先輩と遭遇

授業も終わり購買でパンを買ってから部室へ向かう。今日はメロンパンとカレードーナツ。カリカリのカレードーナツは人気商品だけど、今日は放課後まで残ってた。うん、いい日だぜ。


「おーっす」

「うぃーっス…って、まーた丸井先輩そのカレーパンっスか」

「カレーパンじゃねぇ、カレードーナツだ」

「…どっちでもいいっス」


部室に入ると、赤也やジャッカルや柳とか、何人かの部員たちが着替えてた。もう部長は赤也だけど、いまだに一番うるさい真田は今日委員会っつってたから、割りと練習始まるまで余裕ある。俺は着替えの前に、パンたちを食べることにした。


「そういや仁王は?」

「さぁ」

「……」


俺が購買行くって言ったら先行くって言ってたのに。部室にはいなかった。まぁ別に仁王に用があるってわけじゃねーけど。

赤也が少し、不機嫌そうになった。


「お前まだキレてんの?」

「…何がっスか」

「あいつも悪いけど、ほどほどにしとけよ」


赤也はムスッとした表情で荒々しくロッカーを閉めると、ラケットを掴んで部室を出ていった。
やべーやべーうっかり余計なこと言っちまったか。

赤也が出ていってすぐ、入れ違いに仁王が入ってきた。ああよかった。ちょっとタイミングがずれてたら大乱闘が起こるとこだった。

でもそう思ったのは俺の間違いで、入ってくるなり仁王は深々とため息をついた。ちょっと俺を恨めしそうな目で見ながら。


「また赤也に何か言うたじゃろ」

「え」

「すれ違いざまむちゃくちゃ睨まれた」


あいつもしつこいのう、そう呟きながら仁王は持ってたラケバを床にドスンと落とし、そして何やらピンクの可愛らしい紙袋を机に、俺の目の前に置いた。
仁王がこうやるとき、中身は決まってる。


「おっ!」

「どうぞ」

「サンキュー!」


その紙袋に飛びつくと、仁王は背を向けて着替え始めた。
何かなーなんて期待しながら中を開けると、甘い匂いのマフィンが出てきた。俺もよくお菓子をもらうけど、仁王もよくもらってる。でも、こいつは甘いものが苦手だからって、いつも俺に横流しされる。一生懸命作った女の子には悪いけど、捨てられずにこうやって食べられれば、お菓子も報われるだろぃ。


「…で」

「んー?」

「何言ったんじゃ、ワカメに」


ああ、さっきの。俺はマフィンを頬張りながら、ちょっと甘過ぎ85点!なんて考えながらさっきのことを話した。
そしたら仁王はまた、あいつはしつこいのう、ってため息をついた。

赤也が仁王にキレてる理由、それは、仁王が女の子からもらったお菓子をゴミ箱に捨てたから。しかもその女の子は、赤也が片想いしてるらしい子。
仁王も仁王で最低だけど、こいつなりに反省したんだかそれ以来断るか、断れない相手なら俺にくれるか、になった。


「あ、そういや」


俺がマフィンを完食したところで仁王は着替え終わった。俺もそろそろ着替えて練習行かねーと。メロンパンとカレードーナツは部活後にしよう。


「昼休み、なんか仁王に用あるって女子がここ来たぜ」

「誰?」

「名前わかんね。2年の、ほら、赤也の好きなやつ…長澤さんだっけ、その友達」

「あー…」


仁王はそいつの名前を思い出そうとしてるのか、ラケバからラケットを取る手を止めた。珍しい。他人の名前を思い出そうとする仁王なんて。


「違うな」

「え?」

「その子、昼会ったんじゃが、“仁王先輩じゃないんです”って叫んで逃げられた」

「なにそれ」

「さぁな」


そういえばここからも走って逃げ出したような感じだったな。仁王に用じゃなかったのか?

ふと仁王を見ると、取り出したラケットをくるくるっと回してた。口元が少し、緩んでる。


「仁王」

「ん?」

「変なことすんなよ。余計赤也がキレるぞ」

「ははっ」


それはそれでおもろいな、と何か企むように笑ったかと思うと、タオルも掴んで外へ出ていった。

あー俺も着替えなきゃな。まぁ、面倒臭いことになっても俺は知らねぇけど。とかいいつつ、今日の俺は余計な一言が多いかもって思った。


その後の練習中。うーん、腹減った。やっぱマフィンだけじゃ足んなかった。部活中激しく動いてるせいか腹が減ってきた。休憩まではまだあとちょっと時間ある。

…まぁ、俺3年だし。実質引退したようなもんだし。周りに迷惑かけなきゃちょっとぐらい抜けてもいいだろう。

そんなわけで適当にトイレ〜とか言って抜けて部室に向かった。後ろのコートからは、真田の怒鳴り声が聞こえる。標的は赤也だな。まーあいつもかわいそうっちゃかわいそうなんだよな。せっかく部長になったのによ、いまだに俺含め3年の面々に偉そうなツラされてさ。そのせいもあってか、最近赤也がうちら3年に冷たい気がしないわけでもない。仁王に対するキレっぷりも、なんとなく納得。

そんなことを考えながら部室の前まで来て、ドアを開けようとしたとき。


「勝手に休憩かい?ブン太」

「ぅげ!」


背後から音もなく忍び寄られた。完全に無警戒だった。

振り返ると幸村君。笑ってるけどやっぱ怖い。制服姿だった。
幸村君は全国で無理したせいで、今でもリハビリに通ってるらしい。たまにこうやって練習を見に来たり俺や赤也の生活指導なんかをしてる。


