刹那 | ナノ


「って、聞いているのかしら、薬研藤四郎!?」





一ヶ月後

「よぉ、曉」

長い廊下を歩いていた曉に、後ろから声がかかる。
短刀の、薬研藤四郎だ。
低い背に華奢な体と、一見幼い印象を持つが、内面はとても大人びていて、常に頼られる側である。
……が、今の薬研の姿は、どう見ても傷だらけだ。
あちこち服が破れ、黒かった服も赤く染まっていた。

「……何で重傷で歩いてんのよ。壁に寄りかからないと歩けないくせに」
「手入れ待ちだ。他にも乱と厚が怪我してるからな」

つまり、兄弟に手入れの順番を譲ったということだ。
自分は兄だからこれぐらいは我慢しねえと、と強がる姿がなんとも彼らしい。

「あんたが重傷になろうと私は関係ないけど、床はちゃんと拭いておきなさいよね」

曉に言われ、薬研は視線を床に落とす。
足元には小さな血だまりができ、それは点々と薬研が歩いてきた道をたどっている。
それを見て「大将にバレねぇうちに掃除しておかねぇとな」と呟くと、廊下にどっかりと座った。
少し俯いていたのでよくわからなかったが、かなり顔色が悪い。
座ったのも、恐らく立っていられなくなったからだろう。

「……貧血ね。血、抜きすぎよ」

とは言っても、刀は自分で血を止めることはできない。
人間は軽い傷程度なら自然と血は止まり、傷も塞がる。
だが、刀は違う。
いくら人の体を持ったとしても、所詮刀だ。
審神者に手入れをしてもらわなければ、血も止まらないし、傷も塞がりはしない。

「どーせ、手入れまで何もすることないんでしょ。だったらしばらく寝てなさい。そんな傷だらけの体でウロチョロされるよりマシだわ」

曉はしゃがみ、薬研の目元を自らの手で覆う。
すると、薬研の動きが止まった。
先程まで笑みを浮かばせていた顔も、今は驚きの色へと変わっていた。
曉はその様子を不思議に思っていたが、しばらくすると薬研が笑いだした。

「な、何よ。今のどこに笑える要素があったわけ!?」
「ああ、悪い。だが、会ったときから無愛想な奴だと思ってはいたが……こんなところもあるんだな、と思ってな」

薬研が軽く、曉の手に触れる。
指の隙間から見えた薬研の瞳は、しっかりと曉の瞳をとらえていてーーー。

「ーーーっな、何勝手に触ってんのよ!」

薬研の視線に耐えられなくなった曉はパッと薬研から手を離し、くるりと後ろを向いた。
両手を胸の前で握り、耳まで真っ赤にして文句を言い続ける曉の姿に、根は純粋なんだな、と薬研は思った。
口を開けばぶっきらぼうな言葉ばかりの曉が、まさかこのような一面を見せるとは。
以前審神者が、「曉ちゃんって照れたり怒ったりするとすぐ顔を真っ赤にするから、ついからかいたくなっちゃうんだよな」と言っていたことを思いだし、確かにと考える。
顔を背ける彼女に、あともう一言言ってやったら、その赤く染まった顔はどうなるのだろうか。

「って、聞いているのかしら、薬研藤四郎!?」

「はいはい聞いてるぜ」と軽く流しながら、うっすらと目を開けて曉を見る。
刀をぎゅっと握り、いまだに文句ばかりを言う彼女に、薬研はどこか暖かいものを感じた。









今となってはうっすらとしか覚えていないが、薬研藤四郎が曉を意識し始めたのは、この頃だったかもしれない。









   
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