どうしよう隠し切れない



「丸井君、今日はそろそろあがっていいよ」

「はーい」



今日は夜バイトだった。なんかやたら混雑してへとへとだったけど、遅番でもなくピーク時間も済んだから俺は少し早めにあがれることになった。



「…あ」



服を着替えようと、バックに戻ると。



「あ、お疲れさま」

「おう、お疲れ」



ちょい先にあがった高松がいた。

そういや今日一緒だったんだよな。めちゃくちゃ混んでたから絡む暇もなかった。



「早いね」

「なんか空いてきたし、あがらせてくれた。高松9時あがりだったっけ?」

「うん。シフト書いてたらちょっと遅くなっちゃった」



高松はシフト表を店長の机に置くと、かけてあったコートを羽織った。



「じゃあね、お疲れ」



そのまま鞄を持って、さっさとドアのほうへ向かっていった。



「…あ、あのさ!」



何を思ったか。たぶん何も考えず俺が引き止めると、ドアに手をかけて高松はこっちを振り返った。



「…?」

「その……、ちょっと待っててくんない?」

「え?」

「あー…、俺、すぐ着替えるからさ、そのー…」

「……」

「途中まで、一緒帰ろうぜ」



俺何言ってんだ。そもそも内容云々より、噛みすぎて日本語になってるかすら危うい。
もう夜遅いからとか、夜道は危ないからとかそういう優しいことを考えたわけじゃなかった。

ただ、なんか、二人きりって久々だったし。仁王や若菜は疑ってるみたいだけど、遊ぶときはいつも他のやつらも一緒だ。直接の会話だってたいしてしてねぇ。俺のこと苦手そうだったし、代わりにメールはよく俺からしてるけど。

ほんとに、今の今まで俺とこいつが何かあったことは一切ない。



「…うん」



少しビックリしたような、戸惑ってるような表情だったけど。高松は小さく頷いた。
そして椅子にちょこんと座った。

そこまで確認すると、俺はすぐさま更衣室に駆け込んで着替えた。
急ぎすぎてTシャツに腕がなかなか通らねぇの。さらに焦った。ちゃんと待っててくれてんのに、なんでこんな焦るんだよ。



「お待たせ!」



更衣室を出たら、もちろん高松はいた。
退屈そうに待ってんのかな、俺なんかに待たされて不愉快になってねぇかなって、心配だったけど。

俺が焦ってるのがわかったのか、高松はクスッと笑った。



「じゃ、帰ろ」



立ち上がった高松は、共有ロッカーに無造作に置いてあった俺の鞄を持ってて。俺に、はいって差し出した。



「お、おう。サンキュ」



俺の鞄、知ってたのか。地味にうれしかった。

ほんとに今の今まで、俺とこいつが何かあったことは一切ない。
じゃあ今、二人きりになっていいのか。
俺には境界線がわかんなかった。若菜は嫌がる。仁王は説教する。一般的にもよくないことだろうよ。そんなのはわかってる。

でも俺の頭では今、ブレーキをかけてくれるものがよく見えなくなってたんだ。



「寒いな、今日」

「うん。雪降りそう」

「雪か。いいな」

「雪好きなの?」

「んー、どっちかっていうと雪見大福食いたい」

「それ雪じゃないじゃん」



高松が笑うと、顔周りの空気が白く少し煌めいた。
息でそうなったんだろうけど、なんだかこいつが笑ったから周りがあったかくなって、そうなったように感じる。

無意識にだけど、その顔をジッと見つめてた。
そしたら高松も一瞬俺の目を見たけど。すぐに、逸らした。

やっぱり嫌われてんのかな。



「ちょっとコンビニ寄っていいかな?」



周辺を明るく照らすコンビニの前で。
過去の自分のせいとはいえ、少なからず落ち込んでる俺には、意外な言葉だった。



「もちろん!」



力一杯OKした俺を、高松はまた笑った。

コンビニに入り、買い物かごを掴んだ高松の後ろをついて回る。

途中、お菓子コーナーに気を取られて、気づいたら高松は奥の飲み物コーナーに行ってた。
慌てて近寄って、ふと買い物かごを覗くと。
入ってるのは水と酒と酒と酒。え、何これ自分用?



