仮面
S級犯罪者の暁はオレという異物が放り込まれたことによって一つのアジトに集まることとなった。S級犯罪者にも関わらずだ。
使われるアジトはリーダーである兄さんのお膝元の雨隠れの里にあるアジトだ。他のアジトに比べては生活用品や個人の部屋が用意されている分快適だ。
雨の国は雨が降る日が多い。むしろ、晴れの日の方が少ないくらいだ。
雨とは何かと縁がある。今日は皆出払っていて、再不斬達でさえ留守な状態だ。自分一人だけ。いや、九喇痲と二人ぼっちか、と窓の冊子から垂れる雨粒を見ながら思った。
「一人か。……都合がいい」
聞き慣れないその声が耳に入った時から、交戦は始まった。
雨で足場の悪くなった地面では踏み込むことが必然的に難しくなる。ハラハラし、何とか攻撃を避けながら反撃を試み続ける。
――こいつは危険だ
心の中で警報がけたたましく鳴り響いている。冷や汗がどっと噴き出した。早い、いくらなんでも接触が早すぎるだろ。
オレンジの面を着けた男の蹴りをしゃがむことで避け切った。べっとりと頬に貼り付いてくる髪が鬱陶しい。オレンジ色の仮面に一点開いた穴から赤い瞳がチラチラと見定めるような色をすることも鬱陶しい。
「いい加減大人しく殺されろ」
「死んでくれ、はいどーぞ、なんて言うわけねぇっつーの!…ッ!」
気を抜く暇も与えられない。空間移動だなんて、どこぞのカナデじゃあるまいしチートだろクソ!オレが言うのもなんだが!
「望めば全てが手に入る世界。…カナデが求めたという『一の世界』も叶う。何を恐れる」
「テメェの理想とやつの理想を一緒にすんじゃねえよ。つーか死ねって言われて怖がるなとか無茶言ってんじゃねえ」
「心から愛していた者を失う気持ちは言葉では言い表せない。それに惑わされたお前は道を違えているだけなのだ」
誑かす文句が一時止んだ。青い目と赤い目がかち合う。
「オレにはお前の気持ちがわかる」
その言葉が火をつけた。
「仮面で自分を覆い隠し、己を省みないお前に!オレの何がわかる!!うちはオビト!!」
相手の能力を無視して彼に掴みかかり、そのまま馬乗りになった。
正直なところ、こいつには恨みがある。殺したいとも思っている。けれどそれらは今まで理性というブレーキで抑えてきていたが、こればかりは譲れない。
敢えて名前を出したのは、オレは何もかも知っているぞと暗に告げるため。殺気を当てているけれど、殺す素振りを見せないのは話をしようという意思を見せるため。
それを彼、うちはオビトも理解しているのか、とりあえずは手出ししてこないようだ。
「パンドラの箱の底には本当に希望があったと思うか?」
「希望などない。この世にあるのは絶望だけだ」
「オレはそうは思わない」
希望も夢も、絶望と現実がなければわからない。その逆も然り。希望があるから絶望がある。夢があるから現実がある。どちらか一つが欠けるとどちらも存在しなくなる。
「だから何だと言うんだ」
「お前の苦しみがわからないわけじゃない。けど、あんたがしていることは間違っている。ネバーランドに行きたいなら一人で行けばいい」
だが、夢の世界で得られるものなんてあるのか。そこにあるのは幻だ。本物ではない。残るものは空しさだけだ。
「そんな姿を見たあの人は何と思うだろうな」
怒ってるのかもしれない。泣いているのかもしれない。もしくは…失望しているのかも。喜んでいるとは考えられないだろう。
視界の隅に入った、オレにだけ見える細い足首が戸惑うように一歩こちらに踏み出した。
「あんたはあんたの望む世界を生きればいい。けれどそれでオレが決めた道を邪魔するのなら容赦はしない」
結局のところ、どちらも身勝手なことを主張しているだけだ。勝者が正義。その言葉を顕著に表している。
「本当の意味で人がゼロからやり直すのは無理な話だ。前提はどこまでも付きまとってくる。けれど、ゼロに近い状態に持ち越せないわけじゃあない。もしその気があるならオレが何とかする」
「……無理だ」
「そんなことはない。きっとまだ間に合うさ」
仮面から覗く、射抜くような赤い瞳が微かに揺らいだ。
オレも物好きなものだ。自分を殺そうとする張本人にこんな言葉をかけるなんて。最早オレには敵意はない。萎えた。「フン」と言ってアジトの方向へと足を向けた。
「あんたもあんまりこの世界に絶望するなよ。案外捨てたもんじゃないぜ?」
「それはどうかな」
昔の自分と面影が重なる。何もない、全て消えてしまった。こんなものに価値などない、と。意外と平凡な悩みだったんだなと、今でなら言える。今だから言える。
――忌々しい
自分と重なるからこそ余計に苛立つ。
新世界への誘い
(ネバーランドへの切符なら破り捨てる)
prev /
next