第6話


あの水族館に行った日から数日後。朝から夕方まであったテニス部の練習を終え、家で夏休みの宿題をしていた夜。ブン太から電話があった。


『よう、今ヒマ?』


暇…と言えば暇だったかも。家には自分以外誰もおらず、夜ご飯も簡単に済ませたばかり。宿題はしてたけど。


「どうしたの?」

『今仁王といるんだけど、光希も来ねーかなって』


同じクラスになってから二人とは仲良くなったけど、夏休みになってから更に3人一緒にいることが多くなった。あたしは女一人だけど、3人でいるとすごく楽しい。ドラクエUみたいな?ブン太も仁王も個性があってバランスがいい。

それと、カラオケでのことや、こないだは水族館であたしのミスを二人は責めることなくフォローしてくれた。優しいんだ、二人は。


「うん、行く!」

『良かったー…じゃあ、学校に集合な!』


良かった?ブン太の言葉に引っかかりも感じながら、あたしは学校までの道を急いだ。

夜であっても蒸し暑い。急ぎ足で向かうと、校門に着く頃には汗が噴き出てた。


「お待たせー」

「よう、早かったな」

「…あれ?仁王は?」

「あっち」


ブン太が指差した方、もう閉まった門に寄っ掛かりつつ、仁王はしゃがみ込んでた。その姿は鬱々としてる。


「え、どうしたの?」

「さぁ、よくわかんねー。何も言わずどんよりしてんだよ」

「へぇ…」

「部活終わって、俺帰ろうとしても引き止めるし。かと言って事情聞いてもため息しか出さねーし」

「……」

「俺一人じゃ持て余してたから、お前も呼んだ」


ああ、ようするに面倒臭くなったってことね。あの仁王がらしくなくへこんでる姿は珍しいけど、確かに立ち直させるには面倒そう。

でも、ブン太もこの3人がしっくりくるんだろうって思って、うれしさもあった。
あたしが仁王の隣にしゃがみ込むと、ブン太も仁王の逆隣にしゃがみ込んだ。


「仁王、どうしたの?」

「はぁー…」

「何か言ってよ」

「はぁー…」


俯いてため息ばかりで話は進まず。ああ、これは面倒臭い。思わずブン太と顔を見合わせて笑った。


「笑うってひどくなか」

「だって仁王何も言わないんだもん」

「そんだけ落ち込んでるってことは何かあったんだろぃ?いい加減話せよ」


その言葉に決心がついたのか、仁王は大きく深呼吸した。さぁ、何を言う?この仁王がこんだけ落ち込んでるその理由は何?

と思ったら、仁王は立ち上がった。


「とりあえず中入るかのう」

「「は?」」

「ここの門は高いが、あっちに乗り越えられるフェンスがあるんじゃ」


そう言って、スタスタ歩き出した。
あたしとブン太もその後を追う。


「入るって、入って何すんだよ?」

「んー、探検とか」

「探検?夜の学校を?」

「そう。昼間とは違う感じがおもろいぜよ、きっと」

「えー!やだよ!」

「なんで?」

「なんでって…」


口ごもるあたしを見て、仁王もブン太もニヤッと笑った。何で嫌なのか、言わなくてもバレバレだったんだろう。


「おもしろそうだな!よし、行くぞ光希!」

「やだってばー!あたし帰るよ!」

「ダメだ、来たからには強制参加」

「えー…」


来なきゃ良かった…そう心で思うものの。


「昔から冒険には男二人女一人って決まっとる。ドラクエU然り」


さっきあたしが思ってたことだ。ブン太だけじゃなくて、仁王もこの3人がしっくりくるって、思ってくれてる。

夜の学校なんて不気味過ぎて嫌過ぎるけど。何だかうれしくて。わざとらしく嫌がるフリもしながら、二人の後ろをついていった。

仁王に連れられてきたのは、正門からぐるっと半周したところの場所。
ここはプールだ。ついこないだブン太と掃除したところ。確かにここは比較的低いフェンスに囲まれてる。


「ここを乗り越えるんじゃ」

「じゃ、俺から行くぜ」


そんなふうに気軽に言ってくれるけどさ、それは二人が男子しかも運動神経抜群なやつだからであって。あたしは、比較的低いというだけで紛れもなくフェンス=侵入者を阻むものを乗り越えられるのか、不安いっぱいだった。


「次、光希登りんしゃい」


ブン太は余裕で乗り越え、ダンっとけっこうな着地音がした。彼は鍛えてあるから大丈夫だろうけど、あたしは絶対痛い。かかとがジーンってなる。


「ほら、早く」

「大丈夫、落下しても痛いだけじゃき」


それが嫌なんだけど!そう思いつつも二人に急かされ、恐る恐る足をかけて登った。

こういうフェンスも、木登りとかでも、登りは楽勝なんだよね。あたしですらホイホイ登れる。でもね、肝心なのは下り。
案の定、てっぺんを跨いだところで止まってしまった。だって、上から見るとすごく高く見える。


