それは5年前、あの海に近い場所で彼らと過ごした一年。そのときはわからなかった二度ない青春の真っ只中を、確かにあたしは走ってた。
「おーくーれーるー!」
今日はテニス部の朝練がちょっと長引いた。なぜかって、それはあたしが今日の朝練に遅刻したから練習後、グラウンドを走らされてたんだよね。ほんとうちの部は男女ともに厳しい。…まぁあたしがあんまり真面目じゃないからだけど。
昨日から新学期、というか新学年。3年生に上がったんだ。最上級生らしい行動をと、うちの部長はめちゃくちゃ張り切ってる。
つまり朝練だけでなく新学年2日目にして遅刻はまずいわけ。部活ですらこんなに走らないほど全力で、廊下を駆け抜けた。
「遅くなりましたー!」
勢い良く教室に飛び込むと、もうすでに先生がいた。担任の羽山先生。
「おー、遅いぞ光希」
「すみません!」
「部活長引いたのか?」
「は、ハイ、まぁ…」
「なるほど、グラウンドを走らされてたのは気のせいか」
「…知ってるじゃん!」
羽山先生は担任兼女子テニス部顧問。若くてちょっとイケメンで、生徒のこと名前で呼んだりこんなふうにフランクに接してくれる。たまに意地悪だけど優しくてすごくいい先生で……、
「…っと、お前らも遅いぞ。ブン太、雅」
その羽山先生の視線はあたしの少し上、というか後ろに向かってた。
振り返ると後ろには、同じクラスの丸井と仁王がいた。部活も同じテニス部。
その二人もさっきのあたしのようにすみませんと言うと、早く着席しろと言う先生の言葉に、揃って席についた。
昨日、新学年初日にして席替えをしてて、あたしは教室のほぼ真ん中の位置。そしてその隣は。
「…ん?なに?」
「え、いや、…おはよう」
「ああ、おはよ」
じーっと見てたらちょっとだけ怪訝そうにされちゃった。そう、あたしの隣は丸井。
同じクラスになったのは初めてで、同じテニス部だけどあまり話したことはなかった。丸井は仲良しな女子がたくさんいるけど、それはいわゆるお菓子ガールズで、丸井に貢ぎ物をする女子たち。お菓子なんか作ったこともないあたしとは、ある意味縁遠い関係だった。
見れば見るほど赤い髪だねって思ってたんだけど、たぶん褒め言葉とは言えないものだから、ぐっと飲み込んだ。
朝のHRも終わってさっそく、今日は1時間目から授業が始まる。その、始まった直後だった。
「なぁ、シャーペンもう一個持ってない?」
全然話したことのない丸井から、そうヒソヒソ声で聞かれた。
ちなみに丸井の後ろは仁王。仁王は持ってなかったらしく、あたしに持ちかけられたというわけ。
「えーっと…うん、あるよ」
「マジで。貸してくれ」
「いいよ、はい」
「サンキュー」
限りなく小声だけど、笑顔でそうハッキリとお礼を言われた。仲良いわけじゃないけど、良いことすると気分がいい。
そして授業は中盤に差し掛かった。1時間目とはいえ、早起きでさっきまで全力で部活をやってた。そしてグラウンドも走った。そのあと全力疾走もした。それゆえに眠気が……。
先生が黒板に向かったその隙に、ふあ〜あと、デカい欠伸をした。
「…ぷっ」
し終わったと同時、隣から軽く吹き出す声が聞こえてきた。涙目ながらに見ると、丸井があたしを見て笑ってた。
「でっけー欠伸」
「あ…、い、いや…!」
「これ」
丸井からぽんっと机に何か投げ込まれた。見たら、ガムだった。
不思議に思って丸井を見ると、シャーペンを振って笑ってる。口パクで、“お礼”だって。
仲良くなかったけど。でも、仲良くなれるかも。そう感じられるほど、丸井は明るく笑ってた。
「ありがとう!」
声を出してから失敗に気付いた。先生も周りのクラスメイトもみんな、驚いた顔でこっちを見てる。
丸井と無駄話してたんじゃないかって先生には疑われて。とりあえず、消しゴムを拾ってもらって大声出しちゃいましたと謝ったけど。
…うわー恥ずかし過ぎる!新学期新クラス早々何やって…、
