第2話


ゴールデンウィークなんて誰が名付けたんだろう。なんて絶妙な名前。そう思ってたのは去年までの話。

3年に上がってからは、クラス内がすごく楽しかった。一年しかこのクラスがないなんて、今からその終わりが寂しく思えちゃうぐらいに。

そのゴールデンウィークが明けた後、我が女子テニス部には来客が。


「あ、久しぶりー、光希!」

「お久しぶりです、楓先輩!」


楓先輩は去年までいたテニス部の先輩で、すごく仲良くしてもらってた。久しぶりの再会だったけど、かつてと同じように優しい笑顔を見ると、あたしの心も和む。


「聞いたよ光希、羽山先生のクラスなんだって?」

「え!…あ、ハイ、まぁ…」

「よかったじゃん!」


そう言って肩をバシンと叩かれた。叩かれたけどもちろん優しくね。あたしはと言うと、その楓先輩の言葉を聞くと同時に顔が赤くなってたらしく、かわいい〜って、褒められ(?)た。


「せ、先輩こそ!」

「えー?」

「最近どうなんですか?」

「そうだねぇ、光希の近況も教えてくれたらね」

「えー!あたし先輩のこと心配してるのにー!」


楓先輩は、女のあたしから見てもめちゃくちゃかわいいと思える先輩で。内面ももちろん見た目もだし、テニスも上手いし料理とかも得意なザ・女子って感じで、みんなの憧れの的だった。

そんな先輩が遊びに、というか練習に参加しに来てくれたので、他の部員、女子も男子も浮き足立ってる。

そして特にあたしは、楓先輩が元気そうでほっとした。心配してたこともあったから。


「野々原先輩」

「ん?」


楓先輩に見惚れていると、コソコソっと近寄ってきた後輩の冴島さんが話しかけてきた。後輩の中でもよく話すほうで、テニスもうまくてそれ以外にも去年から風紀委員会所属の優等生。


「楓先輩って、男子にも人気ありますよね」

「そうだねぇ。見てみなよ、あれ」


そう言ってあたしはコートの外、もっと言えばフェンスの外を指差した。隣で、全国3連覇を目指しているはずの男子部員も、手が空いてる人はこっちを見てる。その中には同じクラスの仁王や、彼と仲の良い切原くんなんかもいた。

今の2年生が去年、入部してちょっと経ったら当時の3年、つまり楓先輩たちが引退しちゃったから、あまり絡みがなくてこの光景が物珍しいんだろう。


「やっぱり3年生にとっては憧れなんですか?」

「まぁね〜ほら、かわいいし優しいし。仁王も…あ、同じクラスなんだけど、楓先輩の作ったお菓子ぐらいなんだって、受け取るの」

「…へぇ、そうなんですか」


興味があったから聞いてきたのかなって思ったから、あたしは自分の知ってる限りの情報を言っただけなんだけど。冴島さんは少し、顔を曇らせた。

…あ、そういえば冴島さん、3年の男子部員に好きな人がいるって話聞いた気がする。誰だっけ、えーっと……、

その相手を思い出そうと頑張ってたとき、悲鳴が同時にいくつも聞こえた。
その悲鳴のした方を見ると、蹲る楓先輩。


「…楓先輩!」


すぐに駆け寄って周りに聞くと、試合を観戦中、隣のコートからのボールが顔面に当たってしまったらしい。楓先輩は目の辺りを押さえて苦しそうにしてる。頭に当たったんなら、脳震盪の可能性もあるし動かせない。

どうすればいいんだろう…!初めての体験に混乱してると、大きな声が耳に届いた。


「楓!」


男子コートから走って駆けつけた、丸井だった。

何で丸井がわざわざ来るんだろうとか、何で呼び捨てなんだろうとか、そんな場違いなことを考えながら、その二人をじっと見るだけしかあたしには出来なかった。


「…あー、ブン太?」

「ああ、俺だよ。大丈夫か?俺のこと見える?」

「うん、見える…」

「頭は痛い?吐き気とかするか?」

「ううん、ほっぺたのとこに当たっただけだから…」

「たぶん腫れるな…とりあえず保健室連れてく」


そう言って、丸井は楓先輩をおんぶした。近くにいた部長たちもそれに付き添って、そのままゆっくり保健室に向かった。

一連の流れに、あたしはビックリして動けなかった。情けないけど。
でも、ほんとに場違いだけど、あの丸井の行動にも驚いて。


「脳震盪じゃなきゃいいがのう」


あたしに向けられた呟くような声に、横を向くと仁王も来てた。その周りには男子部員も何人か。


「…仁王」

「ん?」

「丸井ってさ、もしかして」


そこまで口にして、ああこれは今のここで言っちゃダメだろうなって思った。例え周りには聞こえないレベルの小声でも。そんな空気じゃないって。

でも仁王はあたしの言葉の先を理解して答えてくれた。


「ああ、片思いってやつじゃ」

「やっぱり!へぇー!そうなんだあ…」

「地元っちゅうか小学校も同じだったらしいぜよ」

「知らなかった!…てことは、片思い長いのかなあ」


楓先輩は誰でも憧れてしまうような人だから。それはすごく納得な話。でも………。


「丸井、知ってるのかなあ」

「何が?」

「え!い、いや…何でも!」

「それより、お前さんこそステキな片思い中じゃろ?」

「…は!?」

「いいねぇ、担任教師にほのかな憧れを抱く女子生徒」

「な、なんでそれを…!」

「バレバレじゃって」


何で仁王にバレてたのか、たぶん仁王はやっぱり協力なんてせず素見すだけだろうな、ニヤけた仁王の顔を見てそんなことが頭を過ぎりつつ。

状況が状況なのにギャーギャー仁王と騒いでしまったせいで、うちら二人は男子部副部長に外周を命ぜられた。
…覚えとけよ仁王。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

部活終了後に保健室へ向かうと、氷でほっぺたを冷やす楓がいた。大事には至らなくてホッとしつつ、そのまま家まで送って行くことにした。


「ありがとうね、ブン太」

「いや。ちゃんと病院行ったほうがいいと思うけどな」

「大丈夫だって。あんまり大ごとにしたくないし」


さっきも、ぶつけちゃった子が泣きながら謝りに来て逆にかわいそうなことしちゃったって、申し訳なさそうに笑ってた。なんつーか、人がいいんだよな、楓は。

家が同じ方面で行こうと思えばすぐ行ける距離なんだけど、一緒に帰るのはすげー久しぶりだった。卒業したからって言うのもあるけど。それ以外にも。


「…あれ?」

「ん?」


楓の見ている方を目で追うと、同じクラスの野々原がいた。ついでにその隣には、うちの担任の羽山センセー。


「野々原と羽山?なんで…」

「あ、ブン太って光希と同じクラスなんだっけ?」

「ああ、あと仁王も。ついでにあの羽山が担任」

「ふふ、知ってる」


何で知ってんのか、野々原に聞いたのか。それより何で野々原と担任が放課後っつーか、夕方むしろ夜とも言える時間帯に一緒にいんのか。…一緒に帰ってるってことだよなぁ。二人とも荷物持ってるし。


「光希と羽山先生、家がお向かいさんなんだよ」

「え!そーなの?」

「うん。昔からお世話になってるみたい」


へー…へー…ご近所さんってことか。たまたまなのか?まさか馴染みのやつがいる中学だから受験したとか?…いやーまさか、あの野々原がなぁ。

野々原は同じクラスで隣の席になってからめちゃくちゃ話すようになった。俺から見て、まぁノリもいいし、女子ってよりは気の合う同性仲間って感じ。…んなこと本人に言ったら怒られそうだけど。


「光希、幸せそうだなー」


楓の言葉に、離れた距離の二人をじっと見た。…幸せそう?確かに野々原はめちゃくちゃ笑ってるけど。

…あれ?ってことは、ひょっとして。


「なぁ」

「うん?」

「野々原って、もしかして」


そこまで言ったところで、楓はそれまで以上ににこーっと笑った。


「それは本人に聞いてみたら?」

「え」

「光希は素直だから、たぶん何でも話してくれるよ」


何でも…はどうだかな。仲は良いし、あいつが素直って言うのは同感だ。なんか思ったことは素直に言うタイプ。でも前、確か仁王に…、

そうそう、そうなんだよ。仁王に言われてたんだよ。好きな人がいるだろって。あからさまに否定してたけど、図星だったってことか。


「じゃあね、ブン太。送ってくれてありがとう」

「おう…えっと」

「?」


野々原の恋話もそこそこ気にはなるけど。俺はそれよりもずっとずっと、楓に聞きたいことがある。
でも聞けない。楓がこんなふうに俺に笑いかける限りは。


「いや。お大事に」

「うん、またね」


楓は今どうなんだってこと。もう背を向けて歩き出した後じゃ聞けるわけもない。

さっきの野々原を思い浮かべた。確かに楓の言った通り幸せそうだった。まぁ相手が先生なだけに、年齢差はもちろんおそらく彼女とかすでにいそうだけど。

急にあいつと、今まで以上にいろいろ語りたくなってきた。


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