恋が漂流する






 





いりこ様宅【流れ始める心】の続きです。



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揺れに揺れている水面が騒がしい。
 心情の揺らぎと熱を表したように賑やかで、のぼせ上がりそうで煩わしい。




 テラスから覗かれていたという事実は恥じらいを生み、確かに熱を灯すけれど、それがウリセスではなく彼だと思うと余計に高まるのだから、きっともう、言い逃れなどできないのだと思う。
 とはいえ、素直になれないというある種の病のような性質が根付いていて素直に答えることなど出来なかった。
 押し付けられたローブの袖を通し、濡れた髪を襟の下に敷く。水滴が紅潮した胸元に筋を作る姿は我ながら卑猥に思った。踊っている時には気づかなかったし意識もしないが、女の体をきちんと維持しているものだと思う。親切にタオルを持ってきたり、急ぐあまりテラスから飛び降りたり、そこまでしてくれるというのだから、矢張り優しいのだろうが


 なんでこんなに痒いところに手が届かないのだろう。
 どうしてこう、求めているものを、すり抜けてしまうのだろう
 擦れ違いの真っ只中にいるのだと思うと、歯がゆかった。


「どうして、アタシの気持ちなんて聞きたがるの?」

 真っ直ぐに見つめてくる青い瞼に、コバルトブルーの瞼を向ける。向けられる視線の強さに遊びや余裕は見受けられない。それなりの誠意があって聞いているとわかる。わかるけれど、だったら余計にその心理を問いたくなった。なぜ、自分に問うのか。酔いも醒めたであろう今になって、再度。


「……知りたいと思ったから、では駄目ですか?」


 至極、単純な答えだった。単純すぎて、切り返す言葉が出てこなかった。
 純粋に、知りたいと思ってくれているのは、興味?
 それは“友達”っていう答え求めているの?
 それとも、もっと、レンアイに近い意味での、「好き」とか?


 できれば後者の意味で聞いてくれてたらいいのに
 そう期待するのは、自分がルオに好意を寄せているからだ



「嫌なら無理には聞きません」


 だんまりを決め込んでいたからか、ルオは少しだけ困惑の色を帯びた表情で食い下がった。何かおかしいことがあっただろうかと自分の頬に垂れる水滴を拭うと、どうやら険しい顔をして見つめ返していたことに気づく。「しまった」と内心苦笑した。
 なんだか通行止めを食らったような気分だ。根底でイライラする。


「……アタシが答えたことによって、何か変わるの?」


 あ、と思った時にはつい口走っていた。罰が悪くなって顔を逸らすと、カルロッテは手すりまで歩き、温水プールから体を引き上げた。ざばりと水音を立ててサイドに立ち、バスローブ一枚纏った濡れ姿を月の下に晒す。ウリセスにもらったタオルを肘に引っ掛けていた。
 プールから出た所でルオの方を振り返ると、なんとも言い難そうな顔をして立っている。お湯を絞った服と飾りを置いて、そのそばには自分が脱いだドレスも掛かっていた。カルロッテは濡れた足跡をタイルに残しながらルオの下まで歩いていく。途中で右手を揺すり、パキン! と指を鳴らした。すると体中の水分が一斉に足元に落ち、ばしゃん! と音が鳴る。それはルオにしても同じだった。二人とも、プールに入る前と同じように乾いた衣服となる。カルロッテの長い髪だけは半乾きで、ウリセスが持ってきたタオルを肩に掛けて余りの水滴を拭いつつ、ルオの前まで歩み寄る。


「……アタシが貴方のこと好きって言ったら、どうするの?
 『俺も好きだよ』って言って、此処でキスでもしてくれる?」


 混迷する青い瞼に見下ろされ、コバルトの垂れ目を細めた。見上げる男は背が高い。丁度半裸の男、ローブ一枚纏った火照った女、カードは既に揃っているのに、肝心な何かが揃わない。カルロッテは機を狙うように背伸びをし、ルオの様子を伺うと、耳元にそっと唇を寄せた。


「……アンタがそうしたいから、アタシにそう聞いてくるんじゃないの? 
 期待しちゃうのは、アタシに下心があるからなの?
  自分の気持ち固まってるから、アタシに聞いてるのよね?」
 
 密やかに問いながら、少し高い耳元に注いでいく。視線が落ちてきて、瞼を持ち上げると、視線が絡んだ。間近で見上げると、青い瞼に自分の顔が映っている。思った以上に頬が赤くて、願い出る弱い女みたいな顔をしていたのが気に食わなかった。フイ、と視線を外して口ごもる。


「でも、もし、……アンタが自分の気持ちもよく分かってなくて、
 とりあえずアタシの気持ち聞いてから判断しようとか、
 振るのも繋ぐのもこれから考えようとかっていう
 虫がいいことばっかり考えてるんだったら……」


 一番想定したくなくて、一番怖い結末だ。無駄に気持ちを暴かれて振られるなんてまっぴらゴメンだ。誰だってそんなことは望まない。カルロッテはしばし言葉を途切らせた後、揺れる瞼を閉じた。

   


















「……………………アンタの(ピーーーー※リベアム規制用語ーーーー)を食い千切って魚の餌にしてやるから」









 ぎろりと、鬼の形相を剥き出しにしてそう告げた。


 その後はドレスを手に取って暖かい屋内へと向かっていく……。








Fin,





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