「声もでけーな」
小さく聞こえた声に横を向くと、また丸井が笑ってた。丸井にもちょっと迷惑かけちゃったし恥ずかしかったんだけど。
でもそんなの吹っ飛ばしてくれるような、励まされるような笑顔で。
そのあとの休み時間、ガムありがとうと改めて伝えると、こちらこそってまた笑ってた。
きっと、いいやつなんだろうなって、そう思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから10日ほど経った頃。新学年の始めの頃は、理系が苦手の俺ですら別に授業内容は難しく感じない。授業に部活に休みの日は遊びにと、春ながらに温かい日を過ごしていた。
そしてある日の朝、席に座っていると、遅れて到着した野々原がめちゃくちゃビックリした顔をしてた。
その理由はたぶん、俺の机に積まれたたくさんのプレゼントたち。
「よう、おはよ」
「おはよ…っていうかどうしたの?それ」
「貰った。俺今日誕生日なんだ」
「へぇー…すごい数!」
「だろぃ?」
「すごいんだねぇ!うわー、モテモテ!」
ああ、ほんとにすごい数だろぃ。男子テニス部員は、毎年バレンタインとかでもたくさん貰える。さらに誕生日ともなれば、ただのチョコだけじゃなくその他のプレゼントも。
見るからに感心、というか感嘆の声をあげる野々原に笑ってたら、後ろから仁王も会話に加わってきた。
「ブン太は催促するからのう」
「せっかくだし、いろんなうまいもんいっぱい食いたいだろぃ」
「なるほどー。それにしてもすごいねぇ。モテモテじゃん丸井!」
「仁王も毎年すごいんだぜ」
「俺はいらんもんはいらんって返すぜよ」
ああ、そういえば確かに。そんな仁王に泣いた女子は数知れず。
野々原は、ひたすらすごいなぁさすがだなぁって言ってる。そんな感心されると、照れるしうれしくもある。
「あ、野々原」
「ん?」
「お前、桜餅好き?」
「?うん、好きだよ」
「そっか、ならこれやる」
机にあったものから一つ、渡した。さっき全然しゃべったことないやつに桜餅だって貰ったやつで。俺は和菓子全般好きだし風流なもんだけど、期限も早そうだし、友達ってわけでもないしいいかなって。
「…え、でも」
「たくさんあるからな」
そう、悪い意味じゃなく。単に隣の席で、少なくともこいつは友好的な態度で接してくれてるから、あくまで善意でそうした。
でも野々原は、さっきまでの感心したような明るい顔から一変、表情をなくした。
「あたしは貰えないよ」
そう言うと、丁寧に俺の机に戻した。
「丸井にって、あげたんだもんその子」
「……」
「食べきれなくて捨てられても、あたしだったら他の人に渡して欲しくないなあ」
今まではたいして仲も良くなかった。でも同じクラスで隣の席になってからは普通に、というか仲良く出来そうなやつだなって感じてた。
だから、そんなふうにマジに返されて、驚きと戸惑いがあった。
少し流れた変な空気。それを変えてくれたのは、仁王だった。
「へぇ、野々原、好きなやつおるんか」
「……え!?」
「そう思うような相手がおるってことじゃろ?」
「え!い、いや…!」
「ほほー、図星か。誰じゃ、協力してやるから教えんしゃい」
「いい!いらない!」
しばらくからかう仁王と野々原の押し問答が続いた。協力してやるからなんて言っても、仁王はそんなことやらず逆に素見すだけってのは野々原ですらわかってるんだろう。
俺は、驚きはそのままあったけど、戸惑いは消えた。
何でかって、俺にもその気持ちがよくわかるから。ついでにおそらく、その話題を持ち出した仁王も。
「…そうだよな」
「え?」
「いや、俺だってそうされたら嫌だって、今思ってさ」
「……」
「変なこと言っちまってごめんな」
そう言うと、あたしこそ変に返してゴメンって、明るく言われた。
仲良く出来るっていうのは間違いじゃないって、そう思わせてくれる笑顔だった。
