魂の色
カナデと過ごす日々にももう慣れた。正直なところ、“オレ”の前に“私”があることを知っている数少ない人だ。傍にいて楽、なんて思ったりすることもある。…口に出すのはすごく嫌だけどな。
カナデと言えば貰ったチョーカー。首にぶら下がった鈴の音がチリンチリンと響く。
「そのチョーカーももう長いこと使ってるねぇ」
「だな。十年はまだ経っていないけど」
やつからもらったチョーカーに綱手からもらった首飾り。首周りに装飾品が集中していて不格好だ。
カナデはオレの首回りを見てふぅんと呟いた。そしてオレを装飾店へと連れて行く。連れられた装飾店の店舗は小さいが、商品の大きさが大きさなので品揃えはいい。
「これ、加工して欲しいんですが」
「……今は予約が沢山なのでちょっと…」
店員はオレの顔を見ながら言った。何だって今噂になってるこいつが店に…。そんな表情だ。
「できない…のですか?」
女性店員ということ、自分の顔立ちを利用してカナデは自分の顔を店員に近付けた。鼻と鼻がぶつかり合いそうな距離だ。こう言うのは非常に癪だが、カナデの顔はいい方だ。ボン!と店員の顔が赤くなる。
「い、いえ!やらせて頂きます!今すぐに!少々お待ちください!」
店員はチョーカーを持ってそそくさと店奥にと引っ込んで行った。
「……女心を弄ぶなんてサイテー」
「利用できるものは利用しなくちゃ、ね☆」
お前のウインクなんぞ見ても嬉しくない。
暫し待って店員は慌ただしく戻って来た。それでも早い方なんだが…
出来上がり、店員から渡されたのは黒い簪だった。飾りとして鈴が透かしガラスで包まれ、先端に吊るされており、黒の飾り紐が垂れ下がっている。鈴の中の玉は音が鳴らないように加工されていた。
店を出て、カナデはその簪を少しいじり「ん」と渡される。言っておくがこの簪は明らかにお洒落をする女の子が使うようなものだ。
「…あのなぁ。今のオレは男なの」
「じゃあ大きくなったら髪を伸ばして、美人になった姿をボクに見せてね」
女の子をコロッと落とせそうなことをさらりと言ってるが、こいつじじいだからな。ありえねえほどのじじいだからな。…言われてる自分の年齢は考えたくないけど。
ゴツン。道を歩いていると額当てに石が当たった。突然のことに「え、」と戸惑う中カナデが庇うように立ち塞ぐ。
顔を上げると長らく忘れていたあの醜い敵意が向けられていた。
「四代目に何かやったんだな!どうせ本当は拾われ子だろう!」
「化け狐なんだ。そのぐらいやってるに違いねえ」
「薄汚い髪をしやがって」
最後の言葉に頭が真っ白になった。気が付けば罵った相手を建物の壁に叩きつけていた。落ち着いて、と並んでいたカナデに制される。
「これはオレの色だ!それ以上ぬかしてみろ。テメェの体をずたずたに引き裂いてやるッ!」
猫が毛を逆立てるように怒り、フーフーと息を荒くした。行こう、とカナデに手を引かれてその場を去った。怒りは鎮まらない。
手を引かれるまま路地に入ると急に目の前の景色が変わった。一面の花畑だ。振り返るとさっきまで歩いていた道はなかった。
何をした、とカナデに目で問うと「これがボクの【移動】の力☆」とまたウインクをして宣った。少し場所を変えて頭を冷やした方が良かったからね、だと。確かに冷静な行動ではなかったと思う。
「君があんなに周りが見えなくなるなんて…どうしたんだい?」
「……髪の色を貶されたから」
子供っぽい理由だけどオレがあれだけ怒るには十分な理由なんだ。阿呆らしいと思われたくなくてぷいとそっぽを向く。
「“私”があって初めて“オレ”がいるのに……誰もわかってはくれない」
「失礼だね。ボクがいるじゃないか」
カナデの言葉は間違ってはいない。人生全て、ってわけじゃないが確かにカナデは私のことを知っている。
「よくは知らないけど、そうして君が君たることはボクでも理解できると思ってるよ」
本当にそう思っているのか。こいつの本心はよく見通せない。
前世の姿に変化をする。あの時から私の時間は止まったままだ。だけど今の姿は年が経つ度に変わっていく。私は置いて行かれていく。
だからこそだ。だからこそ今と昔、両方がそこにあるという証は否定されたくない。
「綺麗な髪じゃないか。今も昔も」
カナデの細い指が私の黒い髪をさらとすく。ドキリと一度大きく胸が高鳴った。
「あ、惚れた?惚れちゃった〜?」
「調子乗ってんじゃねえよ」
ムカつく面を大きなモーション付きでぶん殴った。こいつ、本当にオレを苛立たせる天才だ。
――カチリ。けれども、どこかで針の動く音がした。
自分という証
(時計はもう動き出していたのかもしれない)
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