【Say "Happy"】@






 





 side:ベルホルト


「今日1日休暇を与える。夕刻までは趣味の詩の朗読をするから、帰ってこないように。」

あまりにも一方通行な命令をしたのは、料理長を含め4人で朝食を食べている時だった。
そしてガロットが命令通りに別宅を出たのが午前10時を回った頃である。
不満を言うような男ではないが、いつものポーカーフェイスも少しばかり戸惑いを覚えているようだった。
とはいえ、命令を撤回するつもりもない。門を潜って街へと消えていく背中を見送った後、ベルホルトはシャンを呼びつけた。

「先輩、もう出かけましたか?」

片付け途中の洗濯物を抱えながら、シャンは駆け寄ってくる。ベルホルトは持ち前の遠視でだいぶ遠くにガロットがいるのを確認した後、「ああ、」と頷いた。

「あそこまで歩けば、もう戻っては来ないだろう。さぁ、支度をしようか。」
「りょーかいしました!」

シャンはにっかりと微笑ましい笑顔を浮かべて、敬礼した。

6月6日、今日は特別な1日である。







「では、打ち合わせ通りに。」

シャンと料理長を招集してダイニングで今日の流れを確認し合った後、手持ちの作業に入った。
6月6日、今日はガロットの誕生日である。
本宅にいる時から、尽力してくれた執事に(といっても、ベルホルトと関わったのは別宅に来てからになるが)、労いのパーティーを企画したのだ。
とはいえ、これがなかなかに骨が折れる。
ガロットほどの秀逸な執事の目を盗みながら、備品を調達し準備するのは一苦労だ。昨晩も寝る前に食器類の個数を抜かりなく数えているガロット背中を見つけ、さすがの鳥目も飛び出るほど驚いた。ここ数日は気苦労が絶えなかった。全ては「サプライズを成功させるため」の下準備であるのだから、主役にばれる事態は避けたい一心だったのである。

食事関連は料理長とシャンに任せており、ベルホルトの持ち場は会場のセッティング全般だ。いつも4人で食事をするダイニングを部屋の隅から眺めつつ、顎に添えた手に唇を埋めながら、眠たげな瞼を細めて笑った。

ケーキと豪華な食事、プレゼント、それだけでは物足りないと思っていた。
ガロットの常識外の角度から攻めたい。それでこそ感動を生み出せるような気がする。
やるからには、あの生真面目な鉄面皮を崩してやりたかった。
何よりも感謝を伝えたい。日頃世話になっている分に見合うだけの対価とは言えないが、今日くらいは羽根を伸ばせるような、心から楽しめるような一日にしてやりたい。ベルホルトはその為に各国の誕生日の祝い方を学び直し、プレゼントに至るまで用意周到に準備を進めたのだ。完璧な執事の目を盗む為に随分と神経を削った数日だったが、ここまでは無事にやり抜いた。

「さて、いよいよ本番だな。装飾を始めよう。」

ベルホルトが思い描いたのは、砂を吐く様に甘い夢物語だ。子供の夢の様な、童話の様な有り体なシナリオである。
自分よりも年上の男を祝うにも関わらず、迷うことはなかった。





***







「主様…なんか、すごいことになってませんか…?」

食料の調達から帰ってきたシャンがダイニングの扉を開けた時、目に入る光景に驚愕した。
ダイニングからキッチンに続く広々とした30坪の空間のあちこちに、風船が飛んでいたのである。

所謂バルーンアートというやつで、犬やら花やらファンシーな風船がクリエイター並のセンスのもとに置かれていた。外注した花屋が置いていった白やピンクの花がふわふわと風船の周りを飾り、ダイニングのテーブルの上はいつも以上に鮮やかだった。蝋燭台に刺さっている蝋燭もガロットの年齢の数字のカタチをしている。
ベルホルトは椅子に腰を掛け、壁に貼り付ける装飾様のジンジャーマンの紙細工を挟みで切り取りながら、振り向いた。
「シャンか、おかえり。なかなか驚くだろう?」
「驚きますけど…。あれ、今日ってファルル様のお誕生日会ではないですよね??」
「はは、確かにファルルも喜ぶだろうな。だが今日はガロットの誕生日だ。」
「………、ですよねー…。」

ぽかんと口を開けて呆気に取られたシャンの顔を満足気に眺めると、ベルホルトは手元の作業を一旦止めて、シャンの荷物を助けに行く。重さを分担しながら足早にキッチンテーブルまで向かい荷物を降ろした。袋から飛び出ている食材だけを見ても、シャンの目に適った一品揃いだと分かる。ベルホルトは満足げにその食材を眺めたあと、シャンを見上げた。

「流石の品揃えだな?ご苦労様。忘れてはいないだろうが、ガロットへのプレゼントも用意は済んでいるな?」
「もちろんです!主様もご用意はお済みですか?何を差し上げるんです?」

胸を張るシャンを見上げてくすくすと笑った。興味津々にこちらを覗き込んでくるピンクの瞼を受け止めて、悪戯に笑い返した後、「秘密だよ、」と告げた。

「けれど、私なりに気持ちを込めて渡すつもりだ。」

視線を少しだけダイニングの棚の方へとずらす。そこには白い包装紙に包まれて金色のリボンを留めた小包みが用意されていた。しっかりと封をされたバースデーカードと共に、今は息を潜めている。

「……さて、一息ついている暇はない。急ごう!」

気づけば午後1時を回っていた。
昼飯も簡単に済ませ、忙しく時は進んで行く。


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