秘密の夜






 






「ガロット!待たせてすまなかった!」
 息せき切りながら走り寄り、ベンチに腰を下ろすガロットに背後から抱きついた。肩に腕を回して背もたれ越しにのし掛かると、細いガロットの体はすぐに丸まってしまう。「主様、」と呻き半ばに訴える抵抗を他所に、細い体をぎゅうと抱きしめ、半日ぶりに彼の香りを吸い込んだ。
 

 時刻は夕刻、定時で上がり急いで着替えてきたとはいえ、待ち合わせ場所に着いた時には17時を回っていた。薄暗くなる空から星を借り受けた様に、スリジアのライトがキラキラと輝く。それはベルホルトの鳥目を助けるには十分だった。以前にリヤンが拵えた魔具は有能に働くし、街も明るい。光を跳ね返すガロットの白い髪も、よく見える。
 人目も気にせずに再会を喜ぶベルホルトをなんとか納め、ガロットは立ち上がった。ベンチの背後から回り込んだベルホルトに向き合い、着こなしの細部を少しだけ手直しする。着替えを畳んでカバンに押し込み、騎士団宿舎に8時間以上仕舞っていたものだから、ドレスシャツの皺の流れが常とは違う。仕立ての良いベストは問題ない。ジャケットも、コートも良い。襟の上から巻いているストールは、マフラーのように畳み方を変えてから巻き直してやった。ベルホルトはいつも家でそうされている通り、おとなしく待つ。
「お待たせ致しました」
「君の仕事は終わったのか?」
「はい、ただいま」
「そうか、なら、もう、私のことは名前で呼ぶといい」
 スリジアに照らされる金色の瞼が、ふわりと笑う。ガロットはその言葉を聞くや目を見はる。
「……けれど、こんな街中では……」
 誰が、聞いているか分からない。男二人が恋人でも可笑しくない国だが、クリオール家は違う。魔を嫌い、同性間の恋愛は未だに背徳と位置付け、ひたすらに一神教の虜なのだ。その家の長男と従者があまりに親しげにこの日に歩き回るのは、どう考えても疑われる。そう、危惧してのことだったが、


「何を言っているんだ、私は君とデートをする為に此処にいるんだぞ?」
「!?」


 ガロットは赤い瞼をさらに見開き、口をあんぐりと開けて言葉を探した。
 考えてみれば妙だ。聖誕祭のイブは、騎士団の巡回の後、本家の会合、パーティーが入り、家に帰ってきたのは夜も更けた頃だった。せっかくだからと料理長が作ったケーキを皆で突いたが、多くはガロットとシャンの腹の中に収まってしまったくらいで、ベルホルトは疲労と酒に飲まれて泥のように眠ってしまった。聖誕祭は毎年こうで、子爵長男としての公務と騎士団の職務と友人の付き合いで、二日間が過ぎていく。そして休む間も無く新年を迎えるのだ。
 ゆえに、今日、ガロットと出歩くのは何らかの用事があるからだと思っていた。が、考えてみればベルホルトが買い物に付き合う訳がない。そんな暇も、ない筈だった。混乱し始めるガロットの表情を眺めながら、ベルホルトはふふりと口元を押さえて笑った。


「主様……、本家に戻らなくても宜しいのですか?」
「うん。騎士団の職務が外せないと言って、欠席にしてもらった」
「では……、騎士団の職務に戻られるのですか?」
「いや、職務はフィロメーナに変わってもらった。この前の腹痛の借りを返してもらったんだ」

 しれり、と答えるベルホルトの微笑みには策略家らしい自信が張り付いている。ガロットはぽかんと魔が抜けた表情を晒していたが、事の次第がわかってくると、口端を持ち上げてクスクスと笑い始める。



つまり、それは




「いつかは忘れてしまったけれど、“此れが”君が欲しいものだと思って」

 



(なぁガロット、今度の聖誕祭は何が欲しい?)
(貴方が、……)





それはいつかの睦言だったか、夢の中だったのか、微睡みの中で確かに聞いた気がして、ずっと覚えていた。



 聖誕祭ともなれば、クリオール家の関係者は皆、あの敷地の中で祈りを捧げている頃だ。見られてまずい者はいない。きっと、神様が隠してくれる。今宵の満月の眩しさに、神は目を逸らすにちがいない。


「さぁ、行こうか。今日を楽しむ為に揃えるものは全て揃えてから帰るんだ。一緒に風呂に入るなら、バスボムを買おうか? 新しくタオルを新調してもいいな、君が好きなチョコレートの香を焚いてもいいし、キャンドルも一番今日らしいものを買おう。私の鳥目と君が人の姿を保っていられる限界まで、デートをしよう。帰ってからも、私はずっと君の傍にいるよ」


 ベルホルトはガロットの手をとった。恋人たちがするように、指先を絡めて恋人つなぎをした後、自分のポケットの中に違いの手を納める。冷え性で寒がりなベルホルトの手はすでに、氷のように冷たかった。「ホットカクテルが飲みたい」とストールに口元を埋めながら漏らすと、ガロットが荷を持ったままの腕で屋台を示してくれた。

「二人で一つしか、飲めませんよ、これでは」
 手が空いているのはベルホルトだけ。ポケットに避難していた右手を取り出し、握ったり開いたりして感触を確かめながら、楽しそうに笑った。

「じゃぁ、二人で選ぼうか。
 何にしようかな……、執事の言うことを聞いてやる気分ではないがな……。ホットワインにしたいなぁ……」

「…………」

 白々しくそっぽを向いて目を凝らし、見えてもいないメニューを眺めたふりをする。明かりを借りても鳥目なのだから、そんな猿芝居はすぐにばれる所業だ。ガロットは瞼を細めた後に口端を持ち上げ、横を向いたベルホルトの無防備な耳の内に向かって囁く


「ベルホルト、ホットチョコレートが飲みたい。貴方は?」

 そわりと駆け抜けた震えは吐息の熱さと共に耳の内に沈んでいく。耳たぶを撫でたい衝動に駆られたが、繋いだ手を離したくはない。耳を守ろうとしてガロットの方を振り返ると、彼の鼻先や額が頬に擦れる。意地の悪いことをした腹いせに、甘噛み攻撃が始まりそうだ。ベルホルトは「むぅ」と喉を鳴らし、あまりに可笑しくて肩を揺らして笑ってしまった。ちまたの恋人同士みたいに人目を気にせずにくっつき合う。照れ臭くて、甘ったるくて、それがくすぐったい。

 ベルホルトは顎を持ち上げ、ガロットに擦り着く様に角度を変えながら、その唇を欲しがった。唇の輪郭が触れ合いながら、「君が欲しいもので」と、今更に返事をする。聞こえているのかいないのか、雑踏の中では期待できない。

雪の様に冷たい唇が、互いの熱で融けていく。



Fin.



メリクリ!!




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