春が来ないのは






 





 紅廉石の輝きを左薬指に携え、満月に照らした。星屑を散らした様な輝きをその中に映し、禍々しい程の美しさを放つ其れを愛の証だと言った。生涯手にする事など無いと思っていたはずの魔力の結晶が、今はこの身と彼の愛を繋いでいる。


 ベルホルトは指輪越しに満月を見上げた。ぽっかりと浮かぶ黄金色の月と、被さる朧雲の向こうには幾万の星が散っている。冬が終わり春の訪れを待つばかりのこの国の夜は、未だ肌寒さを残していた。
「ベルホルト、冷えますよ」
 彼の声がする。
 声がする方へと顎を持ち上げると、屋根の上に声の主がいた。ガロット・テルミナスその人は、天井程の高さを物ともせずに屋根からテラスへと舞い降り、ベルホルトの目の前に立った。羽根をはためかせ、尾を揺らし、紅い角はこの指輪と同じ色をしている。愛の証の所以は、この角の一部を嵌め込んだ事にあった。それは彼にとって命に等しいものであるから、これを削る事がどれだけの痛みを伴ったのか、ベルホルトには想像も出来ないが、彼の思いを胸に止めるには十分だった。
「もう春になると思っていたんだがな、まだまだそれも遠いらしい。確かに少し冷えてしまったかもしれないな、湯に浸かってくるとしよう。君も付き合うか?」
 ベルホルトの誘いにガロットは瞼を細めて笑み返した。見上げた紅い瞼が妖艶に揺らぎ、ベルホルトの顎を指先一つで持ち上げる。引き寄せられる侭に身体を任せると、程なくして唇で迎えられた。薄い唇が二つ重なり、月明かりが照らす。一瞬の交わりを終え、反射的に閉じた瞼を持ち上げると、次には歯牙が頬を伝った。そのまま耳へと流れるのを悟り、思わず吹き出して笑う。ガロットの意を汲むのは容易い
「…………解った、湯よりも暖かいのは布団の方かもしれないな」
「よくお気づきで、……」
 耳元に留まるガロットの吐息が甘い。芯が痺れる様な性感の高まりを感じながら、ベルホルトはガロットの細腰を抱き、部屋へと戻る。窓辺から遠くなくベットが配置してあり、天蓋を捲りあげるとふかふかの羽毛布団が用意されている。恋人でもあり執事でもある彼の仕事はいつも有能で、満月の宵はベットメイクもより気合が入るのか、甘い香が焚かれていた。ベルホルトはスプリングを踏んでベットに乗り上げ、追いかける様にガロットが天蓋の檻へと入り込む。羽を仕舞い窮屈そうにするが、いつももう慣れたようにも見えた。
 ガロットの左手がベルホルトの頬を撫でる。誓いを立てたアメジストの指輪が其処に嵌っており、背後から重なる体位で抱き合うと必然と指輪が触れ合い、寄り添っているようで嬉しい。背に感じる暖かな体温に圧されながら、ベルホルトは耳に触れる男の吐息の甘さに身を竦める。満月の宵は、彼の情動に駆られぬべくもない。
「………愛していますよ、ベルホルト」
 毎夜、毎日、毎月、飽きずに紡ぐ言葉が擽ったい。この先も何年も、ずっと一緒に過ごす未来を信じて疑わない癖に、どうしても言わずにはいられなかった。それは違いの中に残る最後の蟠り。けれど、其処に触れる事を躊躇っていた。



『結婚しよう』



 たった一言、
 拒む筈もないその一言を、未だ言い出せない。
 

 言い出せずに、けれど確かな愛情を求めて、今宵も抱き合おう。
 春だというのに今宵は寒い。
 それは二人の心象を表す様な、満月の宵だった。



fin.




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