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お店を出たあと、コンビニに寄ってお菓子や飲み物など少しだけ買った。一応、このメンバー全員での二次会的な位置付けなんだと思うけど…何だかその量は、この人数じゃ少ない気がした。
そのあたしの変な勘繰りは当たっていたようで。
「久しぶりに来たっス、ここ!」
「しー、声デカいんじゃって」
「相変わらず殺風景な部屋だなー…あ、エロ本探そうぜ!」
「んなもんないから静かに座っててくれんか」
「そういや仁王先輩PS4持ってるんスよね!俺やりたかったんスよ〜ドラクエの新作!」
「俺もやりたい!」
「どーでもいいがとりあえず黙りんしゃいお前ら」
わかる。仁王が怒りたくなるのもわかる。以前丸井や赤也が来たときに、騒ぎに騒いで管理人から厳重注意を受けたという話は仁王から聞いていた。一人暮らしばかりのアパートだし、付近はみんな静かなようで。
…まぁあたしもちょっとPS4やりたいなんて思ったけど。テレビ台の下にあって気になってたんだよね。
「にしてもちょっと狭いっスね」
「だな。おかげでジャッカルが廊下に座るしかねーじゃん」
「さっきここに座れって言ったのはお前だろうが!」
「ジャッカル、静かにせんと追い出すぜよ」
「す、すまねぇ…」
あたしとはるかは女子だからかベッドに座らせてもらい、丸井や赤也がテーブル周辺を陣取り、仁王が部屋の隅に、ジャッカルなんて廊下に座らさせられちゃってる。まぁ一部屋しかないし、仕方ない。
「じゃ、俺らは帰るか」
へ?…というとてもマヌケな声が出てしまった。帰るって、来たばっかだけど。
「ドラクエやりたかったけど仕方ないっスね」
「どっか違う店行こうぜ。なんか腹減ってきた」
「ういっス!」
え?え?え?…何だかよくわからなくて。はるかと顔を見合わせながら立ち上がる。ここへ来たのはただ単に久しぶりの仁王んちを見に来ただけとか?
ちらっと仁王を見るも、仁王も何言ってんだコイツと今にも言い出しそうな顔。
「え、丸井、違うとこ行くの?」
「ああ、俺らはな。お前は残れ。仁王と」
「…は?」
「あ、はるかちゃんも俺らと行こうぜ!」
この狭い一間で大の男が3人半(ジャッカルは廊下だから)、ひしめき合う状態でかつ大声も出せない。ぽかんとしている間に、その男たちは玄関へと向かった。ついでに何のことか同じくさっぱりであろう、はるかも。
「ちょっと丸井…」
「だからお前は残れ。今日は泊まればいいんだよ、言わせんな」
「はぁ!?」
そそくさと出て行った彼らに続こうとあたしも靴を履きかけたけど、丸井にシッシッと押し戻された。…と、あたしも大声を出してしまって申し訳ない。
「おいブン太」
さっきまでうるさかったことに加え、こんなよくわかんない行動をとる丸井に、仁王は苛立っているご様子。
「そんな怒んなって。せっかくなんだから二人で過ごせばいいじゃん」
丸井以外はもう外へ出て、その丸井も半分、体を出してる。引き止めることはできなそうだし、あたしも遅れをとらないようにしないとと思った。
けど、丸井の言い分が気になって、いつもふざけ合ってる二人がちょっと真剣な雰囲気で、体を動かせなかった。
「俺ら、お前が女性不信になんじゃねーかって心配してたんだぜ?でもさ、こないだ電話で、最近ちょっと楽しいって言ってたろ」
「……」
「ようするにそういうことじゃん。ごちゃごちゃ考えてねーで、瀬戸と…」
「誕生日おめでとうどうぞ素敵な一年を」
そのすごく真剣な雰囲気だった話を仁王は不自然にも遮り、丸井を外へと押し出して荒々しく扉を閉めた。狭い玄関、あたしと触れそうなほど近い距離の仁王。つまり我々二人だけが残された。
…さっきの話は何なんだろう。あたしの名前が出たような。
「…あの、仁王」
怒ってるのか、呼びかけても仁王は顔を背けたまま、あたしを置き去りにリビング兼寝室へと戻って行った。
