先輩の嘘とほんと

「元気ないね、結衣」


丸井先輩と遊びに行った次の日のお昼休み。今日はなんだか気分が乗らなくて、朝の日課をたぶん初めて欠席。その上ずっと静かなもんだから、さとみは心配してる。

丸井先輩と遊びに行ったことは報告したけど、その他のことは言ってない。つまりはあたしが今悩んでる、というかへこんでる理由。それは綾瀬さんと、そもそもの原因仁王先輩が絡んでるから。どう説明していいのかわかんなくて。

丸井先輩は、綾瀬さんに言われたからあたしをデートに誘ったんだ。かわいいって思ったし軽い気持ちでその言葉に乗った。そう、仁王先輩の話も合わせるとそうなんだと思った。
そしてあたしはせっかくのデートだったのに、最後まで沈んだ顔をしてしまった。


「な、なんでもないよ」

「……」

「えーっと、ご飯食べよっか」

「……あたしには何も言ってくれないんだ」


いつもお昼はさとみと、あたしの机一つで一緒に食べてる。でもさとみはこっちにお弁当を持ってきてなかった。
そしてあたしよりもっと静かな、低い声でそう言われた。

何のことか…いや、心当たりがあり過ぎて、あたしはビックリしてさとみを見た。


「噂になってるよ」

「…噂?」

「結衣が仁王先輩と猫飼ってるって」


噂ではなく事実。誰か生徒に見られてたのか。あたしは違うけど仁王先輩は有名人な上に、派手かつ唯一な風貌だから、見つけたらそりゃ広まってしまうわけだ。仁王先輩は秘密なんて言ったけど、きっとそんなことは無理だったんだ。
そんな当たり前なことに今さら気づいても遅い。


「あ、さとみ、あのね…」

「…今日は別々に食べよう」


あたしは何を言い訳しようとしたのか。仁王先輩が呼びつけるから仕方なく?猫に会いたいから?この話ができなかったのは仁王先輩に綾瀬さんの影があったから?あたしは仁王先輩に対して何も思ってないよ?ここ数日だって行ってないし…。

どれも白々しい気がした。あたしが思っていたことそのままだとしても、あたし自身が歩いてあの場所へ向かっていたのは事実だから。

それでも、あたしのせいじゃないのに。…そう頭のどこかで思っていたのかもしれない。


「北川さん」


綾瀬さんに話しかけられるのは二度目。こんなときにやめてほしいと、そう思った。


「今度は仁王先輩から伝言。早くエサ持ってこい、だって」


ほんとタイミング悪い。あたしは今その話は嫌なのに。


「あと追伸も。バカはお前じゃって。仁王先輩の言葉そのままだから、あたしが言ってるわけじゃないからね」

「……」

「…北川さん?」


食べる気力もないのに、お箸握ってぼーっとしてたから、綾瀬さんは不思議がってあたしを覗き込んだ。

とてもきれいな、それこそかっこいいテニス部全員制覇できそうな顔。こんな人とずっと仲良しな丸井先輩も、そのうちの一人なのかな。

綾瀬さんは、あたしをジッと見つめたあと、後ろのほうで別の女子とご飯を食べてるさとみを振り返って見た。


「…長澤さんとケンカしたの?」

「……」

「気にすることないんじゃない?あんなに仲良かったんだから、そのうちすぐ仲直りでき……」

「気にするよ」


わりと静かに話す綾瀬さんの言葉を遮って、あたしは強い口調で言った。

あたしのせいじゃないのにって、ほんとに思ってたからだと思う。
だからといって、綾瀬さんのせいではないと、わかっていたはずなのに。


「あたしは綾瀬さんと違うし一人ぼっちは嫌だ」

「……」

「好きでもない人とキスなんかできない。デートも勧められたからって誘われるのも嫌だ。綾瀬さんとは違う」


しまった。でももう遅い。

綾瀬さんは、そのきれいな顔を悲しそうにさせた。何も反論もしないで。

いつだったか、綾瀬さんにあげたキティちゃんの絆創膏。それはまだ今も、綾瀬さんの膝に貼ってあった。まだ治ってないとは思えない。

それを見るのが嫌で、綾瀬さんやさとみがいる教室が嫌で、あたしは外へ出た。

向かった先にいたのは、きっとあたしを待ってただろう。チャコ。
久しぶりに頭を撫でると、前みたいに、ニャーってうれしそうに鳴いた。

ここには仁王先輩も来るかもしれないけど。別にもういい。


「今まで何してたんじゃバカ娘」


そう思って、ひたすらチャコを撫でてたら、後ろから仁王先輩の声がした。バカ娘って、こないだのこと相当根に持ってるんですね。


「チャコのエサ係りはお前さんじゃろ」

「…はい」

「寂しかったよなーチャコ。ひどい飼い主じゃなー」


あたしじゃなくて仁王先輩が飼い始めたくせに。エサ係りに名付け親、主犯ときてついに飼い主ですか。

その仁王先輩は、ダンボールの前、あたしの横にしゃがむと、チャコを撫でてたあたしの手をぐいっとどけて、チャコを撫で始めた。
相変わらずチャコには優しい顔するんですね。


