星の瞬き | ナノ

  人の知らないこと


「さぁて!今日は二代目異形使いとしての鍛錬をしてもらうよ☆」

「うざったい」


ムカつく頬を思いっ切り抓りあげた。いひゃい!と叫ばれたのでさらに力を強める。

今回の集まりはさっきカナデが言ったことそのまま。悲しいことにカナデの人生経験はオレより遥かに豊富だ。年寄りの言うことは素直に聞いてやるとしよう。


「まずは契約している数の少なさを何とかしないといけないけれど、これはそれほど問題じゃないね。ボクからできる引継ぎでそれは十分に事足りる。そうだなぁ…【妖遁 雪女】」


びゅうと季節外れの雪が吹雪いた。閉じていた目を開けると、そこには蜘蛛女郎とは違う雰囲気の白い着物をぴっちりと着こなした美女がいた。


「久しいな、カナデ。話は蜘蛛のから聞いておる」

「話が早くて助かるよ。こちらは雪女。とても頼りになる女性だよ☆」


「どうぞよろしゅう」と雪女は言った。ちょっぴり高飛車というか、雪の女王、という形容詞が似合いすぎる美女さんだ。

雪女はオレのことを頭の先から足の先までじろじろと見つめた。そして口角を上げて「気に入った」と言い、オレの頬に冷たいキスをした。


「これよりそなたは妾の主じゃ」


ぽかん。固まったオレを見て雪女は面白可笑しそうに口元を隠して上品に笑った。カナデは認められて良かったね、と言ったがこれでよかったのか?


契約ってのは合意さえ得られればそれでいいらしい。目の前の彼女はオレのことを認めた。つまり今ので契約は終了らしい。

なんだか思った以上に簡単だ。もっと小難しい儀式とかするのかと思ったけど、そういえば蜘蛛女郎は知らないうちにオレに力を貸してくれていたなと思い出した。やっぱこんなもんなのか。


「妖遁ってのは自然の力を引き出す術だ。まず術者のチャクラ属性はほぼ関係しないことがある」


ほぼって言うのは自分の属性の術で援護できる時もあるから、と付け加えた。

つまり自然との密接な繋がり。それが重要になる。仙術との類似点がいくつかあるようだ。


「印はあった方がいい。明確な指示となるからね」

「てことはなくても?」

「口で指示できる時もある。そういうのは契約した相手のスペックによるんじゃがな」


忍術と口寄せの合わせ技みたいなものだと思ってくれればいい、とカナデは言った。そりゃそうか。彼女達にだって意思がある。


「案外拍子抜けだ。もっと複雑なもんかと思ってたのに」

「妖遁なんて大層な名前、このカナデが勝手に付けただけじゃが…そもそも忍術の大本は妾達との契約により使えるこの妖遁からじゃ。淘汰された部分もあるが、大きく変わることはなかろう」


雪女とカナデが頷くとはそういうことであっているのだろう。オレより長くこの世界にいる二人だ。信じるべきだ。


「さて、今日話すべきことはもう一つある。この額当てを見たことはあるかい?」


そう言いカナデが取り出したのは木ノ葉ではない別の里の額当て。近頃不審な行動ばかり見かけるあの鉤爪のマークの里の。

「それは…」と呟いたものだから「知っているようだね」と返された。こちらとしてはカナデがそれを持っていることが不思議でたまらない。


「この額当ては蝙蝠隠れの里のもの」

「こうもり、隠れ?」

「そう。そして君のミッションの標的が大きく関わっている里だ」


正直なことを言うと、こちらが今日の本題だとカナデは言う。


「彼の名は服部セイジ。蝙蝠隠れの里の創設者にして現在その里において絶対の権限を持つ里長」


カナデはそう語り始めた。


かつて反逆を犯したセイジはとある世界に逃げ込み、その世界に存在する生命に対し悪行を働き続けた。

結果、第四級罪人に位置したセイジを拘束するため分離の任に就かせた者を派遣するも、その者を破壊し、逃亡。逃げた世界において同様の過ちを繰り返す。再び数人の分離人を派遣。セイジは災厄を引き起こし、騒動に紛れて逃亡。以上の出来事を数回に渡り繰り返す。


「そしてこの世界でも同じようなことをしようとしている」


よく知っているな。そう言うと調べたからね、と当然の答えが返って来た。それに、と顔を歪める。

「あの人は…」珍しくカナデが言い淀んだ。どうしたんだろうと言葉を待つ。


「ボクの昔の上司だ。そして、ボクの大切な人を……殺した仇だ」


誰にだって、人生で一人くらいは大切な人を持つものだ。それを奪われる苦しみは痛いくらいよくわかる。ぐっと拳を握り締めた。


「お前は【移動】の力を持っている。そんな罪人の一人や二人、簡単に捕まえられるんじゃないのか?」

「ボクだってできるならばそうしてる。けれど、彼との力に差がありすぎた」


だから追い続けることはできても肝心の捕縛まではできないのだと。


「そんな時、君と出会った。君の持っている力ならば今度こそ捕まえることができるかもしれない。そんな希望を抱いた。……ボクのこと、恨む?」

「……いや」


恨む、とはオレのことを利用しようとしていることを指しているのだろう。けれど、さっきも思ったが、大切なものを奪われた気持ちはよくわかるのだ。同情くらいする。

カナデはオレの答えに悲しそうに眉を寄せた。


「あの人が求めているものは単純だ。殺人をして得られる快楽と、力さ」


でもそれは許されることではない。悪だ。人道に背いている。


「前に昔々の話をしたよね」

「綱手様探しの旅の前のあれだろ?……まさか」


そう、とカナデは頷いた。最悪な惨状が頭に浮かんだ。もし想像した通りのことが起こったら…そう考えるとゾッとした。


「彼のしようとしていることは止めなければいけないものだ。この世界の人達を守るためにも」

「人間が嫌いとか言っておいて擁護するんだな」


思ってることとやってることが滅茶苦茶だな、と笑った。カナデも自分でわかっているのか苦笑いする。そんなオレだって、本当のところは面倒なことに手出しをしたくない。

それでも、オレ達は人に目を向けずにはいられない。仕方ない。それがオレ達の本能と呼ぶべきものなのだから


「ボクは今度蝙蝠の里の動向を探る視察任務に出る。もしもの時のために先に謝っておくよ」

「えらく弱気だな」

「アハハ!まあ念のため、ってね☆こう見えてボクって結構強いから。大丈夫さ」


腐っても上忍ってわけか。ならお前にかける心配はないな。なんて言うとちょっとは心配してよ!と笑われた。その笑顔が気持ち悪かったので今度は弁慶の泣き所に一撃。


「自分を大きな存在だと思い込まないことだ。思い込めば彼のようになるだろう」


できないことはできない。自分がいくら大きな力を持っていても、何事をもできるわけではない。


「とっくのとうにそんなこと、わかってる」

「そうみたいだね。なら安心だ☆」


カラカラとカナデは笑った。当然だ、とこちらも笑って返してやる。


「ボクは彼女の望んだ一つの世界を生きたい。そしてそんな世界を作りたい」


言い切ったカナデの黒い瞳はキラキラと瞬いていた。

オレにとってのあの子は、カナデにとっての彼女で。カナデの意志がなぜそんなに強く見えるのか、なんとなくわかる気がした。


「望む世界を生きるのは厳しいけれど、君ならきっとできるね」


その時のカナデは優しい笑顔をしていた。


許されざること
(悪と見なしたものを、許すわけにはいかない)


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