そこでようやく、あたしは自分の置かれている状況を理解した。つまり丸井たちはハナからここに滞在する気はなく、あたしと仁王をここに置くためのポーズでここへ来たという……。マジかよ嘘でしょ。
「仁王…」
とりあえず部屋に戻り、どうしようか聞こうと思った。仁王は座椅子に座ってて、たぶんご立腹状態だ。どうやって宥めたらいいのか。
いや、宥めるよりも、きっとあたしも帰ったほうがいいんだよね。仁王的にはそうだと思う。……でも。
うるさいあいつらがいなくなって静まり返った部屋。仁王の匂いがするこの部屋は、うっとりもするし苦しくもある。困りに困りながら、静かにベッドに座らせてもらった。
「ねぇ仁王」
「……」
「怒ってんの?」
「別に怒っとらん」
そっぽ向いちゃって怒ってるんですね。丸井や赤也に。それと、帰らないあたしにもかな。まぁそれなら追い出すとか、俺らも外行くかって言ってくれたらいいのに。
あたしはどうしたらいいんだろう。よくわかんなくなってきた。このままここにいてここに泊まる?そうしたい思いと、やっぱりやめとこうなんて、またカッコ悪い葛藤が。
ふと、自分の手が痛いことに気づいた。さっきのお店でテーブルに打ちつけたからだ。自分でやっておきながら、なんとマヌケな。
痛いなぁ。自分で自分の手を摩りながら、どんどん悲しくなってきた。どうしたいんだろう自分は。
「…大丈夫か?」
俯いていたから、いつの間にか仁王がこっちに来てたと気づかなかった。あたしの目の前に座り込んで。
「大丈夫だよ」
「痛い?」
「ちょっとだけね」
「すまん。なんかあいつらに腹立って機嫌悪かった」
「まぁ余計なお世話だよね。アホなんだよあいつら」
そう言って笑うと、仁王も険しかった表情を緩めて、一緒に笑ってくれた。
そしてあたしが自分で摩っていた手の上から、優しく撫でてくれた。
「さっきはありがとな」
「?」
「俺も赤也じゃないが、あんなふうに瀬戸が怒っとるの初めて見たんじゃ」
「…そう?」
「いつも俺らの悪い冗談でも怒るのはフリで、笑って済ませるじゃろ。だからよっぽど腹が立ったんじゃなって」
「かなりね。でもいつもけっこう短気なほうだと思うけどな」
「初めてじゃき。この6年間で。だからなんか、うれしかった」
あたしと仁王が出会ってもう6年が経った。ずっと友達だった6年間。あたしにとってはすごくすごく大事な6年間だ。きっといつか思い出したとき、宝物だと思えるあたしの青春だと思う。
その宝物の青春が、もし思い出したくもない過去になってしまったら。
そんなふうに考えちゃって、ぽたぽたと涙がこぼれた。涙はあたしと仁王の重なってる手に落ちた。
「自分が…、よくわからなくて」
仁王の顔は見れない、けど、驚いてると思う。怒ったこともかもしれないけど、目の前で泣いたこともなかった。
「大事だから、そういうのは嫌だって、思うのと」
「……」
「仁王が、あの子のところに戻るのも嫌」
「……」
「なのに、許せるか考えてみたらとか、変なこと言っちゃったし…」
何なんだろうねこれは。あたしも自分がよくわかんないし、仁王もよくわかんない。ずっと友達でよくわかってたつもりでも、こんなことになるなんて。
「…ごめんね」
これ以上は話せることもなくて、泣いてる顔もあんまり見られたくないし、仁王の手から離れてベッドにうつ伏せになった。枕が涙で濡れたら申し訳ない。
泣いてるから、胸というよりは呼吸が苦しい。しばらく仁王は黙っていたけど。そっとあたしの頭を撫でてくれた。
「ちょっと外出てくるが、待ってて」
頭上からそんな声が聞こえてきた。少し間を置いて恐る恐る顔を上げると、そこに仁王はいなかった。
…あたしが泣いてたから外に出て行ったんだろうな。気遣いか、困ってるからか。やっぱりまだ不機嫌さを引きずってて、自分勝手に泣き出したあたしに余計に苛立ったりしたのか。何も言わずに出て行ったし。
何にしても、どうしたってあたしの今の苦しさはなくならない。それならせめて、嘘でもその場限りの優しさでも欲しかった。
甘い言葉に騙されたい