恋が泳ぐ






 






いりこ様宅「束の間溺れて」
みそ様宅「泡の形の弾けるもの」
の続編を書かせていただきました。




---------------






どうって言われても、答えてなんかあげないわよ





 舞踏会前、ピノと酒を交わした女子会での話し合いのなんと非生産的なことだったか。ルオに関して発破を掛けられても持ち前の図太さでしれりと交わして見せたと言うのに、今度は酒に酔った勢いで等本人から聞かれるとは
 恋が加速するとはよく言ったものだと思う。
 


 急なお願いでプールを使いたいと願い出たためか、準備会ではあれこれと忙しなく動いてくれていたらしい。時間を要した所為でルオに酔っぱらう時間を与えてしまったのかと思うと、ちんたらしている準備会に「何やってるんだ」と思う部分もある。ともあれリヤンが伝えにきてくれた3322号室にルオは収容されたらしく、暫くは出て来ないだろうと踏んだ。第一に酔いながら泳ぐな、しかも温水というのはルール違反だ。
 カルロッテは支配人に話を付け、テラスの脇に備え付けられた階段から庭に降りることにした。会場の正門がよく見える庭園の一角にあるプールへと向かっていき、苔だらけのプールを眺める。水抜きは始まっていて、排水溝に渦が出来て水かさが引いていた。

 正直な話、自分が楽しむためだけだったら、自分の好きなようにできるし、それで十分だ。


「神魚の名の下に、」

 カルロッテは25mほどのプールの淵に立つと、右手を翳した。
 瞼を閉じ、詠唱の開始と共に、右足の刻印が光輝く。聖なる力を帯びた2匹の神魚たちが光輝き、宵闇を照らす月明かりよりも街灯よりもよほど美しい煌めきを放った。ゆっくり旋回する魚の遊泳が深海の粉雪の様に光を水面に降り注ぐ。やがて苔だらけだったプールの水は分離され、排水溝の渦の中には緑色の苔や汚れだけが吸い込まれていった。純水のみが残ったプースの水面は透明で、夜空を写して藍色と、星の揺らめきを水面に灯す。高位魔術を操る水の一門と言われたメイブリー家の長女としては、造作もないことだ。が、問題はここから

 「水の名家」「水の宮殿」と呼ばれるメイブリー家の魔術は、一重に自然にある水を操るだけに留まらず、水を生み出すこと、そして水の構成原素を操ることにある。氷、蒸発、水、、、その幅はあまりに広い。つまりは、水をお湯に変えることができる訳だが、もちろん何でもやり放題ではなかった。それなりの代償がある

 

「あ〜〜〜〜〜、もう!疲れた!」

 風呂より少し温いくらいの温水プールが完成したころ、カルロッテは備え付けの椅子にへたりこみ、伸びていた。先代はひとりで船を何機も沈めたというのに、自分はまだまだ程遠い。魔力の習得というよりは、研究に精を出していたから、仕方がないのだが。
 気づけば自分の周りの神魚たちもゆらゆらと床に着水して、物陰に潜むように休息を取っている。主人と同じく、全身が気だるくて仕方がないのかもしれない。とはいえ、時期は秋。薄着過ぎると指摘された通り、カルロッテのドレスは寒さに強くない。ふるりと肩が震えて飛び起きると、ため息をついた。
 一緒に入るはずだった男はいないが、ひとりで浸かって温まろう。カルロッテは脱いだドレスを椅子にひっかけると、プールの中へと沈んだ。白く濁り、湯気を纏う暖かな水底へ、一気に沈む。




そういえば、初めてあったのはサマーパーティで、その時もこうやって海に潜って遊んだっけ
魚が綺麗なところを教えて、珊瑚が綺麗なところを教えて、
まだね、足りないの
まだまだ、この国には綺麗なところが残っているのよ
メイブリーの敷地にも、海軍の敷地にも、貝に、魚に、シャコだって綺麗で鮮やかで、
そういうものを見て、綺麗だねって言いながら、楽しく遊んでられたらって

そりゃぁ、お互い、いい年だし、遊びの範疇が分かっていれば、どんな遊び方をしたっていい
サンセットビーチを眺めながら、ああキスするかなぁって期待したけどなんもないし

宿屋が一緒になったけど、そこから進展する訳でもない
軽い男だったら今頃、付き合うとか付き合わないとか、少なくとも体の一つも繋がってそうだけど、ルオはそういう男じゃない。
居心地がよくて、信頼出来て、真面目で、きっと大事にしてくれるんだろうなとか、そんな期待を持つくらいには、心の何処かで気にしてて、
ゆっくりゆらゆら、海流にのって然るべき孤島にたどり着くように、この人のこと好きになるのかなってさ、そりゃぁ思ったりした
他の男みたいにアタシのこと遊んでる女だと思って扱ったりしないし、人畜無害だから安心はしてたけど、心の何処かで物足りなくて

