第3話


朝のHRが終わった後。担任の羽山先生と目が合うと手招きをされた。ちなみに羽山先生は数学教師。


「光希ー、あとブン太ー、ちょっとこっち」


同じく呼ばれた隣の丸井と無言で目を合わせ、お互いにごくっと唾を飲んだ感じ。

そう、何となくだけど、お互い呼ばれた理由がわかってる。


「そんな顔してるってことは心当たりがあるわけだな」


にっこり、普段あたしがイチコロのそんな笑顔で先生には言われたけど。


「数学の課題。たーっぷり出してやったぞ」


ほんとにたーっぷり。先生からそれぞれに渡されたプリントは、再生紙のくせに分厚い。…これ何枚あるんだ。


「こんなに出来ません!毎日部活だし!」

「そーだぜ!つーか野々原はまだしも俺はレギュラー練習もあるし!」

「そうそう!部活が毎日とてもハードで…いや、丸井裏切らないで!」

「実際俺はレギュラーだし」

「あたしだってベンチだもん」

「ベンチはベンチだろぃ」

「あー!ベンチウォーマーバカにした!先生!これは大問題です!」

「上等だぜ!さぁ先生、俺と野々原どっちが正しいか判定…」

「はい、お前らそこまで」


あたしと丸井による小芝居からの話題転換作戦は失敗に終わり。グイグイ押されに押され、結局受け取らざるを得なかった。

くそー…まぁ確かに先月の中間考査で我々は赤点だったけど。丸井は理科だって赤点だったけど(あたしは90点)、理科は別にお咎めなし。数学だけなんだよね、こんなに厳しいの。
…まぁでも、きっと羽山先生は心配してくれてるんだろうなあ。

スッキリした面持ちで去ろうとする羽山先生を、恨めしさと有り難さ半々に見送っていたら、くるりと振り返った。


「二人とも今日放課後やるか?」

「「えー…」」

「今日やるなら俺が見てやるぞ」

「「えー…」」

「やるのか、やらないのか」

「やります!」


やるのはほんとに勘弁なんだけど。羽山先生が見てくれるんならいいかなって。地獄に仏的な?

丸井も乗ってくるかなぁって思ったけど、丸井は曖昧な返事だった。きっと明日から本気出す!みたいなこと考えてるんだろう。もしくはあの怖い真田に部活遅れますなんて言えないとか。

でも一人だと大変だし。放課後まで渋ってた丸井も強引に引き止め、二人でミニ補習を受けることになった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

放課後、膨大な量の課題を抱え、俺としては気が進まないミニ補習が3年B組教室で始まった。

気が進まないってのは、こんだけあるっていうのがもちろん一番。今回赤点だっただけで普段はそこまで悪くもないし。隣の野々原は国語も苦手らしいけど。俺は得意だけど。

あと気の進まない理由がもう一つ。


「ちょっと電話きたから席外すな」


ちょっと経った頃、羽山が廊下に出てった。歩いて行く音も聞こえたから、近くにはいなさそうだ。

これ幸いと休憩しようと思ったけど。野々原は、まだ真剣に机と向き合ってる。羽山がいるから真面目にやってんのかな。じっと見てても気付かない。…机から顔近過ぎじゃね。


「なぁ」


10分かそれぐらい経ったとき、俺の呼びかけにようやく野々原は顔を上げた。


「羽山遅くねぇ?」

「んー…、そういえば」


時計を見て自分もそう思ったんだろう。気配もない廊下の方に目をやったあと。


「たぶん、彼女から電話でもあったんじゃないかなあ」


そう、笑って言ってのけた野々原にちょっとビックリした。
羽山に彼女がいることなんかは別に。俺は知らなかったけど年齢も年齢だし、男の俺から見ても、大人の男性って感じでカッコ良くは見える。いてもおかしくない。

そうじゃなくて、野々原が知ってたってこと。


「羽山彼女いんだ?」

「いるよ。うち近いから、前に何度か見たことあるし」


へー…って、ずいぶん間抜けた声が出たけど、俺の戸惑いに、野々原は気付いてなさそう。

そういや楓が言ってたっけ。昔からご近所さんって。
彼女がいるのに好きになったのか。好きなのに彼女が出来たのか。もし後者だとしたら。辛かっただろうよ。


「…いいの?」


聞いてから、あ、俺こいつ本人から聞いたわけじゃなかったって思い出した。俺の変な質問でもきっとその意味はわかったんだと思う。素直な野々原がほんとに素直に動揺して顔もちょっと赤くなったのを見て、やっちまったーと思った反面。
前に思った、語りたいなって気持ちが湧いてきた。


