At Sweet.







 舞踏会が終了して次の日。溜まりに溜まった疲労を蓄えて倒れこむ様にベットに沈んだ。次に目覚めた時には太陽は高く上り少しだけ傾いていたくらいだった。天窓から差し込む光が顔に当たり、重い瞼を持ち上げる。髪を掻き上げ、体を起こし、目覚まし代わりに湯へと向かった。
 湯を浴びながら今日の予定を思い返す。

 丸一日、暇にしている。
 連日連夜の疲労を癒すために設けていた空白日であるから、とくにやることもない。

 「………何をしたらいいんだ…。」

 キューレは湯に浸かりながらぼやいた。
 びっしり仕事を詰め込んでいる毎日から、脱却される今日。
森の外れで一人で行う、歌の練習も、ピアノの練習も、今日はする予定にない。つまり純粋に何をしたらいいか解らない。毎年の悩みだった。
 ロナンシェの顔が浮かんだが、彼も今日は休んでいることだろう。
アリーツィォでも茶化しに行こうかと思ったが、ビジネスパートナーと休日に顔をあわせるのも気が引けた。ここまでくれば、完全に一人で遊び回る日にするしかない。

 キューレは身支度を整えて、意味もなく街に出ることにした。











 財布と煙草とトランプだけを持って、午後の街に出た。
 相変わらず活気づいている街は今日も賑やかで、行き交う人の波は絶えない。
 普段の自分なら、広場に立って、昼時の親子連れや仕事合間の職人の昼食の余興に芸を披露しているが、今日はその必要もない。キューレは広場のベンチに腰を下ろして、一杯の珈琲を飲みながら、ぼうっと人の流れを眺めていた。
 人の流れを追ってしまうのは、癖だ。
 わずかな変化、些細な苦味、笑いの質、それらを目ざとく察するのはなければならないスキルであるが、こうも無意識にもやり始めると意味もなく神経を使う。目頭を押さえて強く閉じた後、再び瞼を開いた。ちょうど、人の波の途切れだ。向かいの通りに並んだ店の看板がよく見えた。



 (昼飯も…食べてないな…。久しぶりにゆっくり食べるか…。誰の店に行こうか…。)



 飲食店を営んでいる者は多い。ゆっくり食事をとることなどまずないから、後回しにしていた口約束も溜まっていた。気になるのは舞踏会の時に話しが出た、カイのところだ。それともドロテーアのところまで足を運んでは?いやでも、いつもデリバリーをしてくれるリゾに土産を持って行くいい機会かもしれない。そのままロナンシェが捕まれば、何処の店にも行きやすいだろうか。食が細いなりに色々と摘み歩きたいのが本音だ。
 ぐるぐると考えた後、キューレは腰を上げた。飲み干した珈琲のカップをゴミ箱へ放り、向かいの通りへと向かう。
 リゾの土産は何が良いだろう?



 時刻は15時を回る。



 しばらく歩き、大分色々な店を見つけた。気付かぬうちに新しい店も増えていて、その都度発見があるのは楽しい。昔からある馴染みの店にも顔を出して歩き、なかなか足も疲れてくるくらいに巡り歩き、ふと、一軒の店先で足を止めた。初めて知る雑貨屋だ。今日で何軒か目の発見である。

 「テディベア…」

 ショーウィンドウに飾られたテディベアを見つけて、キューレは足を止めた。リボンの所に何か書かれている気がして、つい身を乗り出して覗き込んでいた。瞼を細めて凝視したが、ちょうど折り目になっていて見にくい。

 「いらっしゃいませ。テディベアをお求めですか?」

 そんな時、丁度良いタイミングでカランと、ベルの音を乗せ、店先の扉が開いた。
 視線をずらすと、其処にいたのは















 凛と立つ姿の美しさに、一瞬 呼吸が止まったのが、最初の。
 息を飲む間の沈黙を経て、キューレはゆっくりと気付かれぬ様に肺に残った息を吐く。それだけで一瞬の動揺は治まった。

 「……このテディベアのリボンの所、なんて書いてあるの?」

 少し間を空けて、今しがたの疑問を投げる。

 「Our Destiny Forever(二人の運命は永遠に)……です。」
 「……良い言葉だね。恋のおまじないみたいで。」


 まじないの様に綴られた言葉に、ふ、と呼気を逃す様に笑って、その後に少しだけ眉根を下げて苦笑した。心底良い言葉だと思う。結ばれたカップルには送ってやりたい気持ちもあったが、自分で手に取るのを少しだけ躊躇った。永遠に、と誓った約束を果たせなかったから。なんだかむず痒くて、それと同時に痒みが痛い。さきから調子が狂ってばかりだ。気を抜くと良からぬことになりそうで、仕切り直す。

 「………これは、ハンドメイド?」

 キューレは表情を戻して緩く笑んだまま、視線をエレナに向けた。その視線を受けて、エレナはついとそっぽを向き、店先の扉に手を掛ける。

 「……そうですが。」
 「じゃぁ、これは君が願ってくれたもの?」
 「いえ、それは…」
 「あら〜いらっしゃい!テディベアを見てくださっているのかしら?」

 話に割って入る様に、もう一つ弾むような声が届いた。店の奥から姿を見せ、エレナの背後から顔を出したのはエミリアだった。穏やかな笑みを携えてキューレを見上げている。

 「ええ、特別に目を惹くテディベアでしたので。今、ここのリボンに書かれた言葉について問うていたところで。」



 目を惹いたのは、テディベアなのか
 それとも引力のままに、彼女に




next...


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2015.01.11 旧ブログ掲載済み





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