もっとアタシのこと見ればいいのに、っていう我侭が顔を出すから
もう好きになってるんだなぁって気づいて、ピノなんかの話に乗ったりしたのに









「あんなに、軽く、酔った勢いで、聞くことって、あるうううう!?!?
 もっと、雅に、なんか、こう、ない訳えええええーーーーーーーー!?」



ざぱぁんと、勢いつけて湯から顔を出しながら、月に向かって咆哮した。
丘上の狼の遠吠えを思わすようなその姿、声に、遠くから遠吠えが返ってくる。それはやまびこのように続いていた。

「もぉ!バカ!ルオ!絶対言ってなんかやらないから!!」



 怒りを発散した後には、はぁ、と大きなため息をつきながら、結っていた髪を解くと、濡れた髪が背中と胸を覆う。なんだかやりきれない


 この後ここに来ると言っていたから、顔を合わせたら素直に告白と行けばよかったのに、不機嫌になってくると、言ってやるものかと意地が出てきて、ややこしくなる。前の男にも散々言われたが、自分は素直じゃないし、プライドが高い。可愛げがないから、捨てられやすい。そもそも遊びから始まった男だったから尚のこと終わりも早かった訳だが、他の女と二股された時には流石に効いた。時間も経ったし、最近は楽しいことが続いていて忘れていたから、ふっきれたと思っていたのに、同じような状況に置かれると思い出す。
 瘡蓋の皮が剥がれるようだ。痛みを伴いながら剥がれ、ちくりと小さな痛みが継続する。貼り直す絆創膏も、見つからない。
 
「どうしよっかなぁ……。」





 いい加減、素直になればいいものを、とは思うが、それができれば苦労しない。
とっくの昔に素直でストレートな女になって、もうちょっと残念な女のレッテルが薄れていた気がする。希望的観測だけれど






ああ、もう、イライラする

待ってても良いことが無さそう。
待たせてばかりのあの男を置いて、とっとと帰ろうか……








「乳が見えてンぞ。」

 唐突に背後から聞こえた低い声に驚愕し、慌てて胸元を隠して湯に顎まで浸かった。
 肩越しに振り返ると、ウリセスが淵に立っていた。

 ウリセスは瞼を細めて訝しげにカルロッテを眺めると、片手に持っていたタオルを椅子の上に置いた。湯気が立っているとはいえ、なかなかに気まずい。カルロッテは長湯と恥辱に染まる赤い頬を水滴と共に拭いながら、少し距離を取った。

「何よ、とっととあっち行きなさいよ、デリカシーないわね。」
「デリカシーある女は人様の庭先で裸で泳ぐのかよ」
「うっさいわねぇ……。何しにきたのよ」
「お前な、テラスから見えてンだよ。思ってる以上にこの周りの木が役に立ってない」
「…………え」

 カルロッテは鳩が豆鉄砲をくらったような顔でウリセスを眺めた。やれやれと肩をすくめるウリセスは持ってきたタオルを再度掴み、カルロッテに向かって放る。巻いとけと告げると、自分もプールの淵に腰を下ろした。
「タオル代の替わりに足湯させろよ」
「都合いいわね、アンタも。ちょっとだけよ」
 放られたタオルを手に取り、いそいそと体に巻きながら、カルロッテは捻くれた声で許諾した。独り占めしていた温水プールは何分広い。周りの木も背が高いと思っていたが、2階からでは意味がなかったらしい。もしかしたらルオのいる部屋からも見えていたんじゃなかろうか。そう思うと体が余計に熱かった。

 タオルを巻いてしまえばあとは持ち直す。足湯を始めたウリセスもそれ以上何かしようという魂胆でもないらしく、足を温めながら煙草に火を付けていた。


「ルオの奴、まだ伸びてたぞ」
「はぁ?長くない?リヤンはあと少しで酔いも冷めそうだって言ってたわよ」
「伸び直したんだとよ」
「何よそれ?アタシが待ってるって知ってて何してる訳ぇ?ほんっとにもう!」
「いろいろあんだよ待っててやれよ」
「アンタ、その辺の事情知ってるの?」
「リヤンに聴いた。」
「リヤン?何よ、教えて」


 すぱぁ、と紫煙を立ち上げながら、ウリセスはそれ以上、教えてくれなかった。知る必要がないと言うことなのだろうと感知して、それ以上聞くのを止めた。カルロッテは頬を膨らませて腕を組み、ぷんすこと青筋を浮かべつつ、高い空を見上げる。満月がキラキラと浮かんでいた。

 帰るタイミングを削がれ、結局は待つこととなってしまった。









Fin,





[ 36/52 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]


















「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -