無意識に伸ばしかけた腕を意志の力で抑えつける。
駄目なのだ。
まだ抱き締めることは許されない。
赦され、ないのだと。





『政宗様…っ!!―――…』


『名―――!?』




もう一度消し去りたくても叶わないその記憶。
何故、名のことだけを忘れ去っていたのか。
人間の自己防衛本能って奴は計り知れねぇ。
あの小十郎すらも耐えられなかったと言うのか―――



(…いや……、“赦され”てなかっただけなのかも、な)





守るべき俺の傍らに居なかった小十郎と、
愛しさ故に側から離せなかった、
そして、それ故に―――




『政、宗…様……、っ、ご…無事で…………』


『な、ま……!?名っ!何で―――ッッ!?』



忍の放った毒矢――それを俺の代わりにその身に受けて。

微笑みながら、どんどん冷たくなってゆく身体を抱き締めることしか出来なかった。



幼い頃から一緒だった。
母に疎まれた俺を小十郎と共に支えて、姉の様に、肉親の様に慕っていた心は自ずと形を変え、いつしか何よりも大切な存在へと―――恋い慕う異性へのそれへと変化を遂げ、抱き寄せた俺の腕を窘めつつも名は受け入れて。



『お慕い……しております…』



涙を零しつつ震えたその身に。唇を、俺自身を―――







名が、全てを忘れているのは、俺を許せないからではないのか。

「……ッ」


愛していると、お前だけだと誓ったくせに、家のため、国のため他の女を娶った不実な男を―――




幸福で、残酷な時の終わりを告げるチャイムが鳴る。


「さてと。jokeじゃなくって、ホントにそれでokayだよ。良く描けてる」

『伊達君らしくて』


「…ッ」


筆記具を片付けながら彼女が零した言葉を拾う。


「…らしい…?」

「ん?何か言った?」


俺のいつになく低い声に、少し首を傾げて
愛しい女の仕草に、溜まり澱んだ欲が己の意志とは別に暴れ出そうとする。
ねじ伏せ続けたそれに、俺の内臓が食い破られるのは何時か―――

「“俺らしい”って…
アンタにとっての“伊達政宗”ってのは…」


『一体どんな男なんだ?』


どうにか、最後まで口にすることなく。
しかし、このひとつしか無い眼には語られてしまったのか―――
名は、合わせた視線を静かに伏せて、でもはっきりと言った。


「自信に満ち溢れていて、己の信じた道を突き進む人」

「!」

「沢山の人に慕われ頼られて、でもその期待を裏切らず、そのためならどんな努力も厭わない」

「な…」


呼び止めようとした。
視線を伏せたそのままで背を向けた女を。
しかし次の瞬間には振り返り、常と変わらぬ微笑みを浮かべて言った。


「ほらほら!午後の授業始まるよ。さぼったりしたら、ここに出入り禁止だよ」


不自然な程の“教師”の表情で―――







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