その瞬間 世界が色を取り戻した。

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「Hey!名先生、それじゃあ此処はコレでokayなんだな?」

「そうだねぇ…、多分okay」

「Ha?多分、ってなぁ何だよ!」

「ぷっ…、だ、伊達君…」




眼前で俯きながらくすくす笑う女は氏名―――ウチの学校についこないだ赴任して来た美術講師だ。

そして此処は美術室。
昼休みだから他に人も居ねぇ
―――念願の“二人きり”って奴だ。


先月、ウチの学校の美術教師が事故に遭った。怪我が結構長引くらしく、やむなく代理講師を雇い入れることになり。
嫌いじゃあねぇが、そこまで興味もなく必要にも迫られるもんでもねぇ芸術選択授業だったが、事情が変わった。




「氏名です。上野先生の代理ですが、皆さんとは卒業までお付き合いすることになりました」


『よろしくお願いします』
小十郎に追い立てられ参加させられた朝礼、壇上での挨拶―――寝ぼけた耳に飛び込んで来た名前に、全身の細胞が覚醒する。



―――名――――――!?


弾かれた様に上げた顔、視線の先に映った女の姿を認めたその瞬間

世界が 色を取り戻した





ついぞ今まで、正しいと信じて疑わなかった景色は残骸と化し、真に正しく塗り替えられたのだ。



『名――…』

確かめる様に呟いた名前は、初めてのはずなのにやけに舌先に馴染み、胸の真ん中辺りにすとんと収まる。

最初から、その場所を占めていたかの様に。


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「名に会ったぜ」


「!…政宗様、それは…っ…」



家に戻ってすぐに小十郎へ伝える。
見慣れた冷静な顔は瞬時驚きのそれへと変化し、予想通りの展開に俺はゆっくりと首肯した。


思い出したのだ。すべてを。
幼い頃から、身近に侍る小十郎と、“自分”のものではない記憶。
己が何者であったのか、理解していた。
もちろん小十郎も覚えていて。
しかし

欠けていた。
何か、が足りないのだ。
二人とも、足りないことは解るのに一体“何が”不足しているのかが解らず―――常に焦燥感に胸を焼かれ続けてきた―――それ、を。


もつれた糸がするすると解けてゆく。
“名”
だったひとつの、しかしこの上なく大切なその名前で―――








「ったく、こっちは真剣だっつーのによ…」

「ご、…めん、ごめんって…」


込められた“願い”に気づかず楽しそうに肩を揺らす女。

そうだった。
“名”は、



(何にも“覚え”ちゃいねーんだもんな…)



「Shit…」


「ごめん…」



小さな呟きに反応する。
眉をハの字に、済まなさそうに。

課題に対する質問、その答え、他愛のない会話―――それ等全てが俺にとってみれば、愛しい女との幸福なcommunicationだ。
しかし、名にとっては違う。
それは只の、“生徒”との会話でしかないのだ。

重ねるそれに、努力の甲斐あって、他の生徒達よりも今、俺は名の側にいる。
だがそれは何処までも一方通行の片想いでしかないのだ。
それが苦しく、じれた所で吐き出す心の内に返される名の応え―――表情は、懐かしく狂おしい程の―――…




『政宗様…』







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