![]() ![]() ![]() 「私は!数時間前の記憶すら覚えていられなくなってしまったのか!!!」 ベルホルトは机に伏しながら顔面を覆い、絶望の声を上げる。あれだけ苦労して作ったというのに肝心要のプレゼントを紛失するとは信じがたい事態であった。 「主様!お気を確かに!貴方の記憶力は決して衰えてはおりません!円周率だって100個まで覚えましたし、聖書だって暗記できたではありませんか!ちょっとお片づけに手を抜いてしまっただけのことです!」 すかさず寄り添ったガロットが肩を摩りながら慰め始める。とはいえ慰められても現実は変わらないので、ベルホルトは俯いたままだった。くぐもった声で「なんて日だぁ…」とどこかの芸人のような言葉を絞り出す。丸っと1時間は4人で探したが、“プレゼント”と思われるものは見つからなかった。1時間前から3センチくらいしか移動していない料理長が役に立ったのかといえば怪しい話だが、貰う側のシャンも“何を探せばいいか”は分からなかった。“それっぽいもの”を捜索したが、見当たらない。神経を使う事態に苦笑が拭えず、気疲れからか、床に座り込んで天を仰いだ。事態の収拾をどう付けたらいいものか、ガロットも考え始めるが、沈黙だけが続いた。 そしてベルホルトがようやく冷静を保ち始めた頃、沈黙を破ったのはシャンの笑い声だった。 「たはは!残念っす!いやぁ宝探しって難しいっすね!こんだけ探して見つからないんじゃ仕方ないっすよ!でも今日こんなにしてもらったんで俺嬉しいっす!」 勢いよく腰を上げて髪を掻くと、相変わらずの人懐こい顔で笑う。シャンが仕切り直したことで俯いていたベルホルトも寄り添っていたガロットも顔を上げた。 「シャン…」 「いきなり押しかけたりした俺を今日まで置いてくださっただけでも有難いですし、そんな気落ちするくらい準備して下さったってことっすもんね!気持ち貰えただけで俺、嬉しいっすよ!主様がそんな顔してる方が俺にとってはしんどいっす!」 ズルい言い方をされた気がして、ベルホルトは頬を拭った。言われてみればそうだ。主に悲しまれて嬉しい従者はいない。そもそも、こんな巻き込まれ事故状態のシャンにこんな言葉を言わせるのはナンセンスなのだ。ベルホルトは小さく息つき、「そうだな」と漏らした。 「シャン、すまない…。私の詰めが甘いばかりにこんな展開になってしまった。このままでは会の本質を見失ってしまうな……。」 「たはー!そうっす!笑ってくださいよ!俺は嬉しいっすから!本当にありがとうございます!」 シャンはベルホルトのそばまで行き、ぽんぽんとその背を撫でた。振り返り見上げるシャンの背は相変わらず高いが、いつもより笑顔が近いと思ったのは、彼が屈んでいたからだろう。 「さ、プレゼントは残念ですけど、そろそろケーキ食べましょうよ!俺、腹減っちゃって!」 「シャン……」 高級品も欲しないし、そもそも物欲も低い もしかしたら要らぬ世話だったのかもしれない 彼が欲しいのは表面的な物の価値ではないのだろう 誰もが欲しているのはきっと、そこに込められた思いの方で 「でも駄目だ」 「Σあれ!?」 収束に向かいつつある雰囲気を一刀両断し、ベルホルトは曇りない瞼でシャンを見上げた。まだやるのかとばかりにドン引くシャンの肩が跳ね上がる。 物も思いも一緒に渡してこそ意味があることだってある。ベルホルトは意固地だった。 「ケーキと言えば、主様……まだ唯一探していないところがあります……」 「ん?」 思い当たる節があったのか、ガロットが控えめに割って入る。赤い瞼を泳がせながら、ぎこちない視線が向かった先は、ベルホルトが作ったピンク色のケーキだった。一斉に4人の視線が集まる。 まさか…… 「切り分けましょう」 ガロットは堰を切ったようにナイフを掲げ、ケーキの頂上に狙いを定めた。ピンク色のクリームが存分に塗りたくられたケーキをぐるりと4人で囲み、見下ろしていると、不思議な気分だ。 「ま、待てガロット!!本当にこのケーキに入刀するんだな?!ならばこれがシャンの顔だってことを認知してから切ってくれ!」 「Σそうだったんですね!?」 クッキーとクリームで表情を作られたケーキを一同で眺めてみる。言われなければ気づかない出来だが、なんとなくシャンらしい部分を各々で感じ取ると、「もう切りましょう」とガロットが切り出した。しょぼんと萎みそうな心を持ち直し、ベルホルトも皿を固定させて付き合う。 ガロットの裁量で4等分されたケーキの断面図を確認しても、プレゼントらしきものは見当たらなかった。だがドーム型をしていたケーキなので、外側に混じっていたら分からないかもしれない。一同はとりあえず好きに皿を取り、食べ始めることにした。 「なんだか、ガレット・デ・ロワみたいですね」 ケーキフォークや紅茶を準備し終えて、ようやく席に付いたガロットがぽつりと漏らした。ケーキの中にプレゼントを仕込む他国の伝統はユニークで、貴族界隈では知れている。 「……言われてみればそうだな。一斉のせいでフォークを入刀してみようか?」 「いっすね!宝探しの続きみたいで面白いっす!飯も食えるしやりましょ!」 二つ返事でケーキ入刀にゲーム性が復活すると、各々フォークを構えることにした。1/4の大きさのケーキを一人一皿ずつ持っているから、圧倒的な量になる。食べ疲れずに楽しく食べるにはもってこいのゲームだ。 「では行くぞ。いっせーの、」 せ!と4人で声を合わせ、ぶっすりとフォークを差し込んだ。シフォンケーキのむにっとした感触や、チョコクリームの感触が伝わって来る中、シャンが首を捻った。 「あれ?俺のケーキの中、なんか硬いっす」 もしやと誰もが期待する中、シャンがフォークを引くと、クリームとともにタイ留めが顔を出した。 「あ、あったーーーーーーーー!」 「シャーーーン!!できる子だ!」 本日2度目の抱擁を交わし、シャンとベルホルトは歓喜の叫びを上げた。その後ろでメガネの奥を拭うガロットが怒り出すこともない。抱擁拗らせて、ベルホルトが子供のように抱え上げられても今日は無礼講だった。 「ありがとうございます主様!ところでこれ、なんですか??」 「ふふふ、洗ってから見てみるといい」 拙い手製のタイ留めは、まだ貴族としては半人前のベルホルトを形容するようだけれど、互いに笑って過ごすには十分なのかもしれない。 ![]() はぴばす! Fin. ------------------ タイ留め:ベルホルトのお手製。下の金具は調達した市販だが、紫色の部分はベルホルトの血を加えたアメジストで練り上げた手製の石細工。雪の文様を中に混ぜており、ほのかな聖性が加わる [mokuji] [しおりを挟む] |