1.step PRESENTS.






 





 コツン、と軽やかにヒールを鳴らして、カルロッテは桟橋に降り立った。音符に弾かれた様に跳ねた後ろ髪が背中に落ち、ワンボックスの鞄のタイヤを滑らせると、自分を届けてくれた海賊船を振り返る。大きな船体の窓には長旅を共にしたクルーの面々が手を振っており、フェッロの下には船長であるラウトの姿があった。隻眼が穏やかにこちらを見下ろしている。
「ありがとー!ラウト!お陰で国に帰って来られたわ!このお礼はたっぷりさせて貰うわよ!」
 カルロッテはラウトに向けて大きく手を振った。コバルトブルーの瞼を細めてあどけなく笑う姿は、快晴の太陽の様に眩しい。声が届いているか不確かだった為、感謝と友情を込めて投げキッスをしてやると、ラウトは肩を揺らして笑っていた様だった。
「いや、こっちこそ助かった。海兵を切り抜けられたのはお前のお陰だよ。貸しはチャラだと言いたいところだが…、ここで付き合いを無くすのも勿体無いか。こっちも暫くは駐在するんだ、いずれ返してくれ。」
「いずれって何時よ?大前提を忘れないでよね、私には時間がないのよ!見つかったらTHE ENDなの。そういうことは可及的速やかに行う必要があるのよ!昨日までの私に持っているものは踊りと時間しかなかったけど、今は違うわ!これでもこの国で生まれ育ったのよ!アンタが求めるものなら何だって用意してあげるわ!」
 カルロッテは釣り眉をさらに歪めてディベート中の教授かなにかの真似事の様に指でタクトを振りながら、声を張り上げた。鞄から手を離し、両手を腰に当てて巨大な船艇を統治するラウトに対峙し、口端を吊り上げて不敵に笑う。
「オーダーはお決まりかしらぁ?マイ・レディ?スウィートパイは食べ頃よ!」
 カルロッテが髪をかき上げて耳を晒し、返事を待機し始めた丁度その時、潮風が吹き抜けラウトの黒髪を巻き上げていった。
 


