心の入れ替えはA
今日もアカデミー。明日もアカデミー。明後日もアカデミー。
知識を蓄えることは子供の義務である。常識がなければ社会で生きていくことができない。だからそれを学ぶ宿舎へ通わなければならない。
「理屈はわかるけど面倒なんだよなぁ…」
「ほら、遅刻するぞ。もっとしゃんと歩け」
お前オレの教育係りかなんかなのかよ。おい、足をつつくのはよせ。くすぐったい。
大人は子供に学校に行きなさい、勉強しなさいって言う。子供は嫌だ、なんでこんなこと、大人になって役に立つのかよ。うん、お決まりのパターンだよな。
「頭じゃわかってる。でも体が拒否するんだよ。わかってないなー九喇嘛」
「いいからとっとと歩け」
痛い!噛むんじゃない!わかったよ行くから!行きますから!
にしても久し振りに他の生徒と同じ時間帯に登校したな。いつも寝坊したりやたら早起きしたりじーさんが仕事押し付けたりするから時間が合わないんだよな。なんだか新鮮。
通りを歩く時に刺さる大人の視線は無視に限る。反応してたらキリがない。いい加減飽きてくれないものか。
新しく担任になったイルカ先生にも失望したもんさ。もっとこう…熱血フルパワーな人かと思ったのに全然面白くない。授業は…うん、まあそれなりに上手いんじゃないか?
それなりにユニークで生徒に好かれるタイプの教師。多分教師っていう職業が天職じゃないの?ハハッ☆(某ねずみ風に)
ゆっくりとアカデミーに向かっていると三人、オレの前に現れた。
クラスメートだっけ?三人とも。やっべ顔覚えてないわ
「(クラスメートの顔ぐらい覚えておけ…)」
いや、ほら……影が薄いんじゃないかな?とりあえずクラスメート(仮)で。
「ナルセ、お前をオレ達の仲間に入れてやるぜ?」
「…は?」
「ただし条件がある。昨日父ちゃんの警備部隊が裏山の奥で敵の忍者と戦って、死体を置いて来たんだって。それを見つけて何か戦利品を持って来たら仲間に入れてやってもいいぜ?」
オレが真面目に話聞いてないってわかってるのかわかってないのか知らないが、クラスメート(仮)はベラベラと話し続けた。
ああん?仲間に「入れてやる」ー?どこのガキ大将ってんだよ
だがしかし、その中に気になるワードを見つけた。
「死体…だって?」
そうだけどとニタニタ笑いながらクラスメート(仮)は言った。
今まで歩いてきた道を引き返して走る。後ろで「裏山はこっちだぞ!」と叫ばれたが知ったこっちゃない。目的地は火影邸だ。
そっと火影室の窓側の屋根に降りる。
「ナルセか?」
「はい、僕です。三代目、一つお尋ねしたいことが」
*****
教室に向かうイルカは重い溜め息をついた。ナルセに対してどう対応していけばいいのかわからずただ日が過ぎていくばかりだった。
「(一体どうすれば…)」
解決策など、誰も教えてはくれない。そんなことはわかってる。わかっているが、このループから誰かに救ってほしかった。
やがて教室の前にたどり着く。子供の前で辛気臭い顔を見せるわけにはいかない。ぐっと力を込めてイルカは笑顔を作った。「皆、おはよう」挨拶をしながら教卓の前にまで行く。ぐるりと教室を見回した。
今日もまたナルセがいつも座る席は空席だった。もう一度心の中で溜め息をつく。
「誰かナルセを見てないか?」
「ナルセは裏山に行きましたよ」
また誰も知らないと言うかと思ったが、シカマルが立ち上がって言った。前の席であるヒバチが何やら抗議するがシカマルはそれを一刀両断する。
ナルセは裏山に死体を探しに行ったと続けて説明された。途端にイルカの心の中に焦りが生まれる。
「今日は自習にする!」
職員室で話題になった。裏山で昨晩戦闘があったと。裏山に近寄らないようにとこれから注意するつもりであったのに。
アカデミーを飛び出し、一目散に裏山を目指した。焦りはむくむくと大きくなっていく。周囲を探るとやっと見た覚えのある金髪が見えた。ほんの少し安堵ができる。
「ナルセ!何してる!早くアカデミーに戻りなさい」
呼び止められたナルセはついと振り向いて笑顔を見せた。イルカは枝の上からナルセの前に下りる。
「えー?まだ単位は大丈夫なはずですけど?だから帰れなんて命令は聞きません」
「言うことを聞きなさい。私はお前の担任だぞ」
嫌々と首を振るナルセに教師だからこそ言える注意をした。こんなの表面上の説得だとイルカ自身もわかっている。
「…言ってしまえば関係性はそれだけですよね。それとも理由をちゃんと説明すれば諦めてもらえますか?」
「どんな理由があっても、オレは教師として危険な裏山にお前を行かせるわけにはいかないんだ」
その時、ナルセが俯いた。まとう空気が一瞬で変わる。
「……生徒を平等に見ることができないあんたがオレの教師を名乗るのか」
痛いところを一瞬でついたナルセにイルカの心は揺らいだ。体面だけのイルカの言葉よりナルセの言葉の方が正しいところがある。ナルセはイルカの本心を見抜いていた。
「あんたも里の人間と同じだ。恨みと憎しみに心がまみれてる。いくら隠したって見えちまってるよ。ま、あんたも人間だ。当然の思いだろうな。けど、オレの教師を名乗るのはおかしいだろう?オレのことを何も知らないくせに」
初めて見たナルセが人を蔑むような目はどろどろと濁っていた。この世と人間に対する諦めを込めた目。
「(そうだ。オレは最初からナルセのことを見ていなかったじゃないか…)」
見ていたと、自分が思い込んでいただけだ。自分は何もしていなかったんだ。「ま、そんなこと」ナルセが呆れて溜め息をついた。
「くだらないけどな」
「グッ…!」
イルカの腹に一発決め込んだナルセは煙玉を投げ森の奥へと走って行ってしまった。待ってくれと手を伸ばしても、もう届かない。
*****
「酷いやつだな、お前は」
「へーん、本当のこと言っただけだろ」
事実を懇切丁寧に大人に教えてやっただけだ。むしろ感謝して欲しいくらいだね。こんなわかりきったことを説明してやったんだから。そう言うと九喇嘛はククッと笑った。
イルカ先生から少し走ると戦闘の跡があった。ならばこの近くに例の死体があるはずだ。目当ての物も。
さてどこにあるのかと周りを観察する。ここも違う。これも違う。これも、これも。
「あーもう!見つかんねぇ!…っておい九喇嘛!」
九喇嘛はガリガリと木を引っ掻いていた。その木の枝には鳥の巣がある。な、なんてことしてんだよ!飯は今朝食べたばっかだろ!?