「高松そんな飲むの?」

「うん。今日疲れたからたくさん飲みたいの」



まぁ確かにバイトの飲みでもけっこう飲むやつだなーとは思ってたけど、まさか一人晩酌するぐらいの酒好きとは。

…大丈夫だ。いくら俺だって、さすがに家に上がり込んで二人で飲もうぜなんて言わねーよ。それはヤバいってわかるぜ。

でも。



「じゃあ、さ」

「ん?」



俺は棚から適当にビールを一本取った。



「そこの公園で一杯飲んでかねぇ?ちょっと寒い…、けど」

「…あ」

「俺も飲みたい」

「う、うん」



高松は戸惑った感じだったけど、OKくれた。よっしゃって、心の中で喜ぶ自分がいた。

一瞬だけど、こいつ、俺が苦手で。それは昔のトラウマで、そのせいで俺からの誘いっつーか、頼みごととかワガママ、悪く言えば命令を、拒否できないんじゃねーかって、思った。

それぐらいすんなり、でも覚束ない雰囲気で、距離が近づいた。



「ベンチ冷たいな」

「まぁ飲めばあったまるんじゃないかな」



近くの公園で、二人で乾杯した。正直寒い。もしかして失敗したかなーと思った。でもさすがに家行くわけにもいかないし、こいつも上がらしてくんないだろうし。

てかさっきから俺そんなことばっか考えてる。やましくない、これはセーフだろぃ、とか。
若菜にしてみりゃこんなんでも浮気だろーな。

あ、若菜と言えば。



「そーいやこないだは若菜が世話になったみたいだな」

「あーうん。つぶれちゃってさ、若菜ちゃん。ちょっと飲ませすぎちゃった」



あははっと笑いながら高松は、携帯を操作しながら俺に見せた。

それは写メで、トイレに体育座りして寝ている若菜だった。



「ははっ、お前こんなん撮ったの?」

「なんかおもしろかったから!」

「ひでーやつ!こいつあんま強くねぇんだよ、酒」

「それは悪いことしたなぁ〜」



とか言いつつ、完全に棒読みで。
またやろうと考えてそうだった。

若菜が高松を敵視するのは困るけど、普通に二人が仲良くなることにはなんら問題はない、はずだけど。

ちょっと引っ掛かるのはやっぱ、俺が余計なこと考えてるからなんだろうな。



「…あれ?」



高松が鞄に携帯をしまおうとしたとき、隙間から見えた。

懐かしの、ブタのキーホルダー。



「…まだ持ってたのかよ」

「え?」

「それ」



俺はブタのキーホルダーを指した。
高松はすぐに鞄を閉じて、隠した。今更遅い。



「ほんと…あのときは悪かった」

「いいよ、もう」

「なんか……、言い訳なんだけどよ」



俺は中学2年のバレンタインに、高松からチョコをもらった。別にそんときは好きじゃなかったし他の女子からもいっぱいもらったから、お返しは母親が買ってきたキーホルダーとかハンカチとか適当に配りまくった。たぶん、同じキーホルダーをもらった女子も他に何人かいるはず。

なのにこいつは、そんなキーホルダーを鞄につけてた。半年以上も。俺にはなんの思い入れもないお返しだったのに。
気づいたのはクラスの男子だった。正直俺はこいつに何返したかすら覚えてなかったのにな。

