Luck&Love.
























 甘いラムの香りが温い湯気に乗って漂う。
 必要以上に甘ったるく感じたのは、なぜだろう。大樹が蓄えるメイプルの様に甘く芳醇な彼女の容貌の所為かもしれない。




 「……美味しそうなお酒を持っているじゃないか
 キューレは隻眼のルーペを外し、山積みの書類の上に乗せると、それらごと脇へと滑らせた。そうして肘が付けるスペースを確保すると、マレーネが座れる様に膝を開いて両腕を開く。微笑んで彼女が膝の上に跨るのを待ってみたが、敢え無くスルーされた。スツールの音が響き、隣に腰を降ろされる。
 「もぉ、すぐそういうことするのね〜。ダメじゃなぁい、女の子に誤解されちゃうわよ?」
 唇をツンと持ち上げて甘ったるい声で叱られる。ご褒美にこそなれど、お灸の類には全くならなかった。そうやって怒られたいがためにいたずらをけしかけている節がある。とはいえ、一度やれば気が済むので、キューレも足を組み直してカウンターと向き合うことに戻った。マレーネが持ってきたホットカクテルを受け取り、香りを楽しむ。甘ったるいのは、ラムの香りだったらしい。バターが浮いていて、冬らしいカクテルだった。
 「ホットバタード・ラムか…。cowじゃないの?」
 「あらぁ?ミルクが入ってる方が良かったかしら?キューレちゃん甘いの好きだった?」
 「いや、マレ姉が持ってきたから、cowの方かと思ってね。」
 「…?」
 ホットバタード・ラムとは、ラムリキュールにバターを入れたカクテルで、これにミルクが入るとホットバタード・ラム・cowになる。ミルクが入っているかいないかの違い(ざっくりと)である。
 つまりはマレーネが持ってきた=ミルクが入っていると掛けたキューレの心とは、
 「もぉ〜〜〜〜〜!ホルスタインって言いたいのねぇ〜〜〜?キューレちゃんたらぁ〜〜!!」
 気づいた途端に垂れていた眉をさらに下げさせて、ポカポカと肩を叩かれている、のか撫でられているのか。とにかく怒られても褒美にしかならない(略)なので、キューレはケラケラと笑ってやり過ごした。「ごめんね、」と幾分笑いに持って行かれている申し訳なさを誤った後、カクテルを一口含んだ。バターは甘く、ラムが鼻から抜けて体が温まる。
 「ありがとうマレ姉。なんだかんだ言ってもね、こっちの方が好きだから嬉しいよ。」
 「前からよく飲んでるものねぇ?冬は大抵、ホットラムでしょう?」
 よく気がつくものだと感心すると共に、小さな疑問に首を傾げる。
 「マレ姉の前からって、何時?」
 「キューレちゃんの髪が短かった時かしらぁ?」
 「19くらいの時の話だねぇ…。」
 100歳以上生きる見込みがない人間とは違い、彼女の寿命はそれ以上に長いようで、時折感覚のずれを感じる。「キューレちゃん今いくつ?」と聞かれて「31」と答えると、もうそんなに経ってたのねぇとも返される。これが一連のやり取りになっているので、さすがのキューレももう慣れてしまった。大して返事をするでもなく、カクテルを口に含みながら間を取る。この間合いで大体、彼女のように100年以上の寿命があったら何ができるだろうか、とか、考え込むのである。自分がやりたい大抵のことはやりきることができるに違いないし、長く生きた分だけ、宣教師の様に語るものも増えるだろうか。
 「長生きって、楽しそうだよね…」
 脈絡もなく、ぼやいたことに大して、マレーネは瞼を白黒とさせて振り返った。よく聞き取れなかったらしい。わざわざもう一度問い直してみようか、そんなことをしても広がる話でもないと思う。とはいえ、興味は湧くわけだが、仮に長生きのいろはを聞いたにせよ、自分に活かせるでもないし、…待ち身の彼女を横目に、しばらく考える。間を空けた分だけ、期待というか、待機分の何かを返してやらなければならないような気がしてきて、キューレも眉間に皺を寄せて腕を組んだ。
 「………マレ姉さ…」
 「なぁに?」
 「……………250歳の年増って」
 「死にたいのキューレちゃぁん?」
 身も蓋もない切り返しにカクテルを吹きかけたが、口の中でなんとか止めた。彼女の怒り顔はそれなりに怖いので見たくないのと、自分の素で笑っている顔も隠す癖があるせいで、顔を逸らしてくつくつと堪え笑いをする。危うく即死する様な局面に対峙しても、笑いの神は去っていこうとしなかった。
 「いや、…ごめん。ごめん、マレ姉…。冗談だよ…。あはは、…言い方が悪かったね。ええと、…そう、レターズフェス、とかさ。マレ姉は年の功もあって、いろんな人から貰うだろうなって、思って。」
 「その話題を振るにしてはお口が悪いんじゃないかしら〜?」
 タレ眉で困った顔をしながら怒る彼女は、だいぶ年上なこともあり、遠慮が出来ない。歳の離れたお姉さんに甘える末っ子の様な、そんな関係性が心地よい。30を越しても、精神年齢の差が埋まらない。この年になって甘えられる貴重な相手である。キューレは頬杖をついてマレーネを眺めた。ほくそ笑みながら、彼女の話が引き出されるのを待つ。自分に順番が回ってきたことを悟ると、マレーネはにこりと微笑み、両手を絡めて瞼を輝かる。
 「レターズフェスって、愛のイベントよねぇ!キューレちゃんたら私と愛の話がしたかったの?!」
 またたく星のような瞼を向けられた。この時キューレは鍋蓋とフォークを持って地雷原に突入したのだと気付いたが時は既に若干遅い。
 「いや、待って、待ってよマレ姉…。今さ、愛じゃない方の…ね…?」
 この手のイベントで、彼女の愛への渇望っぷりに火がつかない訳がないのである。キューレは顎を撫でながら天を仰ぎ、苦笑した。自分が聞きたかったこととは違う。さらに言えば、マレーネの話を一通り聞いた後、自分の話題もそれとなく彼女に打ち明けるつもりでいたが、こんな回りくどい2段構えは彼女の愛へのパワーに粉微塵にされてしまいそうだ。そして延々終わらない勢いがあるので、キューレも参る。軌道修正をかけるのは、
 「うふふ、この前ね?オグロちゃんが」
 「マレ姉、レターズフェスってさ?」
 出鼻を上から被せるように、キューレは切り出した。若干前のめりになってマレーネの顔を覗き込むと、再びきょとんと瞼を開いた表情に変わる。それを良しとして、にんまりと笑いながらキューレは自分のターンを引き戻して突き進む。
 「……日頃の感謝とか、愛を伝える行事だよね…?毎年、何を書こうか迷っちゃってね。」
 「あら、道化師たるもの本心を伝えるべからず…とか?」
 キューレの唐突な話題に、マレーネはしばし間を置いた後、首を傾げて返した
 「いや、…身内に送るものだからそんなに畏る必要もないのだろうけど…。なんとなく毎年迷ってね。なんだかんだ時間に押されているのとで、突き焼き刃で送ってたからさ。今年こそはきちんと送りたいなって、思う訳だよ。」
 「あらぁ、そうなのぉ?もしかして、それで山積みの資料を蓄えてたって訳かしら?」
 マレーネは先ほど横にずらした資料の山に指差して問う。その存在をしばらくぶりに思い出したキューレは、一寸言葉を取り違えそうになって濁した後、「いや、…」と歯切れの悪い言葉を紡いだ。
 「これは…それとは違うよ。今度公演をする、お国の資料。」
 山積みにされた資料の合間から飛び出ている付箋をひとつまみ撫でて、差して興味もないとばかりに装った。


