先輩のタオル

あーあ、ほんと恨むよさとみのやつ。

あたしはまた今日、朝早くから校門に突っ立ってる。さとみと待ち合わせしてるから。これから毎朝の日課であるテニス部の応援に行くんだ。
でも遅刻常習犯なさとみは、寝坊したらしく時間になってもまだ来ない。

そんなさとみに恨み言をこぼしたのは他でもない、昨日の出来事。


“丸井先輩のファンなんです!”


そりゃ、言ってくれたのはありがたいよ。丸井先輩に名前や顔を覚えてもらえるのはこの上なく幸せなことよ。でもさー、あんな直球でなんて…。丸井先輩もなんだか困ってたし。今日からちょっと、気まずいよ…。

昨日のことをアレコレと考えていたら、さとみからメールが入った。ちょっと遅くなるから先行っててって。そのメールが遅いってのに、まったく。

時間が空いちゃって、とりあえず学校の中に入ったものの。自分一人じゃテニス部に行けないあたしは、フラフラ校舎裏へ向かった。さとみが来るまで散歩でもしようかと。学校内一周しようかと。
そう思って歩いていたら、ちょうど、裏門からも少し離れた旧校舎近くの茂み。そこに、物陰を見つけた。

ダンボール箱。なんだ、こんなところにゴミなんて。今美化週間なのに。
そう思ってそのダンボールを覗き込むと、


「ニャー…」

「………猫?」


そう、その中には、子猫がいた。茶トラっていうのかな?アメリカンショートヘアの、茶色いバージョンみたいな。…なんでこんなところに猫なんか。ダンボールに入ってるから、ただの迷い猫にも見えない。それどころかよく見ると、ダンボールの中には猫以外に、牛乳が入った紙皿も見つけた。

もしかして、誰かがこっそり飼ってる?
…先生には言わないでおいとこう。きっともともと捨て猫で、またどこかに捨てられちゃかわいそうだから。


「猫さん、君はなんて名前?」

「ニャー」

「答えられないか。そーだなー…」


名前、もう誰かにつけられてるかもしれないけど。


「チャコ、にしよう。茶色いから。ね?」

「ニャー」

「よしよし」


気のせいに決まってるけど、チャコって呼びながら頭を撫でたらほんの少しうれしそうに鳴いた。

と、そのときさとみからまたメール。もうテニスコート着いたよどこにいるのって。
いけないいけない、あたしも早く行かないと。丸井先輩を見る時間が減ってしまう。


「じゃあね、チャコ」


また来るからね、今度はエサ持って。そう言い残して、いつものようにテニスコートへ向かった。


うーん、暑い。テニスコートへ着いたものの、さとみはさっそく仁王先輩とお話ししてて。あたしも近寄ろうかと思ったけど、邪魔しちゃ悪いと思ってそのまま、コートを囲ってるフェンスに張り付いてる。

丸井先輩は、あたしの目の前のコート…の隣のコートにいる。昨日のことがあっただけに、真っ正面は恥ずかしくていられなかった。

もう9月なのに今日も暑い。さとみの笑い声が聞こえる。楽しそうに仁王先輩としゃべっちゃって。…あーあっちは日影なんだ。いいなぁ。


ーパサッ…


さとみのいる日影をうらやましがりながら、頭が熱くなってきたなぁなんて思ってたら、
いきなり頭に何かが、被さって。目の前が遮られた。


「…えっ、なに、これ?」


その頭に掛かったものをつまんで見ると、タオルだった。黄色っぽくて黒のラインが入ってて…。ふんわり柔らかいタオル。なんだか甘くていい匂いもする。
これは、立海テニス部のユニフォームとお揃いの、タオル?


「…まだ暑いだろ、今日」


そのタオルを握りしめながら、目の前を向くと、

丸井先輩がいた。フェンスの向こう。だけど距離はすぐそこ、1m。


「それ、頭に被せとけよ。熱中症対策」

「えっ…!?え、え、…あ、あの……」

「気分悪くなったらすぐ涼しいとこ行けよ。じゃあな」


そう言って丸井先輩は、走って元いたコートに戻っていった。

丸井先輩がフェンスの向こうからこっちに投げ入れてくれたんだ。


「…あ、ありがとうございますっ!」


衝撃的過ぎて、いい意味でショッキングで、お礼が遅くなった。もう距離が遠い。でも力いっぱい叫んだ。

ちゃんと丸井先輩にも届いたみたい。先輩は振り向かなかったけど、Vサインを掲げてくれた。どういたしましてって、あのちょっと高めの声が聞こえた気がした。

かっこいい。かっこよすぎる…!
すぐにさとみに報告したくて、あたしはさとみのほうを見た。
そしたらさとみではなくて、仁王先輩と目が合った。なんとなくニヤッと笑われたような。
…まぁいいや。この最高の出来事を、結衣生まれてから最大に幸せな事件をあとで話さなくては……!


「すごいじゃん!」

「いやー…えへへ、まだ夢みたーい!」

「ほんと夢みたい!優しいんだね〜丸井先輩!」

「ほんとそーだよね〜!…いやーこれも半分さとみのおかげかな!昨日、先輩にファンだって宣言したからだし」

「そーお?おかげってほどでも…でも、これから頑張らないと!」


朝、授業が始まる前。さとみに先ほどの事件を報告したところ。

そう、これからは自分で頑張らないと。さとみみたいに、自分からちゃんと話しかけないと…!
とりあえずこの、今日借りたタオルはすぐ洗濯して、柔軟剤もしっかりして、きれいに畳んでラッピングして丸井先輩に返さないと!


ードテッ


これからのことをワクワクしながらドキドキしながら妄想してたあたしの耳に、何かが倒れたような、鈍い音が届いた。

その音のほうを見ると。


「あ、ごめーん、気づかなかった」

「……」


同じクラスの女子、綾瀬さん。その綾瀬さんは転んだのか、倒れてた。そのすぐ傍には別の女子。何となく不穏な空気で。綾瀬さんは、その側にいる女子を一瞬見上げると、少しため息をつきながら、無言で立ち上がった。


「…あー綾瀬さん、二学期初めて見たわ」


さとみがヒソヒソ声で漏らした。

そう、綾瀬さんは同じクラスなんだけど、二学期入ってから見たのは今日が初。一学期も、途中からあんまり学校に来てなかった。


「…転んだ、のかな」

「まさか。あの子が足引っ掛けたんでしょ。えげつなー」


そう言いつつ、けっこうな問題行動をいやに簡単にさとみは言ってのけるなぁと感じた。

綾瀬さんは、うちのクラスで一番…、いや、たぶん2年で一番きれいな女子。それだけじゃなくて、ちょっと髪も染めてて制服もいじってるみたいで、ピアスもしてる。私立とはいえ、あってないような校則だけど、それ以上に綾瀬さんは、クラスでも孤立してるというか学校に来なかったりで、逆に目立つ。噂では夜遊びもしてて補導されたこともあるんだとか。


「血が…」

「え?…ちょっと、結衣?」


席に着こうとした綾瀬さん。足を引っ掛けたんだろう相手に、文句も言わず。
その一連の動きを見てたあたしは、綾瀬さんの膝が、擦りむいて血が出てることに気づいた。きっとたった今、ついた傷だろう。


「綾瀬さん、これよかったら…」


もう席に着いている綾瀬さんに、持ってた絆創膏を差し出した。

綾瀬さんは、あたしは全然しゃべったことないし、親しくもないけど。少し、そのきれいな目を丸くした。


「…あ、膝が、ケガしてるから」

「……」

「えっと…、キティちゃん柄でちょっと恥ずかしいかも、しれないけど…よかったら」

「……」


…ありがとう。
つぶやいた綾瀬さんの声は、タイミング悪いのか良いのか、始業のチャイムが鳴ってしまったせいでほとんど聞こえなかったけど。

今日、丸井先輩がタオルを貸してくれて。全然、今まで丸井先輩とは話せなかったし、昨日までは丸井先輩だってあたしの名前すら知らなかったはずなのに。それでも優しくしてくれた。

だからなのか、あたしも、なんだか人に優しくしたいと思った。

それだけだったけど。丸井先輩みたいな、純粋に優しい行動なのか疑問だけど。
あたしは心がふんわりして。
丸井先輩に掛けてもらったタオルの匂いがまたしたような気がして。
なんだか自分がうれしかった。

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