■ ■ ■

仁王からもらったカップ蕎麦もお菓子もあたしは食べられなかった。片思いも長いタイプで、こんなふうにただの食べ物でも引きずっちゃう、変わってるんじゃなくて重たい女なのかも。

そうして何もない日が続き、また大学が始まった。3年の前期。
始まってからしばらくして、とある男から久しぶりにメールが届いた。


“一週間後の今日は何の日だ?”


たったのこれ一言。何だかなー、久しぶりなのにこの男の図々しさは。


“20日?5%OFFの日だね”

“あほ”


相変わらず失礼なやつ。知ってるけどボケただけじゃん。


“おれの誕生日!!!”


つーわけで誕生日会を開くぞと言うご本人からの話だった。相手は丸井だ。

丸井とも中3のときに同じクラスになってからずっと仲が良くて、今は違う学部だしサークルも違うけど、たまーに遊んだりはする。その他のメンバー付きで。

そしてこの5%OFFの日、もとい丸井の誕生日には、毎年その馴染みのメンバーでお祝いとかしたりしなかったり。しない年は丸井に彼女がいるとき。つまり今年はいないってことで。


“やーい、ぼっち”

“うるせーお前もだろい”


ぐぬぬと素で言いそうなほど悔しい。あたしに彼氏がいないと断定されるのも悔しい。
まぁ久しぶりだし、彼らと遊ぶのは楽しいから。その丸井ブン太バースデーパーティーに参加することにした。

ちなみにパーティー参加者は、同じ学年のジャッカルと一個下の赤也だ。ずっと変わらないメンバーであり、今年もそうだと言うことでさらにむなしさを感じる。


「あたしも来てよかったの?」

「大丈夫大丈夫、みんなただのアホだから」


やっぱり女一人は年頃にもなると恥ずかしくて、はるかも、丸井ブン太バースデーパーティーへと連れてきた。会場は大学近くのお店。別に彼らの中にあたし一人女でもなんの気も遣わないし遣われないけど。なんて言うの、このむなしさ。
とりあえずかわいいはるかが参加すれば、きっと場が華やぐんじゃないかなーなんて。


「はじめまして!一個下の切原っス!」

「俺は丸井ブン太な。ブン太って呼んでくれ!」

「俺はジャッカル桑原だ。…なんつーか、騒がしいメンバーですまねぇな」

「あ!ジャッカル先輩が優しいフリして抜け駆けしようとしてる!」

「おい、ジャッカルはそっち座れ。瀬戸の向かい」

「…はいはい」

「いやーでも、毎年女子は瀬戸先輩だけで寂しかったんスよね〜」

「マジでそれ。来てくれてよかったぜ、はるかちゃん!」


いやーほんと騒がしいメンバーだわ。急遽連れてきたあたしの友人に対し、めっちゃウェルカムなのはありがたいけど、はるかもちょっと引いてるし。そしてあたしへの雑な態度、ちょっとばかし腹が立つわい。

でも、やっぱりすごく楽しい。久しぶりだしな、このメンバー。ちょっと前までなんかイロイロあって気持ち落ち着かなかったし。

楽しくもあり居心地も良くすごく気分がよかった。なんか冗談抜きで丸井がはるかのこと気に入ってる感も伝わってきてて、それも微笑ましく思った。どっちもあたしにとっていい友人だし、くっついちゃったら結婚式の友人代表挨拶あたしじゃね?とか思ったりなんかしちゃって………。


「お、仁王!こっち!」


2時間近く経過した頃だったか。丸井がはるかと番号交換した直後。うれしそうにしちゃってよかったねーなんて冷やかしていると、その丸井がまさかのそんな声を上げた。冷やかされて話を逸らすためかと思ったけど。

振り向くと、店の入り口付近から歩いてくる仁王を見つけた。ほんとにまさかだった。


「あれ、仁王先輩も呼んでたんスか?」

「おう。だってほら」


ちらっとニヤけ顔の丸井からあたしへと視線が飛んできた。…いや、あたしが仁王に片思いしてるというのは男子メンバー誰も知らないはず。それどころかはるかぐらいしか知らないし…。

別に疑ってるわけじゃないけど、思わずはるかの顔を見てしまう。でもはるかも、ブンブンと首を横に振り、あたしじゃないアピール。うん、信じる。


「あーそっか、忘れてたっス!」


赤也が何かを思い出したかのような返事をして、さらに混乱。何なんだろう一体。
余談だけど丸井は今おそらく、先に番号交換しといてよかったと思ってるんじゃないか。さらなる冷やかし要員の仁王がまだいなくて。


「遅くなってすまんの。ほらよブン太」

「お、サンキュー!…って投げんなよ」


到着ざまに仁王は丸井へと、プレゼントらしきものを放り投げた。きっとお菓子か何かだろう。意外と仁王はこういうことにマメだったりする。

そして仁王は空いてた席、あたしの右隣へと座った。ほんの少しだけ、肩が触れた。


「けっこう遅かったな。バイトだっけ?」

「ああ」

「最近掛け持ちしてるんスよね?」

「そう。短期じゃけど」


…知らなかった。仁王はもともと一個バイトしてたけど、さらにもう一個増やしたってことか。理系の研究とかで今年度から忙しくなるだろうし、サークルも一応顔は出すだろうし、すごく忙しくなるんじゃないか。でも短期でか。何か欲しいものでもあるのか…。