で、からかわれたんだ。こいつ絶対丸井のこと好きだぜーって。



「俺さ」

「……」

「お前のこと、好きだったんだ。だからその…気を引きたくて…」



あれ?…俺、今すごいこと言っちゃった?
さっきから“ヤバい境界線”ばっか考えてたのに。

言っちゃいけない、言わないほうがいいこと。言っちまった。



「あー…えっと、なんつーか…」

「…それあたしだよ」

「へ?」

「あたしが、丸井君好きだったのに」



高松はビールの缶をぐしゃっと潰した。
え、もう飲み終わったの?つーか何そのアメリカ映画チックな反応。今度真似してみたいんだけど。



「ずっと憧れてたのに」

「…マジで?」

「大マジ。だからひどいことばっかされて、あたしつらかった。でも」

「……」

「今の丸井くんは……、昔と違うね」



言い切った高松はちょっとはにかみながら、ごめん何言ってんだろって付け足した。
こいつがこんなはっきり自分の気持ち言うなんて、ちょっと意外だった。中学のときの弱々しい印象と、最近のちょっと冷たいけど内側から出るほんわかした空気しか知らなかったし。

ヤバい、その境界線が今、わかった。
俺今、相当にヤバい。



「高松」



俯き加減だった高松の腕を掴んだ。ビックリしてこっちを見た高松の顔、見たら、もうね。

境界線、越えてもいいんじゃねぇかって、思った。



「俺…、高松と再会できてよかったって、思ってて…」

「……」

「今度、帰り道とかじゃなくてさ…どっか、二人で」



ポケットの中の携帯が、ちょっと前から震えてた。気づいてたけど、気づかないフリしてた。
この時間は100%、若菜からだ。

男は浮気するもんだって、言うけど。それは人それぞれ。俺は若菜と付き合って長いけど、今まで浮気をしたことはない。…まぁ合コンは行ったりするけど。

俺もそんな男になっちまうのか?
頭の中は冷静にそんなこと考えてて、逆に出てくる言葉や行動は必死。

自分が二人いるみたいだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「遅いのー」



立ったりしゃがみ込んだり。もう何回も繰り返しとる。

アポなしじゃが、高松さんの家の前で待ってる。もちろん高松さんを。
なんでアポなしかっちゅうと、まだ番号交換しとらんかった。俺としたことが。なんで家に来たかっちゅうと、こないだの缶コーヒー代返しに。あのとき120円ぐらいいらんって言われたけど。
ようするに、会いたかったから。

あと10分待って帰ってこなかったら帰るかのう。そう思って、もう一度しゃがむと。
階段を上ってくる足音がした。

高松さんでありますように。高松さんでありますように。



「…仁王君!?」

「おう、おかえり」



よかった、高松さんだった。予想通り驚いとったし、予想通りコンビニの袋を提げとった。
夜のバイト帰りはいつも、ビール買って帰るって言ってたもんな。



「どうしたの?」

「や、ちょっと遊びに。飲み行こう」

「いいけど、連絡してくれればよかったのに」

「連絡先知らん」

「…あ」



じゃあ交換しますかって話しながら、家に入った。
そのまま飲み行くかって思ってたが、とりあえず寒い中待っててくれたから上がってって、だって。お言葉に甘えさせてもらった。



「こたつつけていいか?」

「いーよー!」



台所から高松さんの声が響いた。あと、カチャカチャという音。
高松さんは、グラスを2つ持ってきた。



「せっかく買ってきたから飲もう」

「どっか行かなくていいのか?」

「今飲みたいの」



もう一度聞きたい。いいのか?いろんな意味で。

この様子からすると、高松さんは俺のことだいぶ信頼しとる。昔の件もある。人助けはしとくもんじゃな。
でも今はその信頼を壊したくない。大丈夫、俺紳士じゃし。



「仁王君」

「ん?」



高松さんは缶の蓋を開けてグラスにビールを注いだ。



「あたし、どうしよう」



高松さんはよく笑う。話すときも、人の話を聞くときも。常にニコニコしとって、内側が読めんなぁなんてついこないだ感じたばかりだ。

その高松さんが、切ない顔しとる。


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