1月14日、シャンの誕生日前日―――― シャンに愛馬ウラヌスの世話を押し付ける形で家を出させ、残る3人は誕生日パーティの準備に取り掛かった。誕生日が15日なのは重々承知だが、当日はやはり恋人に譲った方が良いだろうという気配りをした。 料理に装飾に……、取りかからなければならない事は多い。ガロットの誕生日の時と同じく、執事にばれないように準備を進めるのは至難の業であった。最近ではシャンも立ち入らなくなったベルホルトの部屋(夜の所為)を中心に作業を進めていたが、当日になっても終わらないことがあった。それは、 「ガロット……! 来てくれ、もう少し細いナイフはないかな!」 主人たるベルホルトの作業であった。キッチンのテーブルを作業台に変えてちまちまと作業を続けているせいで、ガロットは二重苦を強いられていた。自分で探せと言いたいところだが、余計に散らかす可能性の方が高いので、ガロットは適格に供給し作業に戻るということを繰り返している。料理になると忍者のように俊敏に起動する料理長のお蔭で、負担が減っているのがせめてもの救いだった。 「主様、やはり職人に最後まで頼んだ方が宜しかったのでは……? 今からでも呼びつけましょうか?」 ガロットはカーテンを付け替える合間に提案したが、ベルホルトは首を縦には振らなかった。職人に外注したのは途中過程までで、仕上げは自分でやると決めていた。つまり、その『仕上げ』に詰まっており、今日までの作業が遅延している。とはいえ、拙速は通用しない。 「あと、もう少しなんだ。15分で終わらせる!」 ちまちまと身体を折り曲げ乍ら作業に没頭するベルホルトの姿に苦笑しつつ、ガロットは残りの作業を進めることにした。 シャンが好きなものは何だろうと考えた時、フランクな彼の人柄を考えると、「バカ騒ぎ」に行き着いた。格式ばったものではなく、今までしてくれていたようなジャンクフードを揃えて、シャンパンを噴き上げて、大きな肉を食べるような、そんな庶民的なものが良いのではないかと思えた。細かいことを気にせず、有るがままにという意味で、準備する側も祝われる側も楽しめるものにしたかった。今日の3人の合言葉は「遠慮はいらないからやりたいようにやろう」である。 ガロットは上質なシルクのカーテンを外し、淡い色の白いカーテンに付け替えた。壁に飾っていた絵画も一つ一つ外し、棚に飾っていた装飾品も全て取り下げ、部屋はアイリッシュパブのような雰囲気に変わりつつある。小さな樽で作ったカップを用意し、それをビール用に並べた頃、キッチンからは芳ばしい香りが漂い始める。オーブンに入れていたラム肉やポークが仕上がりつつあった。取り分けて櫛に差し替え、シャンが帰ってきたところで焼き直せば完成である。既に完成したバーニャカウダ用の野菜は一風変わっていて、料理長の卓越した包丁裁きにより動物の形に仕上がっていた。一部、下世話なデザインのキュウリがグラスに刺さっており、ガロットが苦言を呈する。 「料理長! いくら今日でも主様の食卓に並べることは許しませんよ!!」 「ほげ……」 「ほげ?!じゃ!ありません!」 さっきまで隠密部隊かのように俊敏に動いていたくせに、此処にきて耳が聞こえないような顔をする料理長の強かさにさらなる喝が入った。ガロットは額に青筋を浮かべながら怒り始めるが、遠巻きに作業をしていたベルホルトが「できた!」と声を高々に上げたことで幕を下ろした。没頭していたタイ留めが完成した。 「お、お疲れ様です……!」 ガロットは意表を突かれて動揺したが、直ぐに我に返る。ベルホルトの方を振り返った拍子に時計が眼に入り、だいぶ時間が押していることに気づいたのだ。 「主様! 早速で申し訳ありませんが、ケーキ作りに移って頂かねばなりません!」 「そうだったな!すまない、直ぐに取りかかるよ」 ベルホルトは散らかし放題のテーブルの上を急いで片付け始めた。プレゼントのタイ留めを包装する作業を残していたが、後に回す事にし、諸々一式を纏めてキッチンカウンターに避けておく。そうして漸く、開いたスペースでケーキを作る準備を始めた。てんやわんやと時間に追われること2時間後、馬蹄の足音が近づいてくる。 ![]() ![]() ![]() next [mokuji] [しおりを挟む] |