ちらっと横目で仁王を見ると、すぐにばっちり目が合った。
でも、ふいっとすぐ逸らされた。いや、あたしが逸らしたのか?わからない。同じタイミングで。

…あれ、何だか仁王とちょっと気まずい?そりゃしばらく会ってもなくて連絡も取ってなかったけど。変な関係は嫌だからって踏み止まったつもりだったのに、こんなことになるなんて。

落胆しつつ、それでもあたしは仁王の指を見てしまう。ドキンドキンと心臓が速くなりながら。
そしてその違和感、指輪がないことはまたあたしをほっとさせる。あたしにとってはまだ違和感だけど、仁王にとってはもうこれが普通だと感じていればいいな。


「そういや仁王、結局あの女はどうなった?」


丸井が言うあの女とは、間違いなく仁王の元カノのことだろう。あたしよりも丸井とあの子は親しかったはず。
ただ、親しかっただけに、友達でありかつての部活仲間である仁王に対する裏切りは許せないと、そう語気を強めていたのは少し前の話。だからちょっと蔑称の意味も込めているだろう。


「ここで聞くんかそれを」

「だって気になんじゃん」

「俺もっス!ちょーっとばかしハラハラしますけど!」


鬱陶しそうな仁王とは真逆で、丸井も赤也も何だか楽しそうだ。赤也のハラハラっていう意味がよくわかんないけど。むしろはるかが一番ハラハラしてそう。

あたしは、この男性陣の心境とはどれも違うだろう。ハラハラよりもビクビクに近い。


「どうもこうも、何もないぜよ」

「へー、なんかしつこかったけどな。俺んとこにも連絡来て」

「丸井先輩に、仁王先輩と会えるようにしろって来たんでしたっけ?」

「そう、マジ面倒くせー女。顔はかわいいけど」


あたしの知らなかった情報が次々と出てきて、理解するのが精一杯。ようするに、あのとき仁王も言ってたけどやっぱり復縁を目論んでたってこと。しつこいぐらいに丸井も巻き込んで。

浮気したのは自分じゃん。裏切って捨てたのは自分でしょ。仁王が傷ついてないとでも思ったのか、泣かなかったとでも思ったのか。そんなはずないでしょう。誰よりもあたしよりも仁王のそばにいたくせに。あーそうだね、なるほどようするに。


「…っ仁王のこと何だと思ってんだよあの女!」


ダンッと、テーブルに打ち付けた自分の拳が痛い。掌に食い込んだ爪も痛い。そして何より、みんなからの視線も痛い。

ずっとモヤモヤしてた。あたしは当事者でもないし、仁王がずっと好きだったんだからと、あんまりあの子のことを悪く言うのは避けたかった。でももう、話を聞けば聞くほど怒りが止まらなくなって。

一瞬間を置いて、最初に笑い出したのは丸井だった。彼らしい豪快な笑い声が響く。


「お前変なタイミングでキレんなよ」

「あーびっくりしたっス…。瀬戸先輩がそんなキレてんの初めて見た!」

「まぁ気持ちはわからねぇでもないがな」


正面の丸井パーティー初期メンバー3人から口々に言われ、どおどおとでも言うかのようにはるかには肩をさすられ宥められ。


「そんなことしたら手痛くなるじゃろ」


少し呆れたように、でも優しく笑いながら、仁王におしぼりを差し出された。他のものと違ってさっき出されたばかりの仁王のおしぼりは、じんわりあったかい。仁王の言う通り痛くなってしまった手が癒される。


「…忍びねえです」

「構わんぜよ」


いつになく優しい声だ。いつも通りのボケなのに、優しい声が右側の耳に舞い込み、あたしの胸をきゅうっと締め付ける。

目を逸らしあって、気まずいなんて思ったけど。仁王は仁王のまま。
さっきまでの怒りは、このあったかいおしぼりと仁王の優しさで鎮まった。

ただ、あたしも仁王に酷いことを言ったんだと今さら気づいた。ずっと好きだった彼女なんだから許せるか考えてみたら、なんて。…ごめんねって言いたい。

そんなことを考えていると、丸井が、テーブルの上に出していた携帯や財布をポケットに仕舞い始めた。


「そろそろいい時間だな。さっさと次の会場に向かおうぜ」


次の会場?そんなの企画してたの?まぁ今日は丸井ブン太主催丸井ブン太バースデーパーティーだから、詳細は知らないんだけど。というかパーティーってよりただの食事会だけど。


「どこに行くの?」

「こーこ!」


あたしの質問に丸井が元気よく答えたその、ここ、とは、このお店というわけではないらしい。

丸井が仁王を指差していたから。何を言いたいかすぐに予想はついた。
そしてそれは仁王も同じくだったんだろう。深いため息が聞こえてきた。


「…次うるさくしたら管理人に追い出されるんじゃけど」

「安心しろい!静かにするって」


この男の静かにするという言葉ほど疑わしいものはない。それはここにいる誰もが、たぶんはるか以外はわかってる。

渋る仁王だったけど、今日の主催も主賓も丸井ということで、ウェイウェイ言いながら、あの部屋へとあたしも再び向かうこととなった。
声が優しいのはずるいよね
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