雨宿りの葉。







ヴィンフリートが実家に帰ったらしい。という噂が駆け抜けていった。



 キューレが通りの喫茶店で相変わらずの資料を読みふけっている時に、片耳が拾った話題である。大慌てで走っていったジュゼッペが事の発端だったらしいが、ロナンシェもトゥーヴェリテもやんややんやと忙しく走り回っていたのを傍目に見ていた。選別のつもりで花でも送りに行こうかと思い始めた時には既に遅く、ヴィンフリートの馬車の方へと人が流れていっていた。冷めた珈琲を飲み干してから席を立とうとした、くらいでそれは数日限りのことだったと、修正された噂が漂うことになる。急がば回れとは何とやら、結局は席を立たずにもう一杯の珈琲を注文して、その日を終えたのだった。
 

 不思議なことだが、ヴィンフリートを追いかけようと躍起になることはなかった。
別れ惜しいし最後に一言二言くらい言葉を交わしてハグをしたいとも思ったが、今生の別れというわけでもない。彼もまた新しい道を行くのならば、いわば同志とも呼べる。互いに何を求めるかは違うにしろ、またどこかで顔をあわせることくらいはあるだろう。ならばその時に熱いハグを交わして、交わす酒の方が美味いに決まっている。だから腰が重かったのかもしれない。喫茶店のテラスから人だかりの向かう先を眺めていたにせよ。



 それが数日前のこと。
 昨日からの雨が止まない。 


 仕事帰りにふらりと寄ろうとしたリーフは、今日は空いていた。昨日は早めに店を閉めていたから、今日は夜まで客を入れるつもりなのかもしれない。店の灯りに吸われる様に、キューレはリーフの戸を開けた。中には疎らに客がいる。カウンターが空いていたので、ロナンシェが皿を拭いている近くに腰を下ろすことにした。

「あらぁ?いらっしゃぁいキューレちゃん!今日は早いわねぇ?」
「前倒しに色々できてね。コート濡れてしまったから、ハンガーを借りてもいいかい?」

 相変わらずの明るい声で迎えてくれるのが心地よい。最近はクレハと付き合いたてということもあって、店でよく見かける気がしていたが、今はいない様だった。良い子は早く寝るのだろう。勝手を知っているだけあってロナンシェがいちいち手を出さずとも許可一つで勝手気ままに動く。ハンガーを借りてハットとコートを壁に掛け、キューレはスツールに座った。「ホットバタードラム」と告げると、ロナンシェはすぐに取り掛かってくれる。肘を突いて頬を支えながら、キューレはその手つきを見ていた。

 「昨日は随分早かったね、店じまいが。」
 「あら?キューレちゃん昨日、寄りたかったの?ごめんなさいねぇ、なんだか疲れちゃって。」
 「ん?それは何で疲れてるの?」
 「そうねぇ…、まぁ最近は色々とあったから、かしら?」


最近、色々
 キューレの脳内にはクレハの顔とヴィンフリートの顔が思い浮かんだ。ショックが大きかったのは無論、ヴィンフリートのお家騒動だろうが、クレハと付き合い始めた彼の葛藤具合も気になるところではあった。一つは喉元過ぎたこととはいえ、彼にとってみればたまったものではないWパンチだったに違いないのだ。失礼なのは分かってはいるものの、しょぼくれ具合がにじみ出ていて可愛かった。ホットラムのカップが手元に置かれ、距離が近くなる。ツイ、と化粧をしたままの瞼を持ち上げてロナンシェを見上げると、不意に目が合った。何をいうでもなく黙ってその顔を見ていると、次第に困惑してきたようで、目が泳ぎ始めている。ポーカーフェイスには定評がある(作り込む技術という意味で)キューレだが、ロナンシェの焦り具合は笑いのツボをじわじわと押しやってきてなかなかに辛い。ついには吹き出して笑ってしまった。

「な、…何よ!何なのよキューレちゃんそんなに見つめて…!」
「いや、…ゴメンよ。元気ないなぁと思って…ねぇ?」
「もぉ〜…、そんなのいちいち見抜かなくてもいいじゃないの…!」
「あはは、でも見てるとカワイイじゃないか。」

 カワイイというとまた癇癪を起こしそうで、追撃がくる前にカクテルを手にしてティスプーンでバターを混ぜ始めた。濃厚に甘いラムの香りを鼻腔に宿して満足気。あらゆるバーでこれを頼むが、十人十色、味が違って面白い。ラムのチョイスやバターの種、ロナンシェらしさを感じるカクテルを堪能しながら、雨音を
聞いていた。

 グラスを傾けて味わう最中、ちらりと瞼を持ち上げてロナンシェを盗み見ると、他の客を気遣ったのか、拗ねたような顔をして他のグラスを拭き始めていた。込み上げてくる笑いを閉じ込める様に窓辺に視線を写すと、ジュゼッペが作ったらしい人形などが置かれていた。雨音に人形、暖かいカクテル。平和をしみじみと思う、早春の頃。


「…………俺も街を出ようかな、ヴィンフリートみたいに。」


脈絡なく呟いた言葉は、聞こえただろうか。
キューレは振り返り、ロナンシェへと視線を移した。




保険をかけたつもりなんだよ
ヴィンフリートの名前を借りれば、数日で帰ってくるんじゃないかって、予想出来るだろ?




fin,




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2015.02.24 Tuesday blog掲載作品




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