高き純度は時として毒となりぬ
「坂口先輩って、甘いもの好きですか?」
「どうしたんですか、藪から棒に」
「いつも珈琲には何も入れないし、甘いもの食べてるのみたことないし、というか普段なに食べて生きてるんですか?霞?」
「馬鹿にしているんですか、僕だってちゃんと食事はとっていますよ。と云うより知っているでしょう貴女」
「よくわからない栄養素を混ぜて固めた固形物は食事とは云いませんよ」
「…消化されれば同じでしょう」
「同じじゃないと判っているのは今の数秒の沈黙で明らかですよ」
「その洞察力を普段の捜査にも生かしてくれませんか?」
「生かしてますよう!って、こんな話じゃなくて、甘いものです!」
「まあ、そこにあったら食べますかね」
「ほんとに食に頓着がないな此の人」
「こら、職場ですよ」
「はあい坂口参事官補佐殿」
「それで、僕の質問にも答えてないですよ」
「ん?…ああ、いやあ、なんか気になったから?」
「誤魔化すのが下手すぎます、訓練受けなおせるように進言しますか?…大方、世間の浮ついたイベントに影響されたのでしょう」
「解ってて聞いたんですかぁ?」
「僕が貴女の考えてることが解らないとでも思ったんですか?」
「…」
「なんですその顔」
「…負けた…」
「何にですか。然しそうですね、チョコレートは甘味のなかでは好きなほうですね」
「…珍しい」
「はい?」
「先輩っていつも、嫌いじゃない、とか、幾分まし、とか、好きってあんまり、云わないのに」
「そうですか?自分では気にしたこと無いですね」
「私にだって!」
「ッ、急に立ち上がらないでください」
「私にだってあるかないかの言葉を!私と!チョコレート!どっちが好きなんですか!」
「は?」
「…なんでもないです」
「なんでもなくないでしょう。貴女が暴走することは佳くありますがそれがなんでもなかった試しはありません」
「うう…」
「そうですね、確かに僕は直接自分の気持ちを言葉にするのを避けるきらいがありますが…貴女のことは、好き、ではないのです」
「え…?」
「大体、言葉に頼ろうとするからそんな勘違いが起こるんですよ。僕が貴女にその言葉を使わないから貴女のことを…大切に思っていないだなんて、自分勝手な解釈にも程があります」
「…一瞬びっくりしたじゃないですか」
「貴女に対する感情は、言葉に即して考えるものでも、ましてやチョコレートと同等でもないのですよ、判っていますか?」
「は、い」
「…ちなみに僕はチョコレートは甘くないものを蒸留酒と一緒に食べることが多いのですが、どうです?」
「…喜んで、お付き合いさせていただきます」



僕はあなたがすきだ、という。…しかし、日本語のすきだ、だけでは力不足の感があり、チョコレートなみにしかすきでないような物足りなさがあるから、しかたなしに、とてもすきなんだ、と力むことになる。……恋愛は、言葉でもなければ、雰囲気でもない。ただ、すきだ、ということの一つなのだろう。
坂口安吾『恋愛論』


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