 異国間交流の一環として取り付けられた留学期間は3年だったが、あと1年も他国に住み続けるということは、カルロッテには耐えられなかった。そもそもこの留学の話し自体、カルロッテの了承を得て勧められたものではなく、海洋市場の政治的な策略に上手く乗っかる形で家柄同士が取り付けたものだった。そのため、何の事前相談もなく、出発する3日前に父から勧告されたのである。
 お陰で大学院で勧めていた魔法研究も何もかもを途中で放り出し、即席の引き継ぎだけを残して海を渡る羽目になった。他国に着いてからも、宿舎の窓脇にはいつも伝書鳩が陣取る始末で、最初の一ヶ月は発狂しそうになっていた。とはいえ、2年もおとなしくしていたのは、メイブリー家と他国貴族とのパイプ役に遣わされたという自分の立場を理解するくらいには大人であったからで、段取り良く学問を修め、遊ぶ時間を作り、修士課程を1年巻き上げた。用が済めば故郷が恋しくなるし、他国の男にも振られて嫌気が差したことも後押しして、帰国の伺いを本家に出す。父の答えは「契約上は問題ないが、付き合いの問題であと1年、居てくれないと困る」というものだったが、そんな義理を通してやるほどには執念深くない訳ではなく、さらりと無視して勝手に帰ることにした。出国届けを出すとすぐに本家に届くので、囚人の様に脱国しようと港をさまよっていた時、出会ったのはラウトだったのである。互いに目的地が合致していたこともあり、快適な船旅を手に入れる。ラウトと釣りをしたり、酒を飲んだり、互いに本好きな部分を語り合ったり、まるで船上のバカンスの様な船旅を満喫していた一方で、捜索願が海路、陸路、問わずに撒かれていた。
 リベアムの領海に入った途端、伝令鴨が飛んできて、捜索届けの書類を落としていった。国に帰ってきたのだから、見つかるのも時間の問題だ。なにしろカルロッテは顔が広い。社交界ではもちろんだが、下町だろうと貧困街だろうと構わず出歩くし、うまい酒があるのならオッさんと絡んで飲み歩くこともやってのける。メイブリー家であることは無論、伏せていることが多いが、今では捜索願書に顔が出ていて何処で嗅ぎ付けられるか分かったものではない。
「まぁ、ばれたらばれたで良いんだけどね〜。悪いことしてるんだから、仕方がないし?でも、私から出向いてあげるほど親切でもないってワケ。だから、ちょおっとイメージチェンジ?に見える感じの変装っていう際どいラインでまとめてみたんだけど、どう?」
 カルロッテは港沿いの服屋で着替えを済ませ、試着室のカーテンを開けた。水色ベースに煌びやかな刺繍が入ったサリーを纏い、髪を解いて緩い三つ編みにする。衣装の様に派手な作りではなく、腰にベルトを回して段差を付けたワンピース型のサリーである。着ていて楽なのが気に入りだった。サリーを着たまま支払いを済ませ、着ていた衣装をカバンに詰めて街に出た。
 ラウトとは夕刻にディナーをする約束をした。それまでに彼女は船に荷を搬入し、カルロッテは身を隠す場所を探さねばならない。お互いに落ち着いて寝れるように支度を整えたあと、酒を飲む約束だった。
 2年ぶりのリベルタは相変わらずの賑わいで、心踊る。早くも街に出て遊びまわりたい欲求に駆られたが、ぐっと堪えて今宵の宿を探すことにする。自分を匿ってくれて、自由に出入りが出来るところとは。街並みを彷徨い続け、見つけたのはアルフヘイムの看板だった。
「はぁ〜い?」
 かちゃりと扉を開けて中を覗いた。てっきりここが宿屋の入り口かと思ったが、一階は酒場のようだ。ちらちらと客が座っているのが見える。カウンターには糸目の男が皿を拭いて立っていた。互いに目が合うと、愛想よく微笑み合う。カルロッテは荷を引きながらカウンター近くのソファ席に腰を下ろした。四人掛けだったが、客も少ないので構わないと踏んだ。荷物を横に置いて、勢いよくソファに沈む。
「ふぁ〜あ、疲れた!ウェイター!ここは昼から飲めるお店かしら?」
「お酒を出すのは構わないけど、お姉さん今から飲むの?どちらかといえばスイーツの時間だと思うけど。」
 男はカウンターから出てくると、グラス一杯のお冷を差し出した。トレイを脇に抱えてカウンターに寄りかかると、にこやかに笑いかけてくる。
「私がスイーツ好きに見える?」
「………ドライフルーツなら、好きそうかな。」
「ワインとウイスキーの付け合わせにするなら最高ね。うっふふ。」
 それはオーダー?と首を傾げる糸目の店員に、首を横に振り、珈琲を注文した。再びカウンターに戻っていく後ろ姿を眺めながら、カルロッテは店内をぐるりと見渡す。上層階があるようだった。
「ねーぇ?ここって宿屋もやってるの?長期滞在もOK?」
「そうだね〜、みんな、もう住み込んでる感じだし、居着くと長い宿屋だよ。」
「あらそう?繁盛して良いわねぇ?まだ部屋は残っているかしら?」
「空いているよ。ちょうど、女の子だけのフロアが空いているから今日からでもそこに入れるけど、…宿屋のお客さんかな?」
 珈琲豆を引きながらこちらに視線を向ける男と目を合わせると、カルロッテはひょいと右足を振り上げた。そのままゆっくり優雅に膝を組みながら、「そうよ、」と笑う。その仕草で店員は何かに気づいたようだった。カルロッテの右足にある、文様の様な痣。それは神魚の末裔たる証である。侯爵位に意識を向けたことがある者なら耳にする情報ではある。
「……君ってもしかして、メイブリーのお嬢さんかな?お客さんになってくれるのは嬉しいんだけど、厄介事を持ち込まれるのは勘弁なんだよねぇ……。」
「あっはっは!話が早くっていいわねぇ!だぁい丈夫よ、いざとなったら知らん顔していてくれれば上手くやるわ。迷惑料として定価の2割上乗せしてもいいわよ?だからって別に責任転嫁もする気ないし?」
 店員は「うーん」と眉を寄せて悩み始めた。ドリップした珈琲をカップに注ぎながら、芳ばしい湯気の向こうで首を傾げている。匿っていたと容疑を掛けられると確かに面倒くさいことになりそうで、受けたくない客だろう。しかし分かった上で泊めてもらわないと、万一の場合どちらも気持ち良く終われないのだ。カルロッテはソファから飛び起き、カウンターのスツールに膝立ちして乗り上げながら、店員の手を掴みに掛かった。彼の糸目が見開かれることはなく、驚いた割には冷静なようにも見えたが、彼の手を両手で掴むことはできた。仏壇にでもお参りするように、両手をすり合わせながら猫なで声で懇願する。
「ね〜〜〜〜ぇ!お願いハンサムブロンド!!私、ここがダメなら意地悪な侯爵のおじさんところで書庫のバイトしながら食い繋ぐしかないのよ〜〜!弱みを握られてこの裏若き乙女の貞操が汚されたらもぉどうしようっていう訳ぇ?心苦しいわよねぇ?ねぇ?ねぇ〜〜〜〜〜ぇ???」
「あ〜、うん、そうだねぇ、女の子だもんねぇ?条件も悪くないしいいよじゃぁ…」
 ねちっこいおねだりが効いたのか、もとより甘い性格なのか、今宵の宿を手に入れた嬉しさに店員に思い切り抱きついた。
「あ〜んありがとう!ブロンディハンサムぅ!恩に着るわぁ!」
「厳密にはブロンドじゃないけどねぇ…。あと、そろそろ珈琲飲まない?」
 最大限媚び切った声と態度で店員に抱きつき、頬に吸い付いている中、鼻腔を掠める香ばしさを思い出した。





