序幕


一通の手紙が届いた。それは寒い季節が終わり、上着もいらなくなった暖かい春の朝。

今月から大学生活2年目が始まった。中高は一貫の私立だったけど、高校卒業後都内に引越した。大学はもともと都内を選んでた。そのまま附属大学に進学っていう選択肢もあったけどやめた。したくなかったわけではないけど、自分を引き止める何かがあの海に近い場所にはなかったと、そうも考えられる。

だからその手紙が手元に届いたとき、驚くほど心臓が飛び跳ねた。同時に、この今日の陽気のような暖かい懐かしい気持ちも、胸を刺すようなあの頃の後悔も湧いてきた。

手紙には、いつかした“約束”について書かれてあった。それは1年前まで住んでいた地元の名所へ一緒に行くというもので、日時は1週間後を指している。
差出人は、同じ中学同じテニス部、同じ3年B組だった、友達。

携帯の電話帳を開いて、久しぶりに当時の共通の友達へ連絡をした。


『おう、久しぶりじゃな』


その電話相手は仁王。高校の途中で転校した仁王とは、それ以来会ってなかった。もしかしたら向こうじゃ自分の番号は消えてるんじゃないかって、そう心配したけど、名乗る前に相変わらずの胡散臭い方言で声が聞けた。


『……マジか』

「マジです」

『手紙か…、そういやそんなもんあったのう』


その内容を伝えると、さすがの仁王でもちょっとビックリしてた。でも久しぶりの会話にも拘らず、あの日となんら変わらない口調。それはきっとあまりに現実感がないというか、おそらくまったく予想もしていなかったことだから。無理矢理に引き起こされた懐郷のような気持ちに戸惑いもあったんだ。


『で、行くんか?』


仁王の質問に対し少し迷った。あの場所へ行くという、その“約束”のことは確かに覚えてる。というより、その“約束”はずっと、心残りだったものだから。


「…なんかさ」

『うん』

「懐かしいなって、思った」

『…そうじゃな』

「めちゃくちゃ楽しかったな、あの頃」


そう、懐かしい。あの頃の自分や仁王、その周りにいた人たちも当時の生活も、そして差出人もすべて、この手紙で蘇ってきたんだ。


『俺も行こうか?』


予想外だった仁王の言葉。懐かしい楽しかったと思えるその中に、確かに仁王もいるけど。


『今更有効かどうかわからんし、男女の再会に付き添いはお邪魔かもしれんけど』

「男女の再会って…」

『ずっと会いたかったんじゃろ。俺だって、お前さんにもあいつにも会いたい気もするし』


ま、結局あいつは来ないかもしれんがなって、そう付け足した。

そう。会いたかった。ずっと会いたかった。最後に何で会えなかったのか、何で言えなかったのか。後悔ばかりした。今だってそれ以上と思える存在に出会ってない。

その後仁王は、“その気になったら連絡しんしゃい”と言って電話を切った。

どうするべきか。時間をかけて考えたとしても正解は出ない気がした。
何故なら引き起こされたのは懐かしい気持ちだけじゃなく、それ以上の後悔が強いから。

後悔は時間が経てば良い思い出にもなり得る。もしその対象に再び向かい合ったら、もっと苦しくなるものにだってなり得る。
でもすべてはたらればの話。今はわからない。

ふと思い出し、物置と化したクローゼットを開け、中学時代の宝物を詰めた段ボールを引っ張り出した。中にはテニスボールだったり、卒業の際に貰った色紙やプレゼントがあった。

そしてすぐに見つかった。一通の古びた手紙と色褪せたボタン。
見つけた手紙の裏に書いてある差出人の名前は、“丸井ブン太”。ボタンは中学時代、自分たちが着ていた制服のブレザーのもの。
この昔の手紙を今ここで読み直すには少し勇気が足りなかった。掌で揺れてはぶつかるボタンと、ついさっき届いた手紙が心に問い続ける。

ただ、新しい今の住所を知らないはずが届いたのは、転送届があったからで。その期限は今月末だった。

狙い澄ましたかのようなこれ以上ないタイミングに、運命を感じたって言ったらきっと、仁王は笑うだろう。


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