「はーやく」


軽い口調で急かすブン太を恨めしく見ると、ブン太があたしの着地点で手を広げてる。笑ってるけど、あたしを茶化して、とは言えない顔だった。
早くそこに行きたいって、思った。上にいるのが怖いからってだけじゃない。

思い切って飛び降りると、ブン太はあたしを抱き止めつつ、勢いで尻餅をついた。あたしは全然無事。痛くも何ともない。ああ、ブン太に悪いことしちゃった。


「ごめん!」

「うん」


すぐ立ち上がろうとすると、何だか背中に力を感じた。
ブン太の腕だ。ほんの、たぶんほんとにほんの一瞬だけど。背中に回されてる腕に力が込められて、ぎゅっとされた気がした。

同じプールでこないだもあった。ブン太に倒れ込んで受け止めてもらったこと。そのときよりももっと体がくっついてる。耳元でブン太の呼吸が聞こえるぐらい。
それと、もっとドキドキしてる。


「危ないぜよー」


ブン太はあたしを力任せに固めてたわけじゃなかったけど、あたしがドキドキしてて動けなかった。

その二人の上に、仁王が落ちてきた。


「いってぇ!」

「俺は痛くない、安心しんしゃい」

「何でわざわざ乗っかってくんのよ!」

「なかなかどかんから」

「つーか重いんだよ!早くどけ!」


…はっ、重い?重かった!?そりゃそうだよね、米袋の何倍もあるわけだから…!

仁王が退くとあたしも慌てて立ち上がった。ふーっと、深呼吸。…そうだよね、ブン太は親切心からあたしを受け止めてくれただけで。ぎゅっとされたのも気のせいだ。気のせい気のせい……。

そう思うもののまだドキドキは収まらず。ブン太を見ると、目が合った。


「違うからな」

「え?」

「重いのは仁王」


そう言って、早く中入ろうぜって、先に歩いて行った。そんな真剣な顔して言われて。さっきからひたすら続くドキドキが収まるはずがない。

ふと横から視線を感じて目をやると、仁王がめちゃくちゃニヤけてた。あの鬱々とした表情は幻だったのかと思うぐらい。


「…何笑ってんのよ」

「いや?」

「さっきまでへこんでたくせに!」

「ああ、ちょっと元気出た。さーて、俺らも行くぜよ」

「ま、待って!」


そのまま男二人女一人のドラクエU風パーティーの冒険は進行した。
いつもと目の前に広がる景色も空気も違う学校は、二人が言ったようにおもしろかった。怖いだろうなあって思ってたけど全然。二人がいたら何も怖くなかった。


「そういえばさ、男二人に女一人だと、ドラクエUもだけどアリーナ御一行もだよね」

「あーそういやそうだな。ってことはお前がアリーナ?」

「まぁ、おてんばってのは当たっとるかもな」

「あたしがおてんば!?それじゃあ仁王はブライね」

「俺があのジジイ?嫌じゃ」

「それだよそれ、何とかじゃ〜って言うじゃん」

「はは!確かに!妙に世話焼きのとこもあるもんな」

「でしょでしょ?」

「…あーそうか。つまりブン太がクリフトっちゅうわけじゃな」


仁王のその言葉に、あたしもブン太も一瞬だけ止まった。仁王はなるほどそうじゃなそれなら納得じゃなって、愉快そうに笑ってる。ほんとに、さっきまでのへこみっぷりはどこ行ったのか。

…ああ、変な感じの話題を出しちゃったかも。ブン太は反論もせず、ドラクエやりたくなってきたなーって言いながら、足を速めた。顔は見えないけど、こんなただの例え話なのに、照れてるような気がして。
くすぐったいような、心がそわそわして、またさっきのドキドキを思い出した。

そんな感じの、楽しかったり変な空気になったりの冒険は、とりあえず順調だった。
その20分後、宿直の先生に見つかるまでは。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

体罰とか、立海大附属中テニス部に所属する俺が今更文句言う気はない。真田のアレは、下手な体育教師より数倍破壊力あるからな。

ただし、このクソ暑い今にも熱中症になるんじゃないかって時期に、グラウンドを延々走らされるのは異議アリだ。


「もう…苦しい…!」


普段からよく走らされてて体力あるはずの光希もぶっ倒れそうで。


「俺が死んだら骨は海に撒いて欲しいナリ…」


暑さが天敵の仁王はそう遺言を残し。


「アイス食いてー!!」


そして俺の叫びは夏の高い空に舞い上がった。

そうだ、俺らは3人で部活終了後、走らされてる。何でかってのはあれだ、夜の校舎に忍び込んだことが真田にバレたから。あのとき見つかった先生や担任、校長にも親にもどうか内密にお願いします!って、3人で頭下げたんだけど。
なぜか柳にバレてだな。そこからはもう直通。


