きみは変わらない笑顔で



「…あのバカ」



高松さんの話を聞き終わってから、ついうっかり口から出た。

だってそうじゃろ。若菜ちゃんがいるのに。何しとるあのバカ。



「…で」

「…?」

「なんて答えたんじゃ」



これは難しい、でも簡単な話。

二人で会っちゃまずい。もうブン太は止まらなくなる。
浮気がどうこうじゃなくなる。きっとそれにあいつも気づいとる。
それでもあいつは動こうとしとる。



「いや……、断っ…ろうとは思ってるよ、うん」



嘘じゃな。俺は自分自身嘘つき放題じゃから、他人の嘘もなんとなく見抜ける。

いや、こいつ的には断りたい断らなきゃって気持ちはあるんだと思う。
が、ブン太目の前にしてはっきり言えんかった。言い方悪いが、一度ぐらいなら遊びに行ってもいいかもと思っとる。そんなとこだろう。



「なんかごめん」

「なんで俺に謝る?」

「いや、なんか…」



悪いのはブン太だから。そうは思っても、なかなか言えんかった。
高松さんが思わず謝っちまうほど、俺は機嫌が悪そうだったんだと、思う。



「好きなのか?」

「え?」

「ブン太のこと、今も好きなのか?」

「…い、いやいや!…違うよ」

「でもうれしいと。ちょっと思っとるよな」

「それは…」



昔好きだったやつが目の前に現れた。それはブン太も高松さんも一緒だ。
ブン太は、きっと昔の思い出や後悔が蘇って、きっと美化して、
今がよくわからなくなっとる。

高松さんは、昔のトラウマが消えつつあって、当時ほんとは両思いだったことと、その人がまた今気持ちを向けてくれそうなうれしさに、きっと舞い上がっとる。

高松さんが答えにつまったから、俺は続けた。



「深入りはやめときんしゃい」

「…しないよ」

「でもうれしいんじゃろ」

「……」

「誰も幸せになれんよ。もれなく傷つく」

「…仁王君は?」

「ん?」

「嫌?」



聞かれた言葉は、俺に対する期待だとすぐわかった。
自分とブン太がどうにかなることを、俺は嫌がるか、いや、少なからず嫌がってほしいと。

でも俺には、仁王君は若菜ちゃんが傷つくのがそんなに嫌?って意味にも聞こえた。
“俺が止めるのは高松さんのためじゃなく、若菜ちゃんが傷つくのが嫌だから”

実際、高松さんをブン太に取られたくないって思っただけじゃなく。
若菜ちゃんが傷ついちまうって、それも思った。

自分でもよくわからなくて。
それがやけに俺を苛立たせた。



「嫌に決まっとるじゃろ」

「…え」

「俺のだから」



高松さんは。
そう言って、俺は身体にきつく抱きついた。
いい匂い。柔らかくて細くて。女を抱きしめるのは久しぶり。久しぶりすぎたせいか、すぐに俺の理性は飛んだ。

止まる余裕もなく、夢中で高松さんとキスした。部屋が静かだったせいで、やけに身体中を高ぶらせる音が響いて。そこからはお互い何も言わなくとも行く先がわかっとって、したいことしてほしいこと、最後まで求め合った。

ついさっきまで、高松さんは俺のこと信頼しとるから、その信頼を壊したくないからって、考えとったのに。

高松さんをブン太に取られたくない気持ち。俺のものにしたい気持ち。いつの間にか大きくなってた独占欲と支配欲。ただ肌が触れ合い感じることでそれが満たされる。
抱いてる最中、そんなことで頭がいっぱいだった。ほんと男って勝手じゃ。



「仁王君は、昔も今も優しいね」



途中で言われた言葉。
部屋は真っ暗じゃけど、俺を見上げるその顔は、色っぽく艶っぽく微かに笑っとった。俺の額にうっすら滲んだ汗を手で優しく拭ってくれた。それが愛しくて。

“これで若菜ちゃんは悲しまなくて済む”
なんて、頭の中過ったことを、必死で消したかった。





「…んー」



寝返りをうちたかったが、左腕が動かずふと目を開けた。

見たら、高松さんが俺の腕の中で寝てた。もう朝で、部屋は太陽の光で明るかった。

そうだった。昨日……、そうだった。
久しぶりだったせいか、なんか足腰がだるい。昔と比べて体力も落ちとるのう。

これでもう、友達じゃない。
そう思ったら、なんだか胸がぎゅうっとしたっちゅうか。

後悔なんてない。ただ、自分の先走った気持ちが止まらなくて、順番を間違えた。
もう戻れないのはブン太じゃなく、俺になった。

いまだぐっすり寝とる高松さんの寝顔は、可愛いというよりはきれい。大人の女になったって感じ。
一線を越えると余計愛しくなる。ベタベタしたくなる。

寝てるにも関わらず、高松さんが起きるんじゃないかってぐらいぎゅっと抱きしめた。
二人で包まる布団もあったかいが、もっとあったかい高松さんの肌を感じたくて…。

勝手に服を脱がすことにした。起きたらすまん。いや、起きてほしい。



「……ん…っ?」

「ちょっと、背中浮かしてもらっていいかの」

「…何やってんの」

「脱がしとる。ちゅうか脱いで」

「えぇ!?」

「まぁまぁ」

「…じゃあ仁王君も脱いでよ」

「それはもう喜んで」



俺が笑ってたもんだから、ちょっと高松さんは不満気じゃったけど。無事に素肌の触れ合い第2回に成功。

昨日のちょっと切ない、なんかモヤモヤした気持ちのあるものと違って。
俗に言うラブラブした感じで。
荒みそうだった心が晴れていく。



「今日は?何かあるんか?」

「今日はー…昼から授業でバイトが遅番だな」

「そうか。…明日は?」

「明日は何もないよ」

「会える?」

「うん。もちろん」



楽しみ。昼からの授業に遅れないようにと。しばらくベッドでごろごろイチャイチャした後、別れ際は惜しみつつ俺は家に帰った。



次の日の午後。俺はブン太と、例の刑法各論の授業に出ることにした。
高松さんも出るって言っとったし、確実に俺ブン太セットと会うことになる。
どうしようかのう。ブン太に言っといたほうがいいかの。

