、里を潰す気があるはずないなんて百も承知だ。でもあんたもおかしなことを言うもんだ。いつもならもっと狡賢く考えているだろうに」
「ではどうしろと」
その答えを待っていたぞ、と言いたげにオレはニヤリと笑って見せた。
「今里に一人いるだろう?火影としての器、支持力、里に貢献した実績。その全てを併せ持った人物が」
*****
かたっ苦しい話し合いからやっと解放されて、途中迎えに来てくれた再不斬、白と合流して悠々と道を歩く。
上はこれからバタバタと忙しくなるんだろうなぁ。フハハ、精々頑張りたまえ!
「よーし再不斬、白。今日の昼飯はラーメンにしよう!」
というわけで、里からの嫌われ者と厳つい面と美少年は一楽に。周囲からあまりのシュール具合に二度見されることが度々あった。
一楽のあの赤いのれんを潜ればすぐに注文をする。
「大将!オレチャーシュー麺ね」
「俺は豚骨大盛り」
「じゃあ僕は豚骨並みで」
どこまで行っても白のこの再不斬主義は治らない。いい加減親離れならぬ再不斬離れをしろと言っているのに一向に治る気配がしない。困ったものだ
おい聞いたか?この間四代目の子供だとかいうガキが現れたって
聞いたぞ。なんでも金髪の女の子らしいな
あの化け狐と同じか…
あいつは男だぞ。そんな馬鹿なことがあるものか
「…君のことをあちこちで噂されてますね」
「だぁれもオレのことだとは思わないさ。ここで公表すれば逆に煽るだけだ。バレないほうが都合がいい」
白がぼそぼそと耳元で小声で話すので、こちらも小声で返す。随分前のことなのにまだ噂されてるんだな、と中心人物にも関わらず呑気に思った。
白はまだ何か言いたげであったが、何を言っても無駄だと察したのか引き下がった。ちょうどラーメンができたので手を合わせて食べ始める。
これだよこれ。程好く麺に染み込んだラーメンのつゆ。その露の味も深く、香りも素晴らしい。チャーシューの脂がつゆに溶け込んで絶妙な味を生み出す。やっぱラーメンは一楽に限る!箸が進む進む。大将はオレが余りにも美味しそうに食べ進めるので満足そうな顔をしている。
「聞いた通りに来て見れば…なんともミスマッチな面前じゃのぉ…」
「お、いつかの変質者」
「三忍自来也じゃ!」
まったくこいつは…とぶつぶつ言っているこのお方は変質者改め三忍自来也様。今日も額の上の油の字が眩しいですね。
「余計なことをしてくれたのォ」
「何のことかさっぱり?」
「しらばっくれおって…」
調子が狂うわ、と自来也は溜め息を吐いた。だってオレ本当に知らないし。名指しもしてないし。
それでも話が通じていることに変わりはない。自来也は話を続ける。
「ワシは火影なんてガラじゃないからの。別の人間を推薦した。これからすぐそいつを迎えに行く」
へー、いってらっしゃい。ご苦労だねー、と労うとお前も行くんじゃと叱咤された。
「相談役が推薦した人物に責任を持て、と言っておったのォ」
あの老人共め。余計なことを…。満足気に笑った自来也に溜め息しか出なかった。
*****
数日分の着替えに財布、それから諸々の必需品。旅に出るっていっても年単位の旅じゃないからそんなに大荷物じゃない。おそらくこれだけで十分。
準備に問題はないんだよ、準備に。問題はこっちだ。
「ナルセさん忘れ物はないですか?本当に大丈夫ですか?」
「クナイは?手裏剣は?他の忍具は?」
「あのなァ…ガキじゃねぇんだから準備くらいできてるっての!お前らどこの過保護な親だ!」
さっきから玄関でこれの繰り返しばっかりだ。出発が遅れる…!たー!もうこの肩の手を離せっての!
「うん!もう本当に大丈夫だから!それじゃ行ってきまーす!」
これ以上説得しようとしたら本当に遅刻しちまう。もう無理やり出て行くしかないよね!ってことで文字通り家を飛び出す。
はー、あいつらがあんなに過保護とは思わなかったよ。早く変質者との集合場所に行かないとな。
「や☆」
ぬっと電柱の陰から人が現れた。あっぶね!ぶつかりそうになっちまった。
急に危ないんだよ。一体どこのどいつだ?と顔を上げるとくしゃっと顔を歪めた。そのムカつく声と思わず殴りたくなる整った顔つきのやろうはやつだった。カナデだ。
「お前か。今忙しいんだよ、また今度にしてくれ」
「やだな、見送りだよ。聞いたよ、君、あの自来也様と五代目火影を探しに行くんだってねぇ」
「…誰から聞いたんだよ、それ」
旅に出てくる、なんてまだ再不斬と白、一楽のおっちゃんぐらいしか知らないのにさ。
そう訊くと「ボクって情報通だからさ☆」なんてウインクをバチコーン!と決められたから反射的に顔面をぶん殴っちまった。なんでこいつってこんなに不愉快なんだろう。
「あのね!実力は君の方が上でも地位はボクのが上なんだよ!?」
「いやちょっと体が勝手に…」
「真顔で殴ろうとするのは止めてよ!!」
ぐっと拳を握り締める仕草を見せるとやつは怯えたように電柱の陰に隠れた。なら怒らせるようなこと言うなっての。
ああ、そういや時間を気にしてたんだよ。もう腕時計がないってこういう時に不便だ。カナデもオレが時間を気にするのに気付いたのか、おちゃらけるのを止めて陰から出てきた。
「ま、気をつけて行って来てね」
「はいはいどーも」
通り過ぎる際お土産をお願いされた気がするが、いややっぱ気のせいだな。
脂と油
(見たかったのはその油じゃない)
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