「や、腹減っちまって…」

「ちゃんと真田に抜けるって言った?」

「…言ってません」

「ダメじゃないか」


赤也じゃなく真田ってとこがまたな。こういうの聞くと、意外と赤也は怒ったりする。俺が部長なんスよって。


「まぁいいか。今日は見逃すよ」

「幸村君…!」

「何か食べてもいいけど、部室じゃなくて食堂に行きなよ」

「えー」

「後輩に見つかったら示しがつかないだろ?」


それに真田に見つかったら…、そこまで言われたところで、俺はカレードーナツを持って素直に食堂へ向かうことにした。

食堂へ着くと、勉強してる人や、何やら楽しそうにはしゃいでる人たちがいた。友達っぽいやつもいないし、さっそく座って一人カレードーナツを食べることにした。


「ほんとうらやましいよー結衣!」


食べ始めると、女子の騒がしい声がした。少し離れたところ。離れてるけど、食堂が昼と違って割りと静かだから会話も筒抜けだ。


「うらやましいって、ちょっとぶつかっただけだよ」

「うーん、でも手差し伸べてくれるなんて、優しい!」

「差し伸べたってゆうか、あたしがぶつかりそうだったから」

「さすが仁王先輩よねー」


仁王?聞き慣れた名前に、その会話をする女子たちのほうを思わず見た。

あ、あいつらか。仁王のファンで、片方は赤也が好きな長澤さん。
机の上に、なんか楽器を置いてる。吹奏楽部か。


「うん、確かに仁王先輩は優しいと思うけど…あたし変なこと言っちゃったし」


もう一人の子は、今日部室にきたやつだ。結局何しにきたんだろうな、あいつ。


「気にしないよ、仁王先輩なら!」

「そうかなぁ」

「優しいもん!お菓子も受け取ってくれるし!」


ずいぶんと仁王に信頼寄せてんだな。赤也もかわいそうに。

ていうか、一番かわいそうなのはあの子本人だな。まさかそのプレゼントしたお菓子が捨てられたなんて思いもよらねぇだろう。仁王の性格の悪さ舐めてんな。


「それにさ、ようやく話せたんでしょ?」

「話せたっていうのかなぁ」

「話せたじゃん!ちゃんと結衣の顔知ってたみたいだし」

「う…ん、まぁ、…たぶんさとみと一緒にいる子って、認識だろうけど…」


その話の内容から、今日来た女子も誰かのファン、らしいことはわかった。仁王には違うって言ってたらしいけど。赤也でもねぇだろうし。…ま、妥当なラインで俺かな。俺モテるし。

…なーんて。


「この調子で、次から丸井先輩にも挨拶しようよ!」

「ごほっ…!」


予想通りなんだか予想ガイなんだか。自分の名前が耳に入ったところでカレーパンが変なとこに入った。…あ、カレードーナツな。


「ゴホゲホッ…ゴホッ………はぁ」


あー苦しかった。カレードーナツは刺激物なだけにツライ。

喉の調子も落ち着いたところで、ゆっくり、さっきの女子たちのほうを見た。
人がいるとはいえ、割りと静かな放課後の食堂。むせた俺に気づいたか。いや、大丈夫だろ。


「「……」」


バッチリ、女子二人とも目が合った。二人そろって狼狽通り越して唖然としてる。…いやいや、気まずいのは俺のほうだから。


「…あ、あの!」


俺から声かけるのも変だし、何事もなかったように二人から視線を逸らそうとしたとき。
長澤さんが立ち上がり、声をあげた。


「この子、…結衣って言うんですけど、丸井先輩のファンなんです!」


少ないとはいえ、多少の人はいる食堂。静かな中発したその子の声は、十分周りに聞こえてる。


「ちょ、ちょっとさとみ…!」

「いいじゃんいいじゃん!…これからも応援してまーす!」


長澤さんを慌てて押さえながら、俺のファンらしき女子は顔が真っ赤だった。恥ずかしくてこっち見れねぇのか、俯き加減だ。

…なんか、こっちまで恥ずかしくなんじゃねーか。ここまで直球で来られると、逆に恥ずかしい。周りのやつらも何やら俺を見てニヤニヤしてやがる。


「あー……」


俺が反応に困ってると気まずい空気になって、その俺のファンらしき子が、より一層可哀想になった。つーか長澤さん、ダチ売るって酷いだろぃ。自分は仁王ファンだから、関係ないってか。


「…ま、まぁ、応援してくれるのは有り難いぜ」

「本当ですか!?…やったね、結衣!」

「ああ。差し入れとかあると嬉しいし、その…」


俺何言ってんだ。サンキューとかVサインして軽く流して余裕ぶってりゃいーのに。


「えーっと、…結衣、さん?」

「はっ…、ははい!」


呼ぶと、俯き加減だった真っ赤な顔を上げた。涙目にも見えた。俺が泣かしたみてぇじゃねーか。困ったな。


「これからも応援シクヨロ」


そう言って俺は食べかけのカレードーナツを抱えて食堂を出てきた。後ろから、結衣やったじゃん!とか、さとみのバカ!とか、さっきまでみたいなキャーキャーうるさい声が聞こえてきた。…ほんと女子はうるせーな。でも。

走ったわけでもないのに、心臓がやけに速かった。

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