…ん?…なんて?
そこで俺は致命的なミスに気づいた。“俺の”とは言ったが、好きだとか付き合ってだとか言っとらんかった。しかもその返答聞いとらんかった。
ブン太に今言える情報としては、やりましたぐらいしかねぇ。

連絡先聞きそびれとったことといい、久しぶりでいろいろ抜けとる。
順番は間違えたが、言うべきことはすぐ言っとくべきだったな。

…ちゅうかなんも言っとらんのに手出して、もし高松さんが俺のこと嫌になっとったらどうしよう。怒ってたらどうしよう。
まぁ、今日夜会う予定じゃし、そんとき言おう。



「お、高松だ」



そんなことを考えながら教室に入ると、ブン太がいち早く高松さんを見つけた。また一人。こないだと同じ席に座っとる。

急に心拍数が上がったことに、はっきり気づいた。



「ちょっとトイレ」

「あー、先座ってるぜ」



俺はトイレに駆け込んだ。別に尿意も便意もないが。洗面所の鏡で、髪をサッと直す。今日風強かったからのう。
…何やっとるんじゃ俺は。なんか、ちょっとかっこよく見られたいとか思っとるんじゃが。

ああでも、これって俺が思ってた恋愛なのか。
始まりはちょっとあれだったけど、ちゅうか始まっとるんか相手に未確認じゃけど。
今、俺は自分の思ってた恋愛を手に入れようとしてる。

授業も始まりそうだったから、すぐに教室へ戻った。案の定、ブン太は高松さんのそばに座っとった。
ちょっと楽しそうに話しとって、ちょっとムッとしたのと、でもちょっと優越感みたいなのがあった。



「あ、仁王こっち」

「おう」



ブン太を挟んで着席した。そういえば結局まだ教科書買っとらん。隣のブン太を見ても、教科書は出てなかった。こいつもまだか。

そのブン太を通り越し、高松さんのほうを見ると、バッチリ目があった。

昨日のことを思い出す。
最中は、どうも記憶が飛び飛びになるんじゃ。ふわふわするというか、まさに理性がなくなっとる状態。脳が休業。
でも匂いとか感触とか、そういう感覚的なものは覚えてて。
また心拍数が上がった。ドキドキしてる。

俺がそんなふうにいっぱいいっぱいなんて知らんだろう、
高松さんは、いつものように、俺に笑いかけてくれた。

俺があのとき大事なこと伝えなかったから、高松さんの気持ちも聞かなかったから、もしかしたら避けられるかもって、少し不安もあった。

でもほんとに高松さんは、いつもと変わらなかった。



「なぁ仁王、お菓子持ってねぇ?」

「なんじゃもう腹減ったんか」

「小腹がな。高松はなんも持ってないしよ」

「だってあたしめったにお菓子食べないもん」

「俺もお菓子なんて持っとら……、あ」



ふと思い出して、鞄を漁った。

粉々のカントリーマァムが出てきた。



「よかったら」

「おい粉々じゃねーかよ。いつのだよそれ」

「ちょっと前に若菜ちゃんからもらった」

「あいつ、また勝手に俺のお菓子パクりやがったな…」



─ブーッブーッ



腹減ったうるさいブン太も、教室に先生も入ってきたところでおとなしくなった。
ちょうど俺の携帯が震えたとこだった。

メールだった。普段マナーモードだとあんま気づけないんじゃが。
机の下でこっそり携帯を開くと。
若菜ちゃんからだった。



『もうブン太とだめかも』



若菜ちゃんからくるメールは、いつも一言でもなんかごちゃごちゃ動くデコメがついてくる。でもそのとききたメールには、何もついてなかった。ただ一言だけ。

すぐに、なんかあったのか?って返信をした。
白々しい気もした。おそらく、いや絶対、高松さんとのことだろう。

“これで若菜ちゃんは悲しまなくて済む”
そう思ったのに。



少ししてからきた若菜ちゃんからのメール。



『ブン太ほんとに実香ちゃんが好きみたい』



すぐに横のブン太を見た。面倒臭そうにノートをとってる。
俺の視線に気づいたのか、ブン太もこっちを見た。



「ん?なに?」

「いや、なんでも」

「?」



ブン太が若菜ちゃんに、そう言ったのか?まさか…。今日別にブン太は普通じゃ。なんも話は聞いとらんし。
でも、ほんとだとしたら…。

さっきまで俺の頭の中は、おとといの高松さんとのこと、今日夜どうやって思いを伝えようか、そればっかりだったのに。

若菜ちゃんが泣いてるって思ったら。若菜ちゃんの顔が、泣いて腫れてパンパンになった顔が、頭から離れなくなった。



「仁王?」



俺は、教室を出ていった。

不思議そうなブン太の顔は見たが。
高松さんの顔は、見れなかった。

教室出て、今どこにおるか聞いたら、あの空き教室だった。走って向かった。


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