小説 | ナノ







別に何があるでもなく普段通りに数日が経った。期待していたわけではないが、階段でぶつかったあの男は未だ店に来ない。

(別に、約束したわけでもねぇし…構わねぇけど)


ぼんやりと頬杖をついて、最早彼女の指定席と化した窓際の待機席から外を見る。

そういえば、あの男はこのビルの上階から降りてきた。店はまだ営業開始前だったし、この階より上は全てオーナーが使用しているはず。


(…ザンザスの知り合いかぁ?そういえば、似てたなアイツ…)


ゴンッ


鈍い音をさせてアイスペールが突然頭の上に降ってきた。


「いっ…てぇ……っ!!なんだぁっ」


「…サボんな」


振り返るより先に、低く艶やかな男の声がした。


「げっ、ザンザス…!」


「『オーナー』。」


「チッ…サボってねぇ。客がつかないだけ」


スクアーロはふんっと乱れた髪を整えながら頬を膨らます。


「つかない、じゃなくつけろ。カス」


眉間の皺を深く刻んだザンザスはその赤ワインのような瞳でスクアーロを見下ろした。その目は明らかに怒気をはらんでいる。


「…ガンバリマス。」



唇を尖らせ、両手を膝の上に揃えてスクアーロが言った。
チラリとホールを見ると、ルッスやベルには常連客が何組も待機しており、ベルはあちこちの席で山盛りになったフルーツにご機嫌だった。レヴィでさえもちゃっかりメニューを入れてもらっていて、待機席にいる自分が何だかとても惨めな気持ちになる。



「…ルッスの席について、客に紹介してもらえ。この世界は客の奪い合いだ。そう何度も甘えさせてもらえないからな?しっかり掴んで来い」



溜め息混じりにザンザスが吐き出した言葉はスクアーロの胸をギュウッと締め付けた。


(憐れむな)



(俺をそんな目で見るな)



返事のないスクアーロの沈黙は了解だと受け取りザンザスが背を向けた。
長い脚が一歩踏み出す、その時思わず腕を伸ばした。
細く真っ白でしなやかなその腕は、ザンザスの逞しい二の腕を掴む。



「…捨て…ないで」



見開いた蒼銀の眼には光が失せ、間接照明に照らされたその顔は真っ青だった。


「スクアーロ…?」




どうも様子がおかしいスクアーロをそのまま連れてホールを出る。
パタンと扉が閉まると同時にスクアーロはぐったりとその場に倒れ込み、毛足の長い緋色の絨毯に銀の髪がパラパラと散らばった。




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