【Say "Happy"?】D






 





sideベルホルト





「主様からも、頂けるのですか…?」
「勿論だ。私だけ用意していないと思っていたのか?」
「いえ、…滅相もございません…。」
「ならば良かった。」

 ベルホルトはガロットに歩み寄り正面に立つと、用意していた小包を差し出した。白い包装に金色のリボンが巻かれたものだ。さほど大きくないその包みのリボンを自ら引き、包装を解いていく。中からでてきたのは、四角い箱だった。ガロットが興味深そうに箱に注目しているのを盗み見て、一瞬の緊張を微笑みでやり過ごした後、箱を開く。中に入っていたのは、ネクタイピンだった。

「………、タイピン、ですか…?しかも、これは、!」
「気づくのが早いなガロット。さすがだ。」

 箱を覗き込むガロットが体を屈め過ぎないように、箱を持つ手を自分の顔の横に掲げた。クッション材が入っており、そこにぴたりを嵌っているからピンは落ちたりしない。
 そのネクタイピンは獅子の鬣を生やした鷲を型取り、羽と尾が靡くように美しい曲線を描いていた。控えめなゴールドが妖しく輝いている。

 「これは、クリオール家の人間が身につけることが赦されるものだ…。私がつけているものと同じ様にな。」
 
 ベルホルトは自分の襟元を指で摘み上げた。ネクタイピンと同じ文様が刻まれたバッチが付けられている。つまり、この文様を付けるということは、クリオール家の血縁者と親しい、誰かの重要な役割を担っている、…など意味は異なるにしろ、一目置かれることとなる。無論、誰彼ともらえるものではないことは、クリオールに仕えるものならば熟知していることだ。そして羨望の的でもある。

「そんな…大層なものを、戴いても良いのですか…?」

 ランプの光を吸い上げて妖しく光るタイピンを見下ろして、ガロットは動揺しているように見えた。それが一体何を思ってなのかは判らないが、少なくとも負の感情ではなかったろう。ベルホルトは穏やかに笑い、指先にタイピンを取ると、ガロットのジャケット、それからベストの前を寛げ始めた。

「……私が付けてやろう。実感がないから信じられんのだ。」

 たどたどしくすら見える狼狽えぶりを見せるガロットの言葉をねじ伏せ、パリッと硬いワイシャツを辿る。ネクタイを摘み上げると、ベストから少し見える位置に合わせて、タイピンを差し込んだ。ベルホルトがこうして誰かに装飾を施すことはない。彼にとってもこれが初めてのことだった。本来の着こなしとは違う位置にタイピンを付けているのは、少しだけ見え隠れする独占欲のような、言い表せない何かがあったのかもしれない。
 

「……父に聞いたんだが、」

 タイピンがうまくネクタイを挟まない。というより、納得がいく皺の流れが作れず、冷静に付け直すことを繰り返しながら、ベルホルトはガロットにだけ聞こえるように呟いた。そうして神経を募らせて声を拾いにいくと、シャンと料理長が料理を小皿に取り分けている楽しげなやりとりも、いつの間にか流れているオルゴールの音色も、隔離された何処かから流れてくるものの様に聞こえる。

「……君は、孤児だったそうだな?」

 一気に体温が下がっていくような、不思議な感覚に襲われる。どちらが、ではなく、聞く方も、言う方も。一瞬の緊張が場を冷やした気がする。俯きながらタイピンと格闘していたベルホルトは、情けなく眉を垂らしながら顔を上げた。

「すまない、私の移動のせいで君を父から切り離してしまった。」

 今までずっと、言うことが出来なかった。気づくことすら出来なかったことだ。
 本家の会合の後、何気ない会話の中で知った事実を、ずっと心の奥に止めていた。

「いえ、…、主様、一体何を唐突に…」
 ガロットが戸惑うのも当然だった。
「私には母も父いる。孤児である君の心持ちは計り知れない。だが、恩人である我が父に会う機会を根こそぎ奪ってしまったのは事実だ。見知らぬ所で寂しくはなかったか…?」
 「………、」
 答えに詰まる。切り返す言葉を探り当てる前に、ベルホルトは続けた。
「父も過保護なお方だ。君を信頼しているからこそ私の側用人に付けたのだろう。信頼の証だから誤解をしないでくれ」
「誤解など、…」
 今度こそ、きちんと返事をしようとした。だが、その前にネクタイピンの装着が終わる。きっちりと居場所を見出したそれは、鈍く光る。やがてガロットのベストを締めなおしてやると、V字の隙間から顔を出した。
「スリジアの樹の下で、今後も私の傍にいて欲しいと伝えただろう?私は口約束は好まない。これは証だ、君が私の専属であり、君の責任はすべて私にある事の、な。父の代わりには成れぬが、私だからできることがあってもいい。私は君の居場所になりたい。」

 奪ったものを埋めるにはどうしたら良いのか。答えはまだ分からない。分からないけれど、埋める努力はしていこう。自分を慕ってくれる大切な男だから。
 不幸にしたくはない。父の元から離れたことで、再び孤独だなどと思わせてなるものか。
 幸福でいて欲しい。帰る場所があることが、何よりも救いで、支えになると知っているから。
 そして、傍にいるのは彼が良いのだと、この心が、言っているから。 

「………これでは伝わらなかったかな?」

 ベルホルトは不安げな顔をして、ガロットを見上げた。

 本当に、彼に渡したいもの。生まれたこの日に、持っていて欲しかったもの。
 きちんと伝わればいいのに、正しく伝わればいいのに、私は再び願うのだ。
 
彼の、返事はーーーーーーー




「主様〜〜〜!先輩〜〜〜!ケーキカット終わりました〜〜〜!」

 シャンの大きな声が、張り詰めた空気を一蹴した。
 二人だけで隔離されていたような張り詰めた空気が中和して、誕生日会の暖かな雰囲気に戻っていく。ガロットとベルホルトは一度顔を見合わせ、どちらが付かず言葉を切り出そうとし合った。だが、先に笑い出したのはベルホルトの方で、くつくつと喉を震わせる。結局、堅苦しい空気からも脱線することを選んでしまった。

「……甘いものが待っているそうだ。先に食べようか。」
 
 来年も、その次も。今度はきっと、シャンの誕生日にも、自分の時にも。こうして微笑ましく笑いながら、一緒にいれたらいいのに。


 そう願わずにはいられない。
 誰しも願い願われ生まれてくるのだ
 行き着く先に幸あらん様にとーーーーー。



fin.
 

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Garrot BirthDay! 


















































おまけ

お気づきになっただろうか…





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