日向ぼっこ@
それはまだ私がアカデミーに入学する前のことだった。
「ほら見て、あの子よ」
「嫌だわ、何で出歩いてるのかしら」
おばさん達の言う陰口先にはいつも一人の男の子がいた。わたしと同じくらいの年の子だった。輝く髪と青く揺れる瞳を持っている子だった。
その子は自分の悪口が聞こえているはずなのに悠然と歩いていた。
かっこよかった。うらやましかった。わたしにはないあの強さを持っているあの子が。
「忌々しい九尾の 「ちょっとぉ、それ禁句」
たまに聞く「きゅーび」という言葉は知らないものだった。世の中はわたしの知らないことであふれている。ここにはわたしの知らない世界が広がっている。暗くてこわい、にごった。
「きゅーび?きゅーびってなに?」
「ヒナタ様はそんなこと、知らなくてもいいんですよ」
やんわりと隣に立ったコウは言った。仲間外れにされてる気分だった。でも、それ以上訊くなと目が語っていた。大人には大人のじじょーっていうものがあるらしい。仕方なく納得するしかなかった。
「でも」とコウは言葉を続ける。
「あの子には近付かないでくださいね」
*****
わたしは父上のように強くて、母上のように優しい忍になりたかった
でも、父上の修行はきびしくて、つらかった
よく泣いてばかりいた。でも、父上がわたしにキタイしてくれるから、がんばらなくちゃいけなかった
いつの日か、コウはわたしをアカデミーに連れて行ってくれた。ここに入学すると忍になれる。ここは、夢へと続く場所。
「いつか、ヒナタ様もここに入学なさるのですよ」
大丈夫なのかな。コウはもちろんって言ってくれるけど、不安でいっぱいだった。だってわたしは弱虫だから
――サクッ
ふと足音に振り返ると、いつか見た金髪の男の子がそこにいた。
「あの子…」
あの、金髪の男の子は狐を連れて一人で森の奥に歩いていった。いつもいつも一人。初めて見たあの時から。一体何をしているんだろう?
「ヒナタ様、あの子に関わらないでくださいね」
「え、どうして?」
「…修行の時間です。戻りましょう」
あの子とわたしは何も変わらないはずなのに、確かな境界線がそこにはあった。
*****
ずっと思っていた。父上のように強く、母上のように優しい立派な忍になりたかった。
修行は相変わらず厳しくて、つらくて
でも父上が期待してくれてるから、一生懸命にがんばった。
父上のように強く、父上のように立派に…
だけれど、妹の方が私より強かった。
父上は、――私を見放した
「ヒナタ様!」
私は逃げた。逃げて逃げて、どこまでも逃げていたかった。制止の声は、聞こえない振りをした。
走って、逃げて。世界から、現実から、自分から逃げた。私は弱かった。
その最中、人とぶつかった。ぶつかったのは男の子で、落ちたアイスクリームを呆然と見ていた。
「おい、お前」
「ぁ…ご、ごめんなさい…」
自分より大きな人は怖かった。大きいってだけで、私よりも強そうだから。私が弱いって、責められているようだから。
「あ、こいつ日向家の子じゃねェの?」
「そうだよこの目!」
「あのネジのいとこだぜ、きっと」
性格が悪いんだろうな。名門で、才能があるから。偉そうにして
口々にネジ兄さんの悪口を言い出した。
私は、そんなこと…
「あ、てめっ!」
「ちゃんとあやまりもせずにげようなんて、サイテーなやつ」
また逃げ出そうとしたら男の子達に捕まえられて。ぐっと頭を抑え付けられた。
謝れよ
謝れ
謝れよ
謝れよ
怖かった。涙がぽたぽたと地面に落ちた。
「ごめんなさい……」
「よえーよ」
「もっとちゃんとあやまれよ」
ごめんなさい、ごめんなさい…
逃げ出して、ごめんなさい…
弱くて、泣き虫で、ごめんなさい…
ごめんなさい……
「何してる、お前ら」
声がした方を向くといつか見たあの子がいた。あの強くて、かっこいい子が。きらりと髪が光った。
「あ?なんだお前」
「あ、こいつアレだよ。里のみんなからきらわれてるアレじゃん」
「あー、アレかー!」
一人の子がアレと言うと口々にアレアレと馬鹿にしだした。男の子は見下すような目で大きな男の子達を見ていた。
「アレ、か。……食われたくなきゃとっととそこをどけろ。通り道の邪魔だ」
男の子達の胸倉を掴んでそう言い放った。その冷たい物言いに、男の子達だけでなく私までもが震えた。
――怖い
この人はこの男の子達の何倍も、何十倍も、何百倍も強くて、怖い。きっとこれが、本当の恐怖。
男の子達は震えあがって動けなくなっていた。すくみ上がっていた。鋭い目で殺されそうで怖かった。いや、今すぐ殺されてしまう。
ちらと金髪の男の子が私を見た。恐怖でびくりと体が震える。
「その目…」
男の子が私の目に気付いたようでぽつりと言った。
「ヒナタ様ーーっ!」
私を追ってきたコウの声で正気を取り戻した男の子達は、こけそうになりながら逃げ去って行った。コウは地面に腰をついている私を抱き起こしてくれる。
「ヒナタ様、大丈夫ですか?……お前は」
「お前大人なんだろ。この子、苛められてたぞ。しっかりと小さい子を守れってば!」
思わず目を見開いた。おちゃらけた喋り方だった。なんで。なんで、こんなに変われるの?さっきと、全然違う人じゃない
ふしぎでふしぎでたまらなかった。
男の子に文句を言われたコウは怒って眉を寄せた。するとコウは私の手を引いて歩き出した。自然に私の足も動く。
「彼とは関わってはいけません」
待って、って言ってもコウ止まってくれなくて。あの子は私を助けてくれたのに。きっとそうなんだ。
お礼を言いたくて、でも言えなくて。どうしても気になって顔だけ後ろを向かせた。
振り返った際に見た彼の目は、さっきと同じくらい、瞳の色と同じくらい冷め切っていた。
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