「い、いいって何が…!」

「あいつに彼女いても」

「えぇ!?」

「つーか、今日だって二人きりのチャンスだったじゃん。俺いない方が良かったんじゃねーの?」


そう言うと野々原は、顔を下に向けた。別にさっきまでみたいに課題に向き合うためじゃない。あー、余計なこと言っちまったなって、ちょっと後悔しかけた。

でも野々原からは、全然予想してなかった言葉が出た。


「好きだから」

「…え?」

「好きだから、先生が幸せならそれでいいかなあ」


また笑ってた。それ見て心底すげーなって思った。カッコいいって。

俺はそんなふうになれない。俺は好きな人なら自分のものでいて欲しいって、思うから。


「ていうか、それ仁王から聞いた!?」

「いや。楓からやんわり」

「ええー!楓先輩!?」

「いやいや、ハッキリ聞いたわけじゃねーよ。前にお前らが一緒に帰るとこ見てさ」


それから、あの日のことを話した。俺らが一緒に帰ってたら、お前らを見つけてって。野々原は、もー楓先輩誤魔化してよーって、膨れてたけど。

言ってから、またしまったと思った。俺から楓の名前を出したことに。それはこいつの好きな人の話題をやんわりでもバラしたからってことじゃない。
俺自身に話が及んじまうんじゃないかって。その予感は的中した。


「それよか丸井もでしょ?」

「…え」

「楓先輩に、おーねーつ」


ずいぶん古臭い台詞だな。そう思いつつ、明らか素見しモードの野々原に軽く怒りを覚えつつ。


「…誰に聞いたんだよ」

「さぁ、誰でしょう?」

「仁王だな」

「え!なんでわかるの!?」

「こんなことバラすの仁王ぐらいだぜ」


へーなるほど、なんて感心してたけど。実際はちょっと意味合いが違う。
今現在でも俺の恋路を茶化す勇気があるやつは仁王ぐらい。何でか?


「まぁ、あいつには彼氏いるけどな」


笑ってたくせに、自分のこと棚に上げて人のことからかってたくせに。急に野々原はビックリした顔をした。ビックリっつーか、戸惑ってる感じ。
たぶん、さっきの俺と同じ感じ。


「…丸井、知ってたんだ?」

「ああ。よくデートしてるぜ。楽しそうに」


こいつが自分ちの近所である羽山のデートを目撃してるように、俺も楓のデートは何度も見てる。彼氏も家が近いんだよな。そんで言った通りほんとに楽しそうに、幸せそうにしてる。
それ見て嫉妬する自分と、楓の顔見てうれしくなる気持ちがある。


「何で楓先輩が好きなの?」

「何でって…」

「いや、あたしから見てもかわいいし性格もいいけど。彼氏いるのにさ、何でかなって」

「んー…うまいもんくれるから。昔から手作りのお菓子とかしょっちゅう貰ってた」

「え、それでなの?」

「俺にとってそこは重要なんだよ」

「へぇー…あ、丸井の好きな子のタイプは物くれる子だって聞いたことあるなあ」


そう、そうなんだ。最重要事項だそれは。
でもほんとはそれは逆なんだ。好きなやつがうまいもんくれるからってことで。

俺は、好きになってから楓に彼氏が出来た。だから俺の失恋を知ってるテニス部連中なんかはもう、その話題は出さない。…仁王以外はな。
その順番が野々原と同じなのか違うのかわかんないけど。少なくともさっきこいつが言ってたことは、今の俺には到底思えないことだった。

でも、それでも楓が笑ってるところを見るのはうれしいんだ。恋って矛盾ばかりだと思う。


「ねぇねぇ、そういえば」

「ん?」

「仁王もさ、好きな人いると思わない?」


突然話を切り替えた野々原。次第に表情を曇らせた俺に気を使ってくれたんだろうな。

突拍子も無い話題だけど、俺もそれはあり得る話だと思ってたから。同じ考えのやつがいて、ちょっと元気が戻った。


「やっぱお前もそう思う?」

「うん!丸井もそう思ってた?」

「ああ。ほら、前にさ、お前に好きな人いるかどうか聞いたときあったじゃん」

「そうそう!あたしもそのときそうなのかなって思ったんだよね!」

「仁王が片思いとか、マジならウケるよな」

「ねぇ!あんな飄々としてるけど、案外好きな子の前ではーとか…」


そう仁王の恋話の想像っつーか妄想に花が咲き始めたとき。羽山が戻ってきちまった。あーあ、話が盛り上がってきたところなのによ。

どうせずっと休憩してたんだろって羽山に疑われてもうれしそうな、あの日見たような幸せそうな顔をする野々原に。

何だか憧れのような。でも遠いもんじゃなくて、自分と同じ境遇のすごく近い、一体感のような。
そんな気持ちが芽生えた。


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