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人目を忍んで橋の基礎を作り、アリアとはそこで別れた。
後味の悪い結果に心配する天族たちをわかっているのかわかっていないのか、スレイはマーリンドへと向かった。
マーリンドの穢れは、想像以上に酷かった。
街の上空をドラゴンの幼体が飛び回り、疫病は完全に歯止めがきかなくなっていた。
ついには上空を飛び回っていたドラゴンの幼体が、広場にまで降りてくる始末だ。
「エドナ、街の穢れがあいつに力を与えてるって言ったよね?じゃあ、まずそれを祓えば」
「ええ。パピーの力を弱められると思いますわ」
パピーとは、先程のドラゴンの幼体のことだ。
幼体といえどもドラゴンはドラゴンで、今のスレイたちがかなう相手ではない。
「なんとも面倒な方法だね」
「そうだけど『損して得をとれ』だ」
「その作戦がいいと思う。……例えは違う気がするが」
スレイの意見に、ミクリオやアリーシャも賛同した。
……やはり、少しずれている部分もあるが。
「面倒×2」
「『急がば回れ』ですよ、エドナさん」
「それです、ライラ様!『損して得をとれ』じゃなくて……」
「『急がば回れ作戦』開始だ」
こうして、『急がば回れ作戦』が始まった。
スレイが街を回り、街の中の穢れが特に酷いところを浄化の炎で祓って行く。
「…スレイさん」
途中強い穢れを感じ、穢れを感じた方向へ向かっている最中、ライラが出てきて言った。
「今度アリアさんと会ったとき、アリアさんを従士に誘いませんか」
たった、一言だ。
そのたった一言が、スレイの胸の奥深くまで響いた。
自分は導師だ。
導師には、なすべき使命がある。
そして、その使命のため、人々から非難の目を向けられることがあることも、十分に理解していた。
それに対し、アリアは一般人だ。
導師の使命に巻き込んで、彼女の日常を壊す必要はない。
「僕もそれに賛成だ。スレイとまではいかなくても、彼女はかなりの霊応力を持っている。浄化の力を持ったら、心強い仲間になれると思うけど?」
天族たちは知っていた。
スレイの目が、だんだん見えなくなってきていることに。
それは従士契約の反動であって、アリーシャはその事に気づいてなく、また、スレイも気づかれないようにしていることも。
だからこそ、アリアには従士になって、スレイをフォローしてほしいのだ。
いつか旅の途中で出てしまうボロを隠せるように。
ーーーそれに、目に見えないよりは、目の届くところにいられたほうが。
ただ一つ、ミクリオの真意だけは違っていたが。
「…………………でも」
「第一、あの子もそれを望んでると思うけど?」
傘を差しながら言うエドナに、スレイが言葉を詰まらせる。
それは、スレイ自身もわかってはいた。
でも、彼女の日常を壊してはいけない。
だからこそ、スレイが選んだことだった。
彼女の日常は、とっくの昔に壊れていたことも知らずに。
「……考えてはみるよ」
スレイのその言葉を聞くと、天族たちは黙ってスレイの内へ戻っていった。
スレイたちがこの街で最も穢れが酷い場所、ダムノニア美術館についたのは、それから数分後のことだった。
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