雨宿りの枝。








 グラスを置いてから言えばよかったと思ったのは、つくづく予想通りの反応をしてくれるからだ。







「大丈夫かい?ローナ。」


(「……冗談、言わないで頂戴?」)


 返答せずに交わして、ロナンシェの手元を気遣った。破片を握りしめている手元が痛々しく赤く滲んできているのがわかった。直ぐにでも手のひらを開くように告げようと思ったが、震える手のひらとは中々に開かないものである。自分もマレーネと話している時にそうだったように。下手に触って怪我が増えることも、望めない。ならば、どうしよう。
 まだ暖かいホットラムを膜が張らないように揺すりながら、キューレは視線をカップに落とした。ぐるぐる回るカクテルが、ランプの明かりを映している。次の一手をどうしようか考えながら、ロナンシェが破片を置くのを待っていた。とはいえ、早く求めている答えを欲しているのだろうとは、無論、理解しているのだが。甘やかしても、良いものか。



 沈黙が続く。
 キューレもまた迷っていた。



 続いた分だけ、まるで何もなかったかのように、周りの喧騒が押し寄せてくる。水を打った一瞬から時が戻ってきたようだ。
 落ち着きを戻したのか、ロナンシェが破片を置いて、布巾で血を拭う頃には、キューレもカクテルを飲み干して、コインをコースターの横に置いた。ジャケットから一枚、メモ用紙を取り出して切り取ると、それを手のひらでくしゃりと丸めた後、ロナンシェに向かって差し出し、カウンターに並んでいたボトルの横に置いた。それはしわくちゃのメモ用紙ではなく、絆創膏に変わっていた。「良ければ使って。」と言葉を添えた後、視点が合わないロナンシェを盗み見て、−−−−−−−やれやれと、肩を竦めた。席を立つと、まだ水を孕んだままのコートを腕に掛け、ハットは、……掴んで一振りすると、遠心力に引かれた分縮み、いつもの髪留めのサイズに収まった。それを使って後ろ髪を一つにまとめながら、キューレは問う


 「ローナは、…何処にも行かないのかい?」
 「え、…?」
 「ずっと、この街にいるの?」
 「そりゃぁ、…まぁ…、そういう予定も、、…」
 「じゃぁ、」
 不安でしかたがないのは分かる。ありありと、表情に表れているロナンシェを、キューレはまっすぐに見た。カウンター越しで、立つ。少し背の低い彼が見上げてくる。母親を求める子犬みたいだと思った。
キューレは何度か言葉を飲んだ後、穏やかに笑った。


 「……お帰りって、言ってくれる人がいるね。」



 雨が、止まない。
 キューレは足先を扉へと向けた。数歩歩いてドアノブを握り、肩越しに振り返ると、深呼吸を入れた。
 そのあと、わざと聞こえるように声を張り上げた。


 「三日間、お城に出張してきま〜〜〜〜す! chao! 」
 

 振り返らず



 ロナンシェに捕まる前にドアをすり抜けて、雨の街へと逃げていった。






(もう少し、待ってあげるよ、自分が迷っている内は、ね。)







fin.


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2015年2月24日 旧ブログ掲載済






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