刹那 | ナノ


「風呂場だよ、風呂場!」

「あー……鶴丸……今、何時……?」

机に突っ伏したまま、審神者は本日の近侍である鶴丸国永に尋ねた。
いくら女好きでだらしなくとも、審神者は審神者。定期的に政府にレポートを提出しなければならないのだ。

「そうだな……あと少しで、夕食の時刻になるな」
「夕食!?」

その瞬間、審神者がガバッと起き上がる。
何かおかしなことでも言ってしまっただろうかと鶴丸は己の言葉を振り返るが、何もおかしいところはなかった。

「ちょ、オレ行ってくる!」
「主? どこに……」
「風呂場だよ、風呂場!」














つくづく、目の前の主の行動に呆れ返った。
―――そこまでして、曉の湯浴みが見たいか。
そんな鶴丸の思いも知らず、審神者は懸命に覗き穴を探していた。ときどき聞こえる、「畜生、木の葉が邪魔で奥が見えねえ!」という声に、思わずため息が出る。

「主……楽しいか?」
「馬鹿野郎! 楽しいとか楽しくないとかの次元じゃないんだよ! 世の中の男が一度は通る道だ! 男は、覗きをして初めて男になるんだよ!」

先程から鶴丸が何を聞いても、同じ答えしか返ってこない。もう好きにしてくれ、と鶴丸は木に寄りかかった。
……ここで主と一緒に曉の前に出たら、曉は驚くだろうか。
そんな考えが頭をよぎったが、すぐに振り払った。さすがに命を懸けてまではそんなことしたくない。
その時、審神者が「おっ!」と声を漏らした。

「よし、これで奥が見え―――」
「―――ずいぶんと、楽しそうなことをやってるわね」

静かな女性の声に、審神者と鶴丸は動きを止めた。
後ろに立っていたのは、極端に大きな大太刀を抱えた―――。

「……曉……ちゃん……」
「え、い、いや、俺は違っ―――」
「二人とも、歯、食い縛りなさい!」

このとき、鶴丸は心から思った。主の近侍は、できればもう二度としたくない。














「…あ」
「げ」
「会った瞬間に嫌な顔するの、やめてもらえないかしら? 加州清光」

自室に帰る途中にばったり会った曉と加州は、互いを見た瞬間嫌悪の顔へと変えた。
この二人は、本丸内でも特に仲が悪い。だが、それにも日々変化が見られるようになってきた。
相変わらず先に手を出すのは加州だが、その言葉は以前と比べ、棘のあるものではなくなった。
この加州の態度の変化を見た他の刀剣たちが、「曉は加州とくっつくかくっつかないか」という賭けをしていることに、本人たちは気づいていないのだが。

「って、何、その髪。すごい濡れてるんだけど」
「見てわかるでしょ。湯浴みの最中に、阿のアホ主さまが邪魔しに来たのよ」
「主の部屋に、髪乾かす道具なかったっけ。えっと……どら……どれ……」
「ドライヤー、ね。今、乱が使ってるのよ。だから、そのまま帰ろうと思って」
「ふーん」

そうは言っても、曉の髪を乾かすのは一苦労だ。
曉の髪はおろすと膝近くまであり、いつもは和泉守の髪を乾かすついでに堀川にやってもらっていた。
だが、堀川は今遠征に行っているし、第一、髪を乾かすための主のドライヤーもない。

「………っああもう、ちょっと来て」

加州に手を引かれてやってきたのは、加州の自室。同室の大和守安定も、これには目を点にしていた。
……加州が、曉を連れてきた?

「どうしたの、清光。まさか襲」
「わないから! 第一、こんなの襲ったところでなんにもならないし、時間の無駄労働力の無駄!」
「なんっですってぇ……っ!?」

……あーあ、いっつも一言多いんだよ、清光は。
そう思ったが、あえて口には出さないでおいた。せっかくの仲間の初恋だ。せいぜい高見の見物をしようじゃないか。
もっとも、本人がこれを「恋」と認識しているのかはわからないけれど。

「ちょっと、加州清光」
「だから、髪乾かしてやるって言ってんの。この間主に買ってもらったドライヤー、今使ってみないでどうすんの。要するにあれだよ、実験台」
「あんったねぇ……!」

嘘つき。買ってもらったの去年なんだから、試す必要なんてどこにもないじゃん。
鏡に写ったこの本丸の紅一点と主の初期刀を見て、大和守は思わずため息が出た。
どこまで素直じゃないんだよ、清光。
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