『後日、資料をお送りします。ぜひ、お考えになってください。前向きに、お返事をください。あなたもまだ若いのですから、冒険をしないと、なりませんよ』


 士官が寄越したこの資料は、
 キューレの興味を引くには十分で、この国にいれば自分が求めているものが、見つかる気がした。
 けれど、この街を離れて宮廷に上がるということは、今のこの心地よさを置き去りにするということで
 それには、自分を求めてくれる人を置いていく必要があり、
 留まるも、進むも、何かを捨てることになるのなら
 自分は、今をどう過ごしたら良いのか
 士官と別れて数日、来週にはレターズフェスが来る。
 どちらの意味にしても決別を伝える期日の様に、時計の針は駆けていく。



「何だか、ね。」
 いつの間にやらカクテルを飲み干してしまっていたマレーネを繋ぎ止める様に、キューレはぼやいた。冷めつつあるホットラムを眺めながら、膜を張る表面に歪んだ自分の顔を映す。カップを揺らすと遠心力で水面が回っていた。
 狭いカップの中で揺らぐ水面に溺れたのは、先日のロナンシェだ。ヴィンフリートと共に家まで担いて帰ったことをまだ昨日のことの様に覚えている。珍しく泣きながら本音を漏らしていた姿が印象的だった。士官に話を貰った当初こそ、まだ嬉しさが勝っていたものの、先日の友人の姿は鮮烈で、街を離れられない理由の一つとして大部分を占めている。

「アタシね、ほんとはキューレちゃんにすっごく憧れてた。真っ直ぐで、皆を微笑ませることが出来るキューレちゃんが。」

 彼の言葉は、キューレが見ていない部分に光を当てた。
 此処で自分が離れることで、他人に与えるもの、影響。まっすぐに突き進む勇敢な姿として捉えてくれる人間がどれほど居るだろうか?はたまた干渉しないものもいるだろうが、少なくともマレーネもロナンシェも、元嫁とて惜しんでくれるかもしれない。けれどあんなに自信を持てない友人が、自分から離れていく人間をどう思うだろうか。クレハとどうなるかは解らないことにしろ、行く末が固まる前に、去ることは、余計な茶々入れになってしまわないだろうか。
酒の力を借りて顔を見せた、アレが本心だとするのなら

(……いつまでも思わせてなるものか、自分は空っぽな男だ等と)

 このままでは、放置して去るにも去れない。理由としては十分で。
 願わくば、あの2人に幸があらんことを。臆病なりにも踏み出そうとしている彼の士気を削ぐ訳にはいかない。
 彼に話すならば、もっと後。揺るぎなく、ーーーー彼女からも手を取り合える様な、姿が見れた時にしたい。
 その時には最高の喜劇を仕立てて、旅立てるのに


 「キューレちゃん?」
 いつまでも言葉を紡ごうとしないキューレに問う様に、マレーネは首を傾げた。キューレは紫瞳を向けて、困りながらも微笑むと、髪を掻き上げ様ようとカップから手を離した。無意識に、随分と力を込めてカップを握っていたらしく、指の動きが鈍いことに気づく。それを悟られまいとして、すぐに髪を梳かして隠した
 「……滑稽な話だよ。道化師が幕引き一つ出来ないのだからさ。」
 マレーネはさらに首の角度を深くする。掘り下げて聞こうとする意図を掴むと、キューレはさらに考え込んでうまい回答を探した。分かりやすく、彼女の酒の肴になるような、話にしよう。酒が冷めてしまうから。幕間劇とは笑劇であるはずだ


 「………愛の話になるんだけれどね?」
 マレーネの瞳がミリオンドルの輝きを放っていた。


 
fin.


----------------------------
2015年2月8日 旧ブログ掲載済





[ 4/24 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -