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C)【Say "Happy"?】A



るるさんの【Say "Happy"?】@の続き


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「…ダメだな。」
 沢山の食材を厨房のテーブルに並べてシャン・ドゥ・ギャルドは普段より格段と小さく、低い声で呟いた。
 事の始まりは数日前にさかのぼる。
 とある日の昼下がり。シャンが仕える主人、ベルホルト・クリオールの書斎に飲み物を持ってきた時に出た話から始まった。

「誕生日?」
 主の机の上に小洒落たティーカップを音もなく置きながら、新米の執事であるシャンは声の主の方向に目を向けた。
「6月6日がそうだ。普段よく尽くしてくれているからささやかにでも祝ってやりたく思ってな。」
 主人の言葉を聞いて、シャンはその対象である者を思い浮かべる。
 常に冷静で、主であるベルホルトの意思、意向を妨げずに日々障害が起きないように完璧に仕事をこなす、まさに執事の鏡と言えるような人物。シャンの先輩に当たる彼は少し厳しめの先輩だが、真面目で尊敬できる人物だ。
「先輩の誕生パーティー…やりましょう。主様!」

 それから数日、日々の仕事をこなしながらシャンが行ったのはパーティーに出すご馳走を考えること。
 ありがたい事に、生まれながらにして五感は人並み外れていいほうで、味覚に関しては主にも先輩執事にも信用してもらっている。
 あとはメニュー。
― 海の幸を使ったパナッシェ
  旬野菜のポタージュ
  牛フィレ肉のグリエに
  とびきり綺麗なデセール ―
 苦手だったはずのお洒落な料理を片っ端から覚えて、料理長に作ってもらい、味を確かめる。それから食べ合わせを考えながらメニューを組み立てて二人の口に合うように並べて完成。
 事前に最高の食材を精一杯の伝手を使って確保しておき、いくつかの材料を当日の朝に揃える。
 それでしっかりと準備は出来たはずだったのだが…

「主様…なんか、すごいことになってませんか…?」
 買い出しから戻ったシャンの目の前に広がったのはダイニングに広がった淡い色の犬や花のバルーンオブジェ。同じような可愛らしい色をした花は風船を引き立てるように綺麗にテーブルを飾り、普段シックなキャンドルが刺さっているキャンドルホルダーには丸みを帯びたキャンドルが今日の主役の年齢を表している。
一言でゆうならば、所謂女の子のためのお誕生会In少し裕福な中流階級。
「シャンか、おかえり。なかなか驚くだろう?」
「驚きますけど、今日はファルル様のお誕生日会ではないですよね?」
 シャンが思わず目を見開いて部屋中を見渡しながら主に問いかけると、主ははっきりと『ガロットの誕生日だ』と返してきた。

 荷を主の手を借りながら、厨房へ運ぶ。その材料を丁寧にテーブルに置きながら普段へらりと笑っている顔に真剣な表情を浮かべた。
 ダイニングの風景と、先の主とのやり取りを思い出す。単純と自他ともに認める思考でベルホルトのその表情と、言葉の運びを慎重に、必死に、考える。
己の主人が求めているもの。
彼に付き従う執事に
ベルホルトが与えたい、もの。
「…ダメだな。これじゃ、ない。これじゃあダメだ。」
 シャンが感じたのは暖かなもの。
 恐らく自分がよく知っているもの。
 少しいたずら心のある
 規律よりも、心を優先させたそれ。
「……ならこれじゃない。」

食材をありったけ取り出す。
パナッシェをポタージュをグリエを
シャンがよく知る
具だくさんのポトフと柔らかな牛の煮込みに。
小綺麗なデセールは綺麗なショートケーキから丸い月型のイチゴを乗せたチョコホイップのケーキに。
 少々子供っぽいものだが、綺麗できちんとしたフルコース式より余程リビングの中に馴染むメニューに変えた。

「あとはこれを無事、仕上げるだけ!ぃよっしゃあ、やる気―!!」

 最高の食材を使って最高に美味しい、取って置きに暖かなメニューを。
 料理長と言い合いながらそれを完成させていく。
 敬愛する主の意向に添えるだろうか。
 尊敬する主役を喜ばせることができるだろうか。
 ただそれだけを考えて。

「ケーキにはプレートを付けて……主様ー!お願いがありますーー!」
「…なんだ?」
 料理長に肉料理とケーキを作ってもらい、その間にシャンは粉末のアーモンドをシロップで練り合わせ、己の主を呼ぶ。間も無く、ダイニングの飾りつけを終えた主人がゆっくりと顔をキッチンに顔を出した。
「ケーキの飾りつけを手伝っていただきたいんです。今からその小物を作るんですけれど、一緒に作りましょう!」
 へらっと笑いながらその粘土のようなそれを見せながら誘うと、さも不思議そうな顔でベルホルトは首をかしげた。
「それは、食べ物か?シャン。」
「勿論です!これはマスパンと言って、甘い砂糖菓子のようなもので、よくケーキとかの装飾で使われるやつです。粘土の様に好きな形に整えられるものですよ。」
 こんな感じで。と言いながらシャンはちょいちょいとバターナイフを赤いマスパンに当てていき、己の主にそれを見せた。
「じゃーん!バラに見えますか?俺は指が太いんで素手ではなかなか作れないんですけど、主様はそのまま練ったほうが作りやすいかもですね!」
「…ふむ。ならば、黒色も作れるか?」
「くろ、ですか?ちょっと待っていてくださいね?」
 興味を示してくれた主の希望に添えるよう、ビターチョコの粉末でマスパンに色をつけて練り上げる。片手サイズほどの大きめに用意したそれを主に手渡してからマスパン作りを主に頼み、シャンはキッチンの鍋の前に向かった。
 一晩マリネにして寝かせていた牛のひき肉。昼にメニューを考えてからじっくりと鍋で煮込んでおいたそれの中にローリエとベーコン、胡椒を入れてさらに煮込む。それから人参、玉ねぎ、カブなどを鍋に入れてくたくたになるまで、味が上手く出るまで煮込み続ける。ころりとした小さなジャガイモに火が通るのを待って、味を整える。
 ポトフを作ると決めてから、二人に暖かなものをと決めてから、料理長にダダをこねて作らせてもらった、シャンが小さな頃から作っている『家庭料理』
「おっし、かんせー!!久しぶりに作るけど覚えてるもんだな。…と、主様できました?」
 スープ鍋の火を一度消してからキッチンのテーブルにいる主人のほうに振り返りながら言うと、真剣そうな主の横顔と、グニャグニャと失敗したもののかけらが周りに散らばっている。声をかけられてゆっくりと此方を向いたベルホルトは苦笑しながら小さなシートの上に乗せられた完成品を見せながら「どうにかな。」と肩をすくめた。
「おぉ…主様凄くキレーにできてますよ!」
「だいぶ小さくなってしまったが、いいか?シャン。」
「十分です!じゃあ、ケーキ本体も出来上がりましたし、飾り付けましょうか!」
 なだらかなラインのその黒い生き物が映えるようにチョコケーキに雪のようにきめ細かな粉砂糖を振りかけ、ケーキの周りを苺とホイップクリームで盛り上げる。
それから小さめのプレートを用意して、主に文字を入れてもらってから、プレートと一緒にマスパンの人形を飾り付けた。

「…やばい、主様、もう日が暮れます!!お召し物を変えてこないと!!」
「もうそんな時間か?急ぐとしよう。」
 ばたばたと忙しなく身支度と舞台を整える。

 もうすぐ。
 日が傾いて、その場を見たとき。
 尊敬する先輩はどんな顔をするのだろうか。







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