卵は大丈夫かと覗くと、鳥の巣の中には見たことのないクナイがあった。文が括り付けられてある。多分これが探していた密書。…え?これなんてラッキー?
とりあえず任務はこれで終了。さっさとズラかろう。敵に見つかったら厄介だ。…なんて危惧したばかりだというのに目の前に三人の人間が立ち塞がる。
「おい小僧、大人しくそのクナイを渡してもらおうか」
額当てから察するに滝隠れの忍。それぞれに刀を向けられた。同時に殺気も。さっとさっきのクナイを背に隠した。
「断る」
「そうか。なら力尽くで奪うしかないな」
後ろに大きく跳躍する。そしてそのまま走った。背後から多くの手裏剣に襲われる。里に下りてしまえばこちらの勝ちだ。とにかく走り続ける。だが一人に立ち塞がれる。
「ナルセ!やっと見つけたぞ」
「イルカ先生!?チッ、間の悪い…とにかく走って!」
腕を引き先に進もうとする。が、先生と少し話している間に忍に追いつかれた。先生もそれに気付く。
「よそ者が木ノ葉の里で何をこそこそしてる!」
「ああ!もういいから!逃げるぞ!」
ここは学校じゃないんだ!煙玉を投げて再び逃走を図る。突然のことに戸惑ってよろめきながらもイルカ先生はちゃんとついてきた。
枝を枝をと飛んでいく。背後から投げられる手裏剣が鬱陶しい。先生とはぐれないようにしながら移動を繰り返す。
「逃がすなっ、散!幻影多重手裏剣!」
散らばった忍者が印を結んだ。すると、数枚の手裏剣が術で無数となる。何枚かが服を掠り傷を作った。
「かわしきれない!」
こうなったらこっちも何か術で対抗しないと。そう思った瞬間イルカの顔横を起爆札が通って行った。すばやく木陰に隠れる。その後すぐに爆発が起こった。
「二人とも大丈夫か?」
「カカシさん!」
白い頭の上忍、はたけカカシ。起爆札は彼のものだった。この場を任せてオレ達は避難する。
*****
カカシ上忍により滝隠れの忍はお縄に頂戴されていた。オレの任務もここで終了。久し振りにハードだったかもしれない。
イルカ先生に手に入れたクナイを差し出す。
「これやるよ。オレはもう帰る。追ってくれるなよ」
「ナルセ!」
それではさようなら、と言おうとしたのにイルカ先生に呼び止められる。
「その…ナルセのおかげで昔のオレを取り戻せたよ。ありがとな」
「そりゃオレのおかげじゃないな。あんたが勝手に改心しただけだろ。では、せんせーさようなら」
「あ、ちょっと待て!」
まだ何かあるのかと少し眉を寄せて振り返る。イルカ先生は照れくさそうに笑っていた。
「明日からオレはナルセの先生だ。ビシバシ鍛えていくからな。覚悟してろよ!」
「…あっそ。好きにしたら」
彼のことを少し見直してもいいかな、なんて思ったりした。
*****
「あー…そんなこともあったな」
「ほんと。あれは新手の問題児だと思ったぞ」
ずるるると一楽のラーメンをすする。本日はチャーシュー麺。スタミナいっぱい。お腹もいっぱい。うん今日も美味しい。
懐かしい話をしながらのイルカ先生との食事。どっかの同窓会みたい、なんて言うんじゃないぞ?
「ナルセがアカデミーを卒業して、下忍になった時は本当に嬉しかったなあ」
しみじみと先生は呟いた。それを聞きながらラーメンの汁をレンゲですする。ほっと一息ついてイルカ先生をじとりと見た。
「趣味と同じくらい爺くさい事言ってるぞ、先生。年取る前に上忍になれよ」
「余計なお世話だッ!」
己が成すもの
(他人はそれを後押しするだけ)
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