いいやつなんだろうなって、そう思った。
「おーくーれーるー!」
今日はテニス部の朝練がちょっと長引いた。なぜかって、それはあたしが今日の朝練に遅刻したから練習後、グラウンドを走らされてたんだよね。ほんとうちの部は男女ともに厳しい。…まぁあたしがあんまり真面目じゃないからだけど。
昨日から新学期、というか新学年。3年生に上がったんだ。最上級生らしい行動をと、うちの部長はめちゃくちゃ張り切ってる。
つまり朝練だけでなく新学年2日目にして遅刻はまずいわけ。部活ですらこんなに走らないほど全力で、廊下を駆け抜けた。
「遅くなりましたー!」
勢い良く教室に飛び込むと、もうすでに先生がいた。担任の羽山先生。
「おー、遅いぞ光希」
「すみません!」
「部活長引いたのか?」
「は、ハイ、まぁ…」
「なるほど、グラウンドを走らされてたのは気のせいか」
「…知ってるじゃん!」
羽山先生は担任兼女子テニス部顧問。若くてちょっとイケメンで、生徒のこと名前で呼んだりこんなふうにフランクに接してくれる。たまに意地悪だけど優しくてすごくいい先生で……、
「…っと、お前らも遅いぞ。ブン太、雅」
その羽山先生の視線はあたしの少し上、というか後ろに向かってた。
振り返ると後ろには、同じクラスの丸井と仁王がいた。部活も同じテニス部。
その二人もさっきのあたしのようにすみませんと言うと、早く着席しろと言う先生の言葉に、揃って席についた。
昨日、新学年初日にして席替えをしてて、あたしは教室のほぼ真ん中の位置。そしてその隣は。
「…ん?なに?」
「え、いや、…おはよう」
「ああ、おはよ」
じーっと見てたらちょっとだけ怪訝そうにされちゃった。そう、あたしの隣は丸井。
同じクラスになったのは初めてで、同じテニス部だけどあまり話したことはなかった。丸井は仲良しな女子がたくさんいるけど、それはいわゆるお菓子ガールズで、丸井に貢ぎ物をする女子たち。お菓子なんか作ったこともないあたしとは、ある意味縁遠い関係だった。
見れば見るほど赤い髪だねって思ってたんだけど、たぶん褒め言葉とは言えないものだから、ぐっと飲み込んだ。
朝のHRも終わってさっそく、今日は1時間目から授業が始まる。その、始まった直後だった。
「なぁ、シャーペンもう一個持ってない?」
全然話したことのない丸井から、そうヒソヒソ声で聞かれた。
ちなみに丸井の後ろは仁王。仁王は持ってなかったらしく、あたしに持ちかけられたというわけ。
「えーっと…うん、あるよ」
「マジで。貸してくれ」
「いいよ、はい」
「サンキュー」
限りなく小声だけど、笑顔でそうハッキリとお礼を言われた。仲良いわけじゃないけど、良いことすると気分がいい。
そして授業は中盤に差し掛かった。1時間目とはいえ、早起きでさっきまで全力で部活をやってた。そしてグラウンドも走った。そのあと全力疾走もした。それゆえに眠気が……。
先生が黒板に向かったその隙に、ふあ〜あと、デカい欠伸をした。
「…ぷっ」
し終わったと同時、隣から軽く吹き出す声が聞こえてきた。涙目ながらに見ると、丸井があたしを見て笑ってた。
「でっけー欠伸」
「あ…、い、いや…!」
「これ」
丸井からぽんっと机に何か投げ込まれた。見たら、ガムだった。
不思議に思って丸井を見ると、シャーペンを振って笑ってる。口パクで、“お礼”だって。
仲良くなかったけど。でも、仲良くなれるかも。そう感じられるほど、丸井は明るく笑ってた。
「ありがとう!」
声を出してから失敗に気付いた。先生も周りのクラスメイトもみんな、驚いた顔でこっちを見てる。
丸井と無駄話してたんじゃないかって先生には疑われて。とりあえず、消しゴムを拾ってもらって大声出しちゃいましたと謝ったけど。
…うわー恥ずかし過ぎる!新学期新クラス早々何やって…、
「声もでけーな」
小さく聞こえた声に横を向くと、また丸井が笑ってた。丸井にもちょっと迷惑かけちゃったし恥ずかしかったんだけど。
でもそんなの吹っ飛ばしてくれるような、励まされるような笑顔で。
そのあとの休み時間、ガムありがとうと改めて伝えると、こちらこそってまた笑ってた。
きっと、いいやつなんだろうなって、そう思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから10日ほど経った頃。新学年の始めの頃は、理系が苦手の俺ですら別に授業内容は難しく感じない。授業に部活に休みの日は遊びにと、春ながらに温かい日を過ごしていた。
そしてある日の朝、席に座っていると、遅れて到着した野々原がめちゃくちゃビックリした顔をしてた。
その理由はたぶん、俺の机に積まれたたくさんのプレゼントたち。
「よう、おはよ」
「おはよ…っていうかどうしたの?それ」
「貰った。俺今日誕生日なんだ」
「へぇー…すごい数!」
「だろぃ?」
「すごいんだねぇ!うわー、モテモテ!」
ああ、ほんとにすごい数だろぃ。男子テニス部員は、毎年バレンタインとかでもたくさん貰える。さらに誕生日ともなれば、ただのチョコだけじゃなくその他のプレゼントも。
見るからに感心、というか感嘆の声をあげる野々原に笑ってたら、後ろから仁王も会話に加わってきた。
「ブン太は催促するからのう」
「せっかくだし、いろんなうまいもんいっぱい食いたいだろぃ」
「なるほどー。それにしてもすごいねぇ。モテモテじゃん丸井!」
「仁王も毎年すごいんだぜ」
「俺はいらんもんはいらんって返すぜよ」
ああ、そういえば確かに。そんな仁王に泣いた女子は数知れず。
野々原は、ひたすらすごいなぁさすがだなぁって言ってる。そんな感心されると、照れるしうれしくもある。
「あ、野々原」
「ん?」
「お前、桜餅好き?」
「?うん、好きだよ」
「そっか、ならこれやる」
机にあったものから一つ、渡した。さっき全然しゃべったことないやつに桜餅だって貰ったやつで。俺は和菓子全般好きだし風流なもんだけど、期限も早そうだし、友達ってわけでもないしいいかなって。
「…え、でも」
「たくさんあるからな」
そう、悪い意味じゃなく。単に隣の席で、少なくともこいつは友好的な態度で接してくれてるから、あくまで善意でそうした。
でも野々原は、さっきまでの感心したような明るい顔から一変、表情をなくした。
「あたしは貰えないよ」
そう言うと、丁寧に俺の机に戻した。
「丸井にって、あげたんだもんその子」
「……」
「食べきれなくて捨てられても、あたしだったら他の人に渡して欲しくないなあ」
今まではたいして仲も良くなかった。でも同じクラスで隣の席になってからは普通に、というか仲良く出来そうなやつだなって感じてた。
だから、そんなふうにマジに返されて、驚きと戸惑いがあった。
少し流れた変な空気。それを変えてくれたのは、仁王だった。
「へぇ、野々原、好きなやつおるんか」
「……え!?」
「そう思うような相手がおるってことじゃろ?」
「え!い、いや…!」
「ほほー、図星か。誰じゃ、協力してやるから教えんしゃい」
「いい!いらない!」
しばらくからかう仁王と野々原の押し問答が続いた。協力してやるからなんて言っても、仁王はそんなことやらず逆に素見すだけってのは野々原ですらわかってるんだろう。
俺は、驚きはそのままあったけど、戸惑いは消えた。
何でかって、俺にもその気持ちがよくわかるから。ついでにおそらく、その話題を持ち出した仁王も。
「…そうだよな」
「え?」
「いや、俺だってそうされたら嫌だって、今思ってさ」
「……」
「変なこと言っちまってごめんな」
そう言うと、あたしこそ変に返してゴメンって、明るく言われた。
仲良く出来るっていうのは間違いじゃないって、そう思わせてくれる笑顔だった。
いいやつなんだろうなって、そう思った。