関係の上書き
なんとかアジトに到着ーっと。地味に道のりが長かった。タクシーが欲しくなるな、タクシーが。どっこいしょ、と胡坐をかいてふくらはぎを揉み解す。筋肉痛にならないといいな。
アジト、って言うか洞窟、なんだけどさ。ここでまだ一つしなくちゃいけないことがあってだな。思った以上に段取りが多くて溜め息を吐きたくなる。
「おい、早くしろよ」
「はいはいわかりましたよ」
ったく、少しはゆっくりする時間ぐらい寄越せっての。二人に目配せして自分は我愛羅の額に手を当てる。ふっと息を吐いて精神を集中させた。そのまま瞼を閉じて意識を落とす。
「(守鶴、守鶴。聞こえるか)」
「(シャハハハァア!お前は九尾の…)」
「(…久しぶりだな)」
交信が上手くいったと薄ら笑みを浮かべる。
精神世界に入った状態で目を開ける。そこに広がるのは暗い暗い闇のみ。ここはオレの内にある無数の精神世界の内の一つ。
目の前にいるのは一本の尾を持つ砂の狸、守鶴。精神世界で九喇嘛と対峙する時のようにその体のサイズはとても大きいものだ。実物サイズってやつ。
「今日はお前に話があってな」
「オレに話だとぉ?」
その通りと頷く。守鶴は笑ってはいるものの、その目は警戒の色を帯びている。
「近々お前はオレ達以外の組織に狙われることになるだろう」
「…それでェ?オレにどうしてほしいんだ?」
少しキチガイっぷりがあるが話が分かる奴じゃないか。話が早い早い。
クツクツと笑いながら髪を掻き上げると、守鶴は催促するように尻尾を地にぱしぱし叩きつける。
「それで、だ。お前にその別の組織に捕まえられるとオレ達が困る。お前もこき使われるようになるだろう。どちらにもデメリットばかりだ。そこで、時が来るまでこれの中にいてほしい」
これ、というのはオレが精神世界で作り上げた人形。媒介を別の物質に変えるというわけだ。
「ヒャッハ!オレは泣く子も黙る守鶴様だぜェ。素直に言うことを聞くと思ってんのかよ?」
その言葉にオレはニヤリと笑った。するとオレの髪と瞳は段々と黒い色を増していく。否、自身の外見ではなく、周囲が闇に呑まれつつあるのだ。
「駄目なら駄目で、こちらも別の手段をとるまでだ」
「!…そういうことか……。いいゼ、乗ってやっても」
守鶴は突然に変わった周囲を見て、何かに気付いた。オレの瞳に何が映っていたのかは、彼のみぞ知ること。
了承の返事にオレはふっと笑って、また元の色に戻していく。
腕を上げ、ある一方を指差すと、守鶴もまたそちらを向く。そこにはある一筋の光があり、徐々に迫って来ると同時に光は大きくなっていった。
あまりの眩しさに閉じていた目を開けると、そこは一面の花畑。そして一頭のオレンジのような毛色と九本の尾を持った狐がいた。
「く、九喇嘛ー!久しぶりだなー!」
会いたかったぞ我が相棒よ!さあ、オレの胸の中に飛び込んでこーい!と腕を広げれば器用に尻尾で腕を叩かれる。
「相変わらず喧しい」
「相変わらずツンデレ!」
拒絶されてもこれは九喇嘛のツンと受け取りぎゅっと抱き締める。ふかふかもふもふ!一週間に一度はこうしないとやっていけないぜ!!今回の任務中は接触禁止だから。今のうちにたんまり充電しとく!
九喇痲を胸に抱え、すとんと地に腰を下ろすと傍に寄ってくる一頭の狸。
「ははっ、お前はちっちゃくなるとそうなるんだな」
ちっちゃくなった九喇嘛と同じくらいの大きさの狸の守鶴。砂のような毛色をベースに元のようなぐるぐるの模様が入っている。
「アァン?九喇嘛じゃねェか」
「気安くワシの名前を呼ぶな、この狸」
出会えば即喧嘩勃発。二匹は毛を逆立てて威嚇し合う。しかし、この姿であれば可愛いマスコットが喧嘩し合っているようにしか見えない。
「どうどう、二人とも落ち着け。とりあえず守鶴には一旦我愛羅から抜け出てもらうぞ」
「いいのか?あいつ、死んじまうぜェ」
「オレがそんなヘマするか」
ニヤリと笑って人差し指をくるりと回す。すると守鶴の周りに半透明の鎖が浮き出てくる。……まるでいつかやつがオレ達に対してやったことみたいだ。
「これがお前と我愛羅のつながりだ。これに人形との関係を上書きすることで、三人に影響は出なくなる。やるぞ?」
訊けばまたあの変な笑いを返されたので、もう返事を期待することはなく、鎖に上書きしていく。すると九喇嘛の時のように守鶴に巻きついていた鎖が人形の腹の中に収まっていく。これで一安心とほっと息をつく。
「どうやったんだァ?」
「これか?人柱力ってのはな、無理矢理尾獣との関係を断ち切ろうとすると死に至るんだ。それは一度混ざり合った魂が無理に引き千切れることで起こってしまう。綺麗に引きはがさないとアウトだからな。修復不可能な事態に陥ってしまう」
簡単に言ってみせたけど、さっきのアレは相当のリスクを負った術だったってわけだ。
「簡潔に言うと綺麗にはがせば問題無しなんだよ。ま、オレらみたいなんじゃないとできないけどな。人じゃないからできる所業さ」
一気にまくし立て、わかったか?と聞くと微妙な顔をされた。…どうやら頭は弱いようで。
実はこれ、昔やつがオレと九喇嘛にしたことがあるやつだ。だから大体のやり方はわかっていた。
「ま、噛み砕きすぎたからな。ほんとはもっと複雑なもんなんだ」
そう…クッキーとビスケット、飴玉とキャンディーの違いを述べるようなものだ。似たようなものだが分かりにくい違いはもちろんあるってことだな。そして説明しにくい。それを言えばもっと微妙な顔をされた。ほんと弱いな。
そのまま必注意事項を一気に言い切ると早速昼寝をし始める守鶴。…こいつ自由人すぎるだろ
「じゃ、オレは目覚めるからな。ここでは好きにしていいが外に出る時だけはいい子にしていてくれよ」
じゃあなーと手を振りながら意識を覚醒させていく。
卑怯だなんて言わないで
(彼の名は守鶴。一尾という魔獣)
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