先輩と私

朝の7時。もう9月だけどまだまだ暑い。日はすでに高々と上がってて、涼しい家から一歩外へ出るとそれだけで汗を感じる。呼吸する度にもやっと舞い上がる空気。そんな中あたしは足早に学校へ向かう。部活があるとか、補習があるとか、そんなんじゃない。


「おはよー、結衣!」


校門の前で友達のさとみと待ち合わせ。学校が始まるまではまだ一時間半ある。じゃあこれから何するかって?


「わー、もう練習始まってるよ」


二人でまっすぐ向かったのはテニスコート。もうすでに黄色いボールを打ち合うレギュラーたちがいた。それとともに、校庭中に響き渡るテニス部たちのかけ声。

その中に混じってる。少し高めの声。


「ジャッカル、任せた!」

「俺かよ!」


どうやら完全に前のボールなのに、後ろに任せたらしい。少し小競り合いが起こった。


「あははっ、さすが丸井先輩だね!」


隣のさとみは楽しそうに笑った。それを見て、そうでしょ?丸井先輩素敵でしょ?かっこいいのにかわいくておもしろいんだよ!っていう気持ちでいっぱいになった。…あたしのものじゃないけど。むしろしゃべったことすらないけど。

あたしとさとみは、こうやって毎日テニス部の朝練を見に来てる。ほんとは放課後も見に来たいけど、自分の部活があるからこうやって時間のある朝に来てる。朝のほうがギャラリーも少なくて、もしかしたら先輩に顔を覚えてもらえるかも…なんてかすかな期待もあったりする。


「あ、結衣!」

「え?」

「あそこ!仁王先輩が一人で座ってる!」


さとみの指差す方を見てみると、コートを見下ろす石段のところに、仁王先輩が座ってた。ドリンクを飲みながら丸井先輩たちの練習を見てるようだ。


「ね、ちょっと挨拶行こうよ!」


さとみに引っ張られ仁王先輩のいる方へ向かった。そう、さとみは仁王先輩のファンなんだ。あたしは丸井先輩、さとみは仁王先輩ってことで、うちらは日々テニス部に来てるわけ。


「仁王先輩、おはようございますっ」


さとみは、後ろからこっそり仁王先輩に話しかけた。テニス部は練習中すごく厳しくて、部員が無駄話をしてるだけで物凄く怒られるって話だ。でもさとみはすでに仁王先輩に顔を覚えてもらってて、こんなふうにこっそり話しかけたりしてる。うらやましい。同じ恋愛ファイターとして完全に負けてるわ。

さとみの声に、仁王先輩はくるりと後ろを振り返った。


「おう、おはよう」

「暑いですけど、練習頑張ってください!」

「ああ。お前さんたちもちゃんと水分取るようにな」


フッと笑った仁王先輩は立ち上がり、コートの方へ駆け足で降りていった。真田先輩に見つかるとまずいと思ったのか、足早に。


「仁王先輩って優しいね」

「うん!こないだ、“真田にバレなきゃ話しても大丈夫”って言ってくれたし!」

「いーなぁ」

「結衣も頑張って丸井先輩に話しかけなよ!」

「うーん…」


仁王先輩はそう言ってくれたかもしれないけど、丸井先輩もそうだとは限らないし。何よりお腹が空いてるときの丸井先輩は機嫌悪いって話だし。お腹空いてるなんて端から見てわかんないもん。

仁王先輩が丸井先輩たちの練習に加わり、より一層あのコートが輝いて見えた。


「「かっこいいな〜…」」


つい出た言葉がさとみと重なり、二人して笑った。

それから練習が終わるまで見続けて、教室へ向かった。


「えー、今日から校内美化週間です」


朝の会にて、先生からそんなことを告げられた。なんでも、昼休みの時間を使って日替わりで班毎に校庭のゴミ拾いをするらしい。そんなことしなくてもうちの学校はきれいなのになぁなんて思った。だいたい、こんなまだまだ夏の残暑の時期にやるなんて嫌だわ。


「今日は1班な」

「げっ」


そう、あたしは1班。何かと1班は先陣きってやらされる。

頑張ってね〜と、5班のさとみに励まされたけど、その日は昼休みがくるのが憂鬱でしょうがなかった。

そしてやってきた昼休み。早めにご飯を食べ終えたあたし含め1班のメンバーは、支給されたゴミ袋を持って校庭へ向かった。
外へ出たら、他のクラスのおそらく1班たち、さっそくゴミ拾いをしていた。もうすでに拾い終わってるのか、やっぱり校庭はきれい。やる必要ないのになぁなんて、さっそく汗の伝った頬を拭いながら思った。

でも勝手に終わらせるわけにもいかず、せっかくだから人のいないほうへフラフラと歩いていった。
と、気づけばテニスコート付近。さすがにこの辺りはテニス部も毎日整備してるから、ゴミなんて一切ない。そして近くにはテニス部の部室。ゴミを捨てる輩なんていやしないだろう。

そう思いながら歩いて、テニス部の部室前を通りがかった。放課後なら丸井先輩がここにいるのになーなんて思っていたら、何やら中から声が聞こえる。
はっきりと誰の声かはわかんないけど、でも誰かいる。わーとか、くっそーとか声が聞こえる。

もしかして、丸井先輩…?
そう、ほんの少しの期待に胸を膨らませてあたしが部室の前で立ち止まっていた、そのとき。


「なんか用っスか?」


背後からかけられた声に、あたしは勢いよく振り返った。


「あ…」

「ん?…ああ、アンタ、長澤の友達だっけ」


いたのは切原赤也。テニス部2年。長澤っていうのはさとみのことで、去年同じクラスだったそうで今でも話してるのをよく見る。あたしは今まで直接話したことはないけど、友達だってすぐわかったんだろう。ちなみに現部長らしいけど、3年が引退したんだかしてないんだか微妙なラインのため、今でも下っぱ扱いらしい。


「なに、誰かに用?呼んでやるよ」

「え…、い、いや」


あたしにそう問いかけながら、切原赤也はドアを開けた。そんな風に言ってくれるなんて、案外いいやつ。なんとなく怖いイメージあったけど。
でもあたしは誰かに用なんてあるわけじゃなく、むしろ部室内の様子を窺ってただけなんて、恥ずかしすぎて言えるわけない。

そんなあたしの思いは知らず、切原赤也は、ぐわっと、部室のドアを全開にした。


「うぃーっス」

「お、赤也きたな。ちょっと買い出し行ってくれ」

「おい、ブン太ずりぃぞ!ジャンケン負けたのお前だろ」

「なんスかいきなり……あ、そうそう」


ドアを全開にしたせいで、部室の中は丸見え。中には椅子に座った先輩たちがいた。

丸井先輩も。


「なんか用事あるらしいっス、こいつ」


切原赤也の言葉に、先輩たちが一斉にこっちを見た。うん、たぶん切原くんは善意だよね。優しさでそう言ってくれたんだよね。でもね、用事なんてないんだよ…!


「あれ?そういや誰に用なんだっけ?」


促すようにあたしを見る切原くん。そして先輩たちから注がれる視線。もちろん丸井先輩もあたしを見てる。あの丸井先輩に見られるなんて。普通ならあり得ないからうれしいはずなんだけど、今この状況は非常に困る。

どうしよう、どうしよう…!


「あ」


あたしが答えを出せずに固まっていると、丸井先輩が思い出したように口を開いた。


「仁王ならいないぜ。たぶん屋上」


あたしは今まで丸井先輩と話したことはない。毎朝練習は見に行ってるし、頑張ってくださいと叫んだことはあっても、それを丸井先輩が気づいてたかもわからないし、ましてや直接しゃべったこともない。


「なんで丸井先輩わかったんスか?」

「え?だって仁王の知り合いだろぃ?」


そう、初めて丸井先輩からかけられた言葉。うれしいんだけど、緊張で心臓バクバクいってるしきっと顔も赤いんだけど。

なんか…、勘違いされてるかも…!


「…ふーん、仁王先輩のねぇ」


切原くんが不満気にそう言ったところまではわかった。でもあたしはこの場の空気に耐えきれず、かといって丸井先輩相手に否定もできず。


「…し、失礼します!」


呼び止める切原くんの声を後ろに、走って逃げ出した。

走りながら頭の中を占めてたことは、きゃー丸井先輩と話しちゃった!しかもあたしの顔知っててくれた!
…ではなくて。

仁王先輩のファンだと誤解されてるのでは、というショックだった。
きっと普段、さとみと一緒に仁王先輩に話しかけているからだろう。それを見られてたんだ。


「さとみ〜!」


校庭ゴミ拾いなんてそっちのけ。あたしはさとみの名前を叫びながら廊下を走った。

早くマイフレンドにこのショックを伝えたい!そう逸る気持ちから、周りが一切見えなくなってた。

ちょうど曲がり角のところ。


「…あっ」

「おっと」


あたしが周りも見ずに猛進してたせいで、あやうく人にぶつかるところだった。ギリギリ、その相手が腕をクッション代わりに差し出してくれたおかげで、衝突は免れたけど。


「に、仁王先輩…」

「ああ、お前さんか。そんな猛スピードで走ると危ないぜよ」

「違うんです…!」

「?」


仁王先輩はあたしの腕を支えてくれたまま、不思議そうな顔をした。仁王先輩まであたしの顔を知っててくれたなんて、いつも話しかけてるのはさとみなのに。うれしいんだけど。


「仁王先輩じゃないんです!」

「…は?」

「失礼します!」


唖然とした顔の仁王先輩の手を振り切り、あたしはさっきの反省を生かすことなく、再び猛スピードで廊下をかけていった。

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