平均より少し高い体温
「そろそろ寝ましょう、名前さん」
「ん…?…うん…」

彼女は夕ご飯を食べ、お風呂に入り終わって暫くしたら毎晩本を読むのを習慣にしている。こうして偶に泊まりに来るようになってから知ったことだ。
今夜はどうやら本を読んでるうちにうたた寝をしていたらしい。

「今日は大変でしたからね。ゆっくり疲れをとりましょう」

名前は本に栞を挟むことなく閉じ、徐に机の上に置いて歩いていった。そして敦がベッドの横のランプをつけたのことを確認してから部屋の明かりを消した。



寒い夜だ。


名前は冷えたベッドへそろりと体を滑り込ませた。それに倣うように敦も反対側の掛け布団をめくり横になる。
「つめた、湯たんぽ買わないと無いや…」
「ゆたんぽ?それってなんですか?」

名前はそれを聞いてはっとした。そうか、この子は湯たんぽというものを知る機会すら無かったのか。

名前は目尻を下げて視線を合わせた。
「…湯たんぽっていうのはね、お湯を中に入れて使う大きいカイロみたいなものだよ。最近はレンジで温めるのも多いかな」

「そうなんですか」とどこかあまりわかっていないような口ぶりで敦が答えた。

今までこのように知らないことを教えると、彼は決まって恥じるような顔をしていた。そのたびに名前が「これから知っていけばいい、悲しむことではない」と云っていたのだが、最近になって知らないことを聞くことが彼の中で普通のことになってきたようで、前のような顔をすることがなくなってきた。


嬉しいことだと思う。
彼が幸せであることを無意識に受け入れ始めている証拠だ。名前はそっと笑みをこぼした。


「今日の依頼、驚きましたね。まさか猫探しから誘拐事件が発覚するなんて」
「本当。国木田さんから電話もらったとき二度聞しちゃったよ」

ぽつりぽつりと会話を交わしていく。
今日起きたことを話すことが敦と名前のお決まりのようになっていた。

現場にいた敦が、探偵社で動いていた名前にことの顛末を話していく。それにミサは穏やかな相槌を打ったり、社の仲間の行動に少し笑ったりしていた。


ふと敦は彼女の眸に自分の姿を見た。
ベッドサイドランプの明かりで照らされた彼女の眸は鏡のようになっていたのだ。


そこには不器用そうな自分の顔が浮かんでいた。


(あぁ、名前さんの目に僕はどんな風に映っているんだろう)

そう、敦は思った。自信が無くなっていくような気がした。


そして彼女の眸が見えていることに違和感を覚える。


そうか。
普段は彼女はこの時間目を閉じて話しているのに今日だけは何故か目を開けているのだ。


「名前さん?」
いつもと違う名前が不思議で思わず名前を呼んでいた。

「ん?どうしたの」

「今日は目、閉じてないなって思って。さっきうたた寝して目が冴えちゃいましたか?」

「そうじゃないよ、ただ敦の目は綺麗だなと思って」

「え、」

「なんだっけな、似てる宝石があるんだけどさ、このあいだ見たとき思ったんだよ」

「そうだ、アメトリンだ」と納得した彼女の話についていけない。

「え、急に、どうして、」

「光の加減でね、敦の目に私が反射してるんだよ。そしたらなんか改めて思ったの」

そう呟く名前の言葉の意味を考えることが出来なかった。


「丁度僕も、さっき名前さんの目に、僕は何時もどんな風に映っているかな、って」

そう少し乾いた口で辿々しく紡いだ言葉は後から思うときっと彼は羞恥で堪らなくなってしまうであろうものだった。

ふふ、お互い様だ、と彼女は呟き、敦の頬にゆっくりと手を添えた。

「そうだなぁ、強くて、ほんの偶に気概無しで、でも何時も優しい、貴方の姿が映ってるんじゃないかな。自分の目は自分じゃ見れないけどね」

そう云いながら名前はまるで涙を拭うかのように親指で目の下をなぞった。

そして一回瞬きをして眼を閉じた。

「そろそろ寝ようか、電気消すね」

彼の頬に当てていた手を離し、ベッドサイドランプの紐を引っ張った。

「おやすみ、敦」

敦は漸く言われたことを理解した。同時に明かりを消してくれたことに感謝をした。

どんな顔をしているかわからない。彼女にも見せたくなかったし、眸に映ったのを自分も見たくなかった。

「……おやすみなさい、名前さん」

そう返した挨拶は言い終わって直ぐに枕は顔を埋めたせいで最後の方はくぐもっていただろう。

なんだか目の奥が熱くなってきた。
涙を拭う振りで逆に涙を誘うなんて、酷い人だと敦は心の中で彼女を少し責めた。彼女の前ではもうなるべく泣きたくないのに。


あぁ、今夜は眠れるであろうか。


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