「あー、つっかれた…!」


日も暮れてきてようやく俺らの罰は終わった。そのままグラウンドに3人でへたり込んだ。
死にそうな顔したレアな仁王を、いつもなら俺も光希も笑うだろうけど、今日はもう、そんな気力もない。


「おー、お疲れさん」


汗だくだから早く着替えたいんだけど、なかなか動けず3人で座ってたら、羽山がやって来た。女子テニス部顧問だから一応まだ学校に残ってたんだろうな。涼しい顔しやがって、どうせさっきまでクソ快適な職員室にいたんだろうけど。


「これ、お前らに差し入れだ」

「「「え」」」


死にそうだったのに、3人揃って目を輝かせた。羽山が差し出したのは、パキッと二つに折れる氷アイス、つまりチューペット。


「よっしゃー!サンキュー!」

「ありがとう羽山先生!」

「俺ラムネ」


バンザイする俺と光希に先立って、仁王は一番うまいであろうラムネを我先にと受け取りやがった。
まぁ俺は食えりゃ何でもいいから。光希に先に選ばせたらたぶんピーチ、俺はグレープ味になった。


「じゃ、俺は帰るからな」

「「「はーい」」」

「もうあんなことするんじゃないぞ」

「「「はーい」」」

「ったく、返事はいいんだな」


呆れたように笑いながら羽山は去って行った。周りを見渡すと、もうテニス部たちはお先にと帰って行ってた。ジャッカルも赤也も薄情だよな。

仁王はよっぽど干からびてたのか、すぐにチューペットを食い始めてた。俺より先にとか珍しい。溶けないうちにと俺も食い始めたんだけど。
光希は、そのチューペットを握ったまま、ほっぺたに当てたりしてた。…気持ち良さそうだけど。


「食わないの?」

「あーうん。こうやってると気持ち良くて」


ほんとに気持ち良さそうだけど。早く食わないと溶けるだろって思った。

ああでも、俺や仁王にとってはたまたま貰っただけのチューペット。でも光希にとっては、羽山から貰ったもんだから。

その、光希がチューペットをほっぺたに当てて気持ち良さそうな顔してるのが、何だか色っぽくて。ドキッとした。


「ごちそーさん」


またも珍しい。俺より先に仁王は完食。よっこいしょと立ち上がった。


「先部室行くぜよ」

「んー」


俺もチューチューと、最後の最後まで吸い切ったところだった。光希を見ると、まだ食い始めてもなかった。


「そろそろ行かねー?」

「うん。行きたいけど」

「?」

「足がもう、パンパンで」


あははっと笑いながら、伸ばした太ももを手で叩いた。

今更だけど、この短パンって短いよな。それだけじゃなくてラインも丸見えだし。制服のスカートじゃなかなか見れない部分なわけだ。こいつは私服もパンツばっかだし。
改めて見ると、すべすべしてそうな肌。


「…ちょっと」

「ん?」

「足ばっか見ないでよ」


いやいや、別に足ばっか見てたわけじゃ……見てたけど。


「見てねーよ!」


動揺丸出しで叫んだのは、恥ずかしいからっていうか、照れるからっていうか。それなりに疚しかっただけに、顔を逸らすように立ち上がった。
まだチューペットを食わないことがちょっと、引っかかってもいた。


「俺も部室戻るぜ」

「あ、じゃああたしも…」

「ほら」


右手を出すと、光希は一瞬止まった。でもすぐに、ありがとうって言って、俺の手を掴んだ。今度は光希が顔を逸らして。

チューペットを両手で持ってただけに、触れた手がちょっと冷たかった。
光希が立ち上がったらすぐ離したけど。たったの一瞬でも柔らかくて、俺自身は体温が上がった気がした。


「ブン太」

「ん?」

「はい」


パキッと音がしたかと思うと、光希は、チューペットの下(丸まってる方)を俺のほっぺたに当てた。
ひんやり冷たくて、熱かった体が気持ちいい。


「あげるよ」

「…いいのか?」

「うん。アイス食いてーって言ってたもんね」


そうそう、さっき叫んだけど。
半分くれたこともそうだけど。羽山から貰って、何だか大事そうにしてたのにくれた。それが何かめちゃくちゃうれしかった。


「俺上の方がいい」

「ダメだよ、こっちはあたしの」

「ケチ」

「文句あんの」

「ウソ。ありがとな」


光希からチューペットを受け取るついでに、わざと、またほんのちょっと手に触れた。

やっぱり冷たいしほんとに一瞬だったけど。やっぱり体温が上がった気がした。
それと、プールでの2件と同じ。俺は光希に触れるとおかしいぐらいにドキドキするんだって、わかった。

それから着替えた後、ドラクエU風パーティー…兼アリーナ御一行の3人で、夕日に照らされ長く伸びる影を見ながら帰った。


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