「…仁王先輩」

「んー?」

「あたし、自分が子どもでほんと嫌です」


こんなこと言うつもりはなかった。このあたしのモヤモヤ感の元凶とも言える先輩に。
でも言ってしまった。チャコを撫でる仁王先輩が優しくみえて、その空気まで優しく感じたから。

あたしの言葉に仁王先輩はククッと笑った。


「ああ、人をバカ呼ばわりして走って逃げるとは、小学生レベルじゃな」

「…そのことじゃないです」


ほんとに根に持ってるのね。バカはそりゃ悪かったけど、頭空っぽは当たってるでしょ。…それはもっとひどいか。


「…さっき、さとみ…長澤さんとケンカしました」

「へぇ、珍しい」

「仁王先輩とここで猫飼ってる話、してなかったから」

「そりゃ秘密だからのう。話してたら俺とお前さんがケンカになっとったぜよ」

「丸井先輩とのデートも…」

「えっ、デートしたんか?うわーあいつ、あとで問い詰めんと」

「やめてください。…なんか、いろいろ気になって、つまんなそうな顔しちゃって」

「うわーうわーあいつ俺に黙っとったんか。どういじってやるかのう」

「綾瀬さんにも…」

「ちゅうかどこ行ったんじゃ?もっと情報ほしいぜよ」

「八つ当たりでひどいこと言っちゃって」

「ああ、あいつにとってお前さんなんて幼稚園児レベルだから大丈夫。で、どこデート?」


あたしの話を聞いてるんだか聞いてないんだか。どうやらあたしと丸井先輩がどこに行ったのか気になってるらしい。言わないけどね。

でも一応、話相手になってくれて。このチャコを撫でてるときそのままに優しい顔の仁王先輩だった。


「…仁王先輩」

「映画か?遊園地か?まさか家デートか?」

「こないだは、バカなんて言ってすみませんでした」


質問責めだった仁王先輩が、少し黙った。あたしは全部思ってることを言って、膝に顔を伏せた。なんか泣きそうになっちゃったから。
自分が嫌で。ほんと、なにしてるんだろうって。

そしたら仁王先輩は、チャコを撫でてた手をあたしの頭に乗せた。そんなことされたら、余計泣きそうになる。

嫌な先輩だけど。関わらなきゃよかったと思ったりもしたけど。
今日ばかりは救われる。あたしはほんと自分に甘い。


「俺もお前さんに謝らんとな」


えっ、て、伏せてた顔を上げた。あたしの顔、今度は何言うんですかって不思議そうな不安そうな顔してたと思う。だからか、仁王先輩は笑った。これも優しく。

でもすぐに目を逸らされて、また再びチャコを撫で始めた。


「こないだのあのときの話、嘘ばっかじゃから」

「…え?」


予想もしなかった先輩の話。あたしをとても追い詰めたあの話。…嘘ばっか?何が嘘?


「まず、俺と綾瀬は今は付き合っとらんが、付き合っとった、ちょっと前まで」

「ええ!?」

「だから幸村の元カノっちゅうのは嘘。普通に俺の元カノ」

「…知らなかった」

「あと、ブン太と綾瀬がずっと仲良しってのも嘘。今はまったく絡みなし」

「……えええ!?でも、丸井先輩に、あたしをデートに誘えばって言ったの綾瀬さんって聞いたんですけど」

「ああ、俺もお前さんら二人けしかけるから、綾瀬も機会あったらけしかけといてって言ってたんじゃ」

「マジで!?」

「マジで。ちなみにブン太が体だけでオッケーてのも違う。あいつ童貞。彼女すらいたことない」


あははと、こないだと同じように愉快そうに仁王先輩は笑った。でも意地悪そうではない。

これは、今日のこの話はほんとなの?それとも今日の話が嘘なの?
…わからない。

そういえばこないだと違って仁王先輩、今日は目をなかなか合わさない。ずっとチャコを見てしゃべってる。
それは、ほんとだからだろうか。

そしてまた仁王先輩は、あたしの頭に手を乗せた。さっきよりも強く、押し付けるような感じで。


「ま、お前さんも悪くないかもって言ったのは嘘じゃないぜよ」

「そんなこと言ってました?」

「…言ったじゃろ。俺にしとけばって」


言ってたかなぁ。横目で仁王先輩を見ようとするも、押さえつけられてるせいで、せいぜい口元しか見えない。冗談言って笑ってるわけではなさそうだった。


「お前さん頭の形悪いのう。たんこぶか?これ」

「…仁王先輩」

「ん?」

「綾瀬さんの住所教えてください」


なんか、教室戻っても綾瀬さんはいない気がした。もともと猫のように、ふらっと現れて消える人だし。きっとあたしのせいで、傷つけたから。

放課後、部活は欠席して、綾瀬さんちに向かった。

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