「なんとも悪運の強い奴だなお前は…。この海賊船と巡り合ったのもそうだが、宿屋も良さそうなのを引いたじゃないか。」
「普段の行いがいいからねぇ、幸運の潮流は私のところに流れ着く運命なのよ。」
 宿屋に荷物を置き、約束通りの場所でラウトと落ち合った。彼女のオーダーで、「陸でしか食べられないシーフードグリル料理」を探し、海岸沿いの店のテラスでビールを飲みながら、ロブスターを始めとする一手間加えたグリル料理を堪能する。小エビのアヒージョを摘みながら飲むワインは絶品で、会話の合間にすぐに無くなっていった。
「で?そっちはどうなのよ?荷物の搬入は済んだんでしょ?リベルタのご感想は?」
 カルロッテがワインを飲みながら問うと、ラウトはロブスターの頭を齧りながら隻眼を細めた。「ああ」とか、「うん、」と、考え込んだあと、小さく笑う。
「なかなか面白い国だな、詳しくはまだこれからというところだが、同性愛が認められている国という点が興味深い。しばらく居着いても退屈はしなさそうだ。」
 20年前に取り込められた法律は、やはり目を引くらしい。カルロッテは自分のことのように嬉しさを覚え、小さく笑った。
「でっしょぉ?真の自由って感じで素敵でしょ?うっふふ、恋は人を変えるっていうけど、アンタがどう変わるのか楽しみだわよ?」
「………変化の区別が付くほど、お前は私を知らないだろ。私もまた、私を知らない。」
「なら、自分を知るための恋ってのも素敵じゃない?生きるってことに関しては恋って素敵な原動力の一つになると思うけど」
 グラスが空き、ワインを継ぎ足す。互いに並々とグラスを満たしてから、顔を突き合わせた。グラス越しの瞼は互いに青く、背後に広がる紺碧に似ている。
「ENJOY THE PRESENTSってね!この国を楽しみましょう?」
 カツン、とワイングラスを鳴らし。カルロッテは始まりの祝杯を一気に飲み干したのだった。





Fin.







おまけ。



「……ありがとう。これからもよろしく頼むよ、ロッテリア。」
「カルロッテよぉ!!?」
アンタまだ私の名前覚えてなかったわけぇ!? 驚愕の事実に気づき、甲高い悲鳴が海岸に響く…。


Fin.





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