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正直、意識していたかと思えばそうだと思う。幸村先輩のために何かできればいいとか、もしも花壇のことを幸村先輩に伝えたらありがとうって言われるかなとか、そしたらすごくうれしいって。
それは私が幸村先輩に、たとえわずかでも憧れてなければ成り立たないと思う。

ただ、もともとは映美が幸村先輩に憧れてて、先輩のいろんな話を聞いていたからだ。私は幸村先輩のことを全然知らないし、この前の手術で初めて多少会話をしたぐらい。だから仁王先輩に言ったことは嘘じゃない。

でも、何でかまた気分が良くない。


“幸村のこと好きなんじゃろ”


仁王先輩にそんなことを言われるとは思わなかった。私が花壇の手入れをしてたからか。幸村先輩を好きな女子は映美だけじゃなくたくさんいる。その中の一人だと思われた。

だから、何でかまた気分が悪かった。


「ひかりー!」

「あ、映美、お疲れ」

「今日はひかりがテニ担なの?」


テニ担とは、男子テニス部担当という…写真部内で使われる隠語だ。写真部は写真部としての活動だけでなく、いろんな部活動の写真も撮る。主に新聞部への提供用と販売用だ。…後者は先生に内緒だけど。

そしてそんな中、男子テニス部はめちゃくちゃ人気なんだ。女子だけでなく男子も担当になりたがる。みんなカメラ好きなだけに一種のパパラッチ的感情があるのかもしれない。テニス部はスター性があるしね。

私は後輩ということでそのテニ担にはなれず(っていうか立候補すらしてない)、卓球部担当なんだけど。運が良いのか、テニ担を勝ち取った一人である女子の先輩と仲がいいから、今日は一緒にテニスコートに来てる。このあとファミレスで女子会をするんだ。


「ううん、先輩とね、このあと約束あって」

「ああ、あそこで幸村先輩撮ってる人ねー」


少し不満気に映美は言った。幸村先輩が復帰するのはうれしいけど、他の女子と親し気にされるのは嫌だと言ってた。いわゆる嫉妬ってやつだ。恋してるからね。

嫉妬。私は今別に幸村先輩が誰としゃべってようが仲良くしようが何とも思わない。そしてできれば映美の恋が成就すれば、とも思ってる。

ということは、やっぱり私のは恋じゃない。ただの憧れだった。


「よ、青木さん」


私と映美がしゃべってると、丸井先輩もやって来た。


「お疲れ様です、丸井先輩」

「なにしてんの?」

「先輩に付き合いがてら見学です」

「へぇ。最後まで見てくのか?」

「いえ、たぶん途中でお暇します。このあと女子会なので」

「そりゃ残念だな」


そう言いながら丸井先輩は、振り返ってコートを見渡した。ちょっと丸井先輩の声はいつもより大きめだったし、少しにやけてる。…いいのかな、二人とも私と無駄話してて。厳しい真田先輩は……ああ、試合中だ。赤也が扱かれてる。


「あれ?仁王がいない」


コートを見渡していた丸井先輩がポツリと漏らした。


「んー…あ、あそこじゃないですか?見た目柳生先輩だけど」

「いや、あれはヒロシ。レーザーえげつねぇもん」


そういえば仁王先輩は、今話題に出た柳生先輩と入れ替わるというプレーを、こないだの大会で披露していたらしい。モノマネが得意なんてすごいなぁと思いつつ、やっぱり私も試合のほうを応援しに行けばよかったと思った。


「なぁ、青木さん」

「はい?」

「仁王のこと探してきてくんない?俺このあとあいつとダブルスの練習があって」


じゃああたしが行きますよって映美が言ってくれたものの、丸井先輩は、青木さんじゃねーとダメなの、と言った。


「…え、えっと、じゃあ私が行ってきますね」

「そーお?ごめんね、ひかり」

「シクヨロー」


小走りに足を進めた。自分でそうしてるつもりはないけど、はやる気持ちがあった。
さっきの丸井先輩の言葉に、前の保健室での仁王先輩の話を思い出したからだ。胸がドキドキする。

“性格の悪さなら負けとらんよ”

私は幸村先輩が誰と仲良くしてても構わない。
でも仁王先輩に関しては、そうは思えない気がした。つまり私も性格が悪い。自虐じゃなく、比喩。

速歩きだからか、ちょっと足が攣るように感じる。あの二人に仁王先輩がどこにいそうか、聞いておけばよかった。正直屋上以外、先輩の行きそうな場所は思いつかない。


「…あれ?」


とりあえず部室付近かなと思って、その辺りの探索を開始したけど。
部室の裏側に、壁にもたれて座り込む一人のテニス部員がいた。

思わず目をぱちくりしてしまう。だって、私の目に入った人物は、なんと幸村先輩だったからだ。ついさっきコートで見たというのに。

幻覚?そう思った直後、ぼーっと空を見上げるその横顔に違和感を感じた。
髪型もヘアバンドも肩にかけたジャージも顔も、幸村先輩なんだけど。
その横顔に薄っすら、仁王先輩が重なった。いつか屋上で見た、写真を撮りたくなった仁王先輩の横顔。

そう思った途端、ドキッとした。そこにいるのは幸村先輩のはずなのに。
仁王先輩みたいで、ドキドキする。

他の子と仲良くしてるのは見たくないとか、こんな風にドキドキするのはきっと、仁王先輩に対してだけじゃないかなぁ。ぼんやり思った。

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