【Live Love Laugh】A 前編






 





(結局やってしまった……)


 ベルホルトは馬車に揺られながら、ため息をついた。
 やらない、と言ったものの、押し切られた……と言いたいところだが、自分がガロットを拒める筈がない。始めから負け戦だったものを、往生際が悪かったのはこちらの方だ。ベルホルトは頬をぺちんと叩き、済んだことを振り返るのを止めた。陽が昇ったにも関わらず、まだ彼の感覚が残っているようで、腰元が落ち着かない。ぼうっとしていると昨晩の記憶がぶり返してくるのは、毎度のことながら困ったものだ。
大きく深呼吸をすると、肌寒い空気が腹を冷やしていく。ついでに頭も冷めてきて、気分を切り替えることが出来た。今日からシャンの誕生日に向けて準備に入るのだから、浮ついてはいられない。



昨年
 自分のこともガロットのことも、盛大に祝ってくれた。
ガロットが悪魔だとわかっても「傍におきたい」と言った自分に、苦言もなく付いてきてくれた。
初めて会った時から、まっすぐに自分に、“ベルホルト”という男に仕えてくれるあの男を労う、年に一度のチャンスなのだから、思いっきりこだわりたい
 忙しい毎日の中では中々切り出せないことも、伝えられるような気がする。


 長い夜を越えて、今日は週休日。シャンの誕生日プランは昨日の今日で決めたことだが、始めから渡したいものは決まっていた。「プレゼント」を調達するためには、本邸に戻り、撃破せねばならない敵がいるのだ。今日は闘いなのである。



 貴族街の一角にある本邸までやってくると、正門の外に執事が並んでいた。出迎えてくれたのはよく知る顔ぶればかりだが、ベルホルトはその列に珍しい人物を見つけ瞠目する。いつも父の側に控えている専属執事の姿があったからだ。昔から「爺や」と呼んでいる初老の執事長で、50年位前から50歳ですと豪語している。
 ベルホルトを乗せた馬車は正門をくぐったところで停車すると、フットマンが近寄り扉を開けてくれた。手を差し出してくれた爺やに左手を預け、段差を降りる。手袋越しに感じる皺の感触と、力強い握力は懐かしいものだった。
「爺や!わざわざ出迎えてくれるとは。ありがとう」
「当然の事です。若様直々の案件ですから、今日の私の最優先事項です。」
 爺やはしゃがれた声で言い切った後、凛々しい顔つきでベルホルトを見下ろした。皺が増えたとはいえ、爺やの瞼は鋭く、睨みだけで獲物を仕留められそうだ。父以上の威厳を持っている為、彼と対峙するとなれば心持ちを備えるのだが、一睨みで竦み上がってしまった。ベルホルトはしゃきりと背筋を正し、蛇に睨まれた蛙のように固まる。暫くそうやって2人で見つめ合ったが、先に笑顔を作ってくれた爺やのお蔭で幕を引く。自分が他人からどう見られているかをきちんと理解している爺やは、何事も抜かりない。お蔭でベルホルトの浮ついた余念など消し去られてしまった。
「さぁ、ランチのご用意が出来ております。一旦、居間へお進み下さい。若様の為に、腕によりをかけてご用意致しました」
「本当か?」
 金縛りが溶けたようにホッとした後、ベルホルトは足取り軽く爺やに付いていった。


 爺やに続いて居間へ入ると、すでに昼食の支度がされていた。爺やの公言通り、バンズやサラダ、オードブルやキッシュなどベルホルトの好きなものが綺麗に盛り付けられているが、傍に立っていた馴染みのコックの姿を見ると、少しだけ寂しさを覚えた。
 もう当たり前の光景になってしまったが、特別な日にはいつも、こういった「シキタリ」から外れた催しをしている。ガロットの誕生日にも、自分の誕生日にも、わざわざ手作りすることを良しとしていたから、こんなに妙な気分になるのだろう。一瞬でも爺やが手作りをしてくれたのかと思ってしまった自分が恥ずかしい。そして、随分俗世に染まったものだと苦笑した。もちろん、馴染みのコックは自分がよく知る人物だから、作ってくれたこと自体は嬉しいが。

 ベルホルトは席に付き、正面に腰を下ろす爺やを眺めた。一緒に昼食を取りたいと申し出たのはこちらだから、彼の分も用意してある。ワインを掲げて乾杯し、シルバーを手にした。前菜のテリーヌにナイフを入れたまま、この後の話をどう切り出したものかを考える。そもそも昼食の場を設けたのも、爺やをひっぱりだしたのも、シャンのプレゼントを調達する為だ。

 その、物とは


「若様、貴重なお時間をいつまでもいただく訳には参りませんので本題に入らせて頂きますが」
「んぐ、」
 切り出そうとした出鼻を挫かれ、ベルホルトはテリーヌを喉に詰まらせた。気付かれないようにワインを口にして流し込み、難を逃れる。口元を押さえながら一度だけ咳き込み、ちらりと爺やを見上げると、既に険しい目つきでこちらを眺めていた。

「………クリオール家のタイ留をご所望ということで宜しかったですかな?」
「ああ……、うん。それだ」

 以前、ガロットの誕生日プレゼントに用意したものである。クリオール家の専属執事として認可されたものに与える栄誉あるもので、数年勤めた執事でも手にすることは出来ない。それを今回、シャンにも渡そうというのだが

「結論から申し上げて、今回はお見送り下さい」
「なんだと?ガロットの時はすぐに通った話じゃないか」
 
 僅かに引いた心持ちが一変し、ベルホルトは間髪入れずに噛み付いた。

「若様、ガロット・テルミナスは幼い頃から当家に仕えている男です。貴方の側近として別宅に同伴させたのも、今までの実績があってこそ。今回ご申請頂いたシャン・ドゥ・ギャルドは、仕えて2年にも満たないではありませんか……。第一、クリオール家の執事に仕えるものとしてはイレギュラーです。」
「自分に仕える執事を自分で選んで何が悪いのですか? シャンは熱意を持って私に従事している男です、認めるのは私の裁量で十分な筈では?」
 爺やはゆるりと首を振った。長男とはいえ一存で決められるものではない。
「しっかりとした家柄があることが最低条件です。そこに実績が加わり、年月が加わり、品位と清廉さがあった上で、さらには主様のご承認と私の承認がなければクリオールの証をお渡しできません。彼がギャルド家の人間であったから、今日まで仕えることを許してきましたが、そこから先は若様の裁量で推し量るだけの問題ではないのです」
 毅然とした態度で言いくるめてくる爺やに、ぐうの音も出ない。ベルホルトは眉間に皺を刻み、さっきから一向に手をつけずにいたシルバーをついに手放し、腿の上に両手を付いた。
「私は、彼を評価しています。まだ粗削りな部分もあるとは思いますが、彼は万能です。仕える者としての意識の高さも引けを取らない。私が生きている間は傍に仕える者としてあの2名を手放すつもりはありません。これは将来への先行投資だと思って、ご理解いただけませんか?」
 尚も食い下がらないベルホルトを一瞥し、爺やは首を横に振った。同じくシルバーを手放し、指先を絡めて肘を付くと、重い口を開く。
「若様、この屋敷には熱心に働く執事がたくさんおります。評価は平等にせねばなりませんよ」
「彼をイレギュラーだと位置づけるなら、皆と同じ評価の物差しでは測れませんね」
「ならば例を挙げましょうか? 例えば、ガロット・テルミナスと同じ“クリオール家の執事”と名乗るにはそれなりの品格が、」
「もう結構だ!」
 ベルホルトは憤慨し、露骨に不機嫌さを露わにしたまま椅子を引いた。碌に手を付けていない食事をそのままにし、出て行こうと踵を返す。
「何が品格だ! そうやって建前や表層ばかり取り繕うから肝心なものが見えないのではないのか! 大して調べもしない上に余地もないとは信じがたいな!」
 ベルホルトは振り返り、扉の向こうに抜ける前に爺やを怒鳴り付けた。その姿を静かに見据え、爺やは瞼を細めた。
「クリオール家は魔を寄せ付けない聖なる末裔です。聖性を先祖に持つ者には品位が求められます。」
「品位の有無で本質を見失うのでは困る」 
 ベルホルトは憮然とした態度で言い放つ


「この家の人間に評価させようとした私が間違いでした。私は前提を忘れていた。
シャンは、クリオール家に仕えているのではない。私個人に、ベルホルトに仕える男です。
ならば、初めから家柄の記しをくれてやろうなどということが、間違っている」
 強い眼光を放つ年若い長男を、じっと見据え、爺やはゆっくりと腹に溜めた息を吐き出した。
「貴方様は貴族です。どうかノブレスオブリージュから乖離なさいませんように」


 最後の最後まで険しい表情で奥歯を噛みながら、ベルホルトは屋敷を出て行った。
 悔しいが、爺やを言いくるめるには一人では無理だ。シャンをあの場に引っ張り出して1から執事試験を受けさせれば道も開けるかもしれないが、サプライズを仕掛ける前提が崩れてしまう。自分の傍にずっと置いておこうと思えば、いつかは通らなければならない道だが、誕生日を過ぎてからでないと難しい。


 こうなれば、強行突破だ




***


「お帰りなさいませ、主様。本宅は如何でしたか?」
 貴族街から別邸へと帰ってくると、玄関を開けたところにガロットが待っていてくれた。脱いだコートを乱雑に押し付け、廊下を進みながら「最悪だ!」と率直な感想を吐き捨てる。毎度毎度、こんなやりとりが続き、ガロットはまたかとばかりに苦笑した。

「執事長の認可は下りませんでしたか……?」
「そうだ、だから君と同じ証をシャンには渡せない」
 腸が煮えくり返っているベルホルトの言葉尻はきつい。大股で廊下を進む背中を眺めながら、ガロットは控えめに「どうなさいますか?」と尋ねた。



 ベルホルトは暫く黙り込んで考えた後、足を止めやおら振り返り、険しい表情で答えた



「…………血を絞る」



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