小説 | ナノ








「…スクアーロ?」


名を呼ばれてハッと我に返ると、目の前の業務用電子レンジはとっくに温めを終了していた。




「なんかあったのな?最近元気ねーし」

シフト上がりに事務所のロッカーの前で、山本が顔を覗き込んできた。純粋そうでキラキラ光らんばかりの真っ黒な瞳がスクアーロを見つめる。どうやらまたボーっとしていたらしい。

「なっ…何でもねぇ」


そそくさと身仕度を整えると先に出て行った。


「…嘘、下手なのな…」





昼間のバイト先のコンビニはザンザスの店で働きはじめる前から勤めている。給料は低いが気に入っていて出来れば辞めたくはないのだが、どうも最近調子が悪い。



(昼も夜も働くのはやっぱ無理があるのかぁ…?)




フラフラと店のビルの階段を登り、2階まで登りきると一度立ち止まり溜め息を吐いた。


「…なんか……なぁ…。」


正直、母親の借金なんて子が負う義務なんてないはずだ。
あの日、ザンザスに初めて会った日。
ザンザスの赤い瞳から目がそらされず、見入ってしまった。


(あんな、綺麗な色の目なんて見たことねぇ)


「まさか…惚れ…?」


いつまで経っても強烈に焼き付いたままの赤い瞳は日に日にスクアーロの心に染み付いて逃れられない。気付いたらザンザスのことを考えているのだ。


「…いやいや…ねぇよ、あんなヤクザ者」


ぶんぶんと頭を振ると、再び階段を登る為足を踏み出した。




ドンッ



「わっ…!」

踏み出した途端スクアーロは何かにぶつかり、細いヒールのせいで踏みとどまれずによろけた。


「…大丈夫か?」



尻もちをつくだろうと身構えていたがその衝撃はなく、かわりに左腕に圧迫感と頭上から声がした。


「あ…、すいません。大丈夫です」


そこで初めて人にぶつかったのだと認識できた。
目の前の男はそこにいるのに、まるで居ないかのような不思議な雰囲気をしており、黒髪で背が高く高級そうなスーツをピシッと着こなしていて、少しザンザスに似た風貌だった。


「ああ、すまない。」


じっと見入っていたスクアーロに男は謝り、掴んだままの左腕を放した。


「あ、いや…すいません、ありがとうございます」


「怪我はないようだね。…上の店の子かな?」


「はい」


一瞬蒼銀の瞳をそらして答えるスクアーロを男はしっかり捉え、微かに口角が上がる。


「そうか、じゃあ今度行くよ。お詫びにね」


「いえ、そんなお構いなく。こっちがボーっとしてたのが悪いので」



「またね」


男は誰かによく似た含み笑いを残し階段を降りて行った。


(「またね」…?)


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