スリジアの恋人 後編






 





 いつの間に辿り付いたのか、規則正しく起立するガロットが佇んでいた。
 それも相当深く眉間に皺を刻んでいる。此れは小言で済まされない程に、怒っている証拠だった。


「……主様、外出なさる場合は、執事である私に、一声頂くお約束の筈です。」
 人混みである。未だ、陽が傾き切らぬ夕刻の入口だ。恋人とはいえ、ガロットが此処で親しみを表す訳にはいかなかった。
「――――――すまない。どうしても、スリジアの葉が欲しくてな」
 ベルホルトは反省の色など何処吹く風で、微笑みを絶やさない。昨年もスリジアの葉を拾っていたけれど、その旨を伝えなかった。今年は手に入れたのだと堂々と見せびらかし、胸元を再度叩く。ガロットは険しい表情を一層深め、瞼を細めた。数歩踏み出し距離を削ると、二人にしか届かぬ低い声で、ベルホルトの名を呼んだ。
「――――こんないなくなり方をしたら、私がどれだけ心配をするか、解る筈では?貴方が会場にいないと知った時、私がどうなったか解りますか?」
「狼狽して、焦って私を探すだろうと思った。そして私を一番に探し出すのは、君かシャンだと思っていた。いつもなら、7割方シャンが先に見つけるだろうが、今日だけは君の方が見つけに来るだろうと踏んだ。勘が当たったな」
「…… 執事で遊ぶのはお止め下さい。一声かけて下されば良いでしょう!」

 ガロットの表情が険しいものに変わっていく。当然だ、主従で、恋仲で、互いに唯一であると誓った男が唐突に消えれば誰だって焦る。当人が飄々としているのが余計に腹が立つのも然り。しかし、ベルホルトはぴしゃりと叱られても瞼を開くだけで、反省の色など一つも見せない。それどころか眉を寄せ、機嫌が傾いていく。
 主の顔色が変わっていくのを目の当たりにし、再びガロットは狼狽えることになった。どう考えても素直に謝意を述べるところだろうに、身勝手に機嫌を損なわれたのだから、理解が出来ない。常ならすぐに謝る事も知っているので、余計に予想出来ない応対を食らったのだ。
「……主様?今の話の何処が、気に入らなかったのですか」
 正面から聞くしかなかった。若干噛み付いた物言いになったが、先ほどまで弄ばれたのはガロットの方なのだから、許される範疇にいる筈だ。だがベルホルトは黙り込んだ侭、返事をしない。金瞼を細め、じっとガロットを睨みつけて腕を組む。徐々に怒気を孕む気配すら滲ませるベルホルトを前に、ガロットは委縮し始めていた。心がたじろぎ始める。いったいどうしたものかと思考巡らせて起死回生を狙うも、こうなったベルホルトは鉄面皮だ。貴族界隈で政治を担う男の表情筋は崩れない。

「…………」

 時にヘタレる傾向があるガロットの柳眉が垂れる。どうしたものかと考えあぐねてにっちもさっちもいかなくなったのか、最終的にはしょぼくれて項垂れてしまった。
 其処まで来て漸く、ベルホルトの口元が弧を描いて笑った。落城するのを黙って待っていたのだ。

「…………すまないガロット。少し拗ねただけだ、気にしないでくれ」
 ベルホルトは腕を解いてガロットの頬を手甲で撫でた。その表情を見つけ、ガロットも漸く安堵する。細い溜め息を付き、ハイ、と小さく頷いた。紅い瞼が、ベルホルトの胸元のスリジアの葉に向かう。
「……スリジアの葉なら、言いつけて下されば探しに出向いたものを。いったいどうなさったんです?」
「此れは、私が探さねばならなかったのだ。そう決めていた」
「―――――?」
 話が飛躍して理解が追い付かない。ガロットは困り眉を寄せてベルホルトを見下ろした。するとベルホルトの金瞼が持ち上がり、互いに視線が絡まる。柔和な表情を携えていたベルホルトは一度俯き、もう一度顔を上げた時には、鋭い眼光を携えガロットを射抜く。

「ガロット、」
 玉音の様なその声に、息を飲んだ。



「私と共に生きて、添い遂げる覚悟はあるか?」



 その言葉を聞いた時、周りの喧騒は何も聞こえなくなった。一切の音が遮断され、ベルホルトの声だけが世界の様な錯覚を覚える。それはベルホルトにとっても同じだった。


「覚悟があるなら、結婚しよう」



 西陽が一面を染める。スリジアの傘が茜色を滲ませ、街灯が光り出す。
 煌めく街並みの美しさと引き換える様に、ベルホルトの視界は暗がりに落ちて行く。


最後に見たガロットの